7-3:漆黒の闇vs原初の虎 上
ガングヘイムを経って数日、南大陸の中央に位置する巨大な湖にたどり着いた。この湖は南大陸の中心に当たり、そこから血管のように流れる川の源泉にあたるらしい。本来は南大陸における勇者の巡礼は、川を昇ってここから南西に降ってエルフの住む世界樹を訪れた後、ここに戻ってドワーフの住むガングヘイムに至るのが一般的らしい。つまり、自分たちはその逆の旅程になったわけだ。
湖は人間世界の最後の砦であるらしく、湖面の周囲にはまばらに人家や村、農地が存在している。自分たちは舟に乗って湖の西端まで抜け、物資を補給してから更に南西を目指し高地を降り始めた。
さて、ここ数日の少女たちの様子を見ていて思ったこととして、エルやクラウは結構ナナコと打ち解けている印象だった。とくにクラウは面倒見が良いお陰もあるのか、また子供の相手がなれているのもあるのか、明るいナナコとは相性も悪く無いようだ。
一方、やはりソフィアがナナコとの距離感を掴み切れていないように見える。もちろん、ナナコは元々敵であるのだし、そもそもエルフに診てもらうという体で護送している訳だから、わざわざ仲良くすることもないということは理解できる。
それに、先日思った通り、二人の出会い方は良くなかったのだから、ソフィアがナナコを好まない理由は十二分に納得できる部分もあるのだが――。
「……アランさん? 大丈夫ですか?」
「……んあ?」
「メッチャ口が開いていましたよ!」
こちらの間抜け面が面白かったのだろう、下から覗き込むナナコは、こちらの口を指し示しながら朗らかに笑った。
「うん、まぁちょっと考え事をだな……」
「なるほどなるほど……まぁ、暇ですもんね、私たち」
「そうだなぁ……」
そう言いながら、ナナコと共に前方で魔獣をちぎっては投げる少女達の方を見つめる。この道中でも何度か魔獣の襲撃には会っており、最初こそ守られるだけの状態にナナコも申し訳なさそうにしていたが、もはや慣れてきたのだろう、日常の一部と言わんばかりの様子でナナコもソフィアたちに戦闘を任せているようだった。
「……ホントの所は、私ももう少し皆さんの役に立ちたいんですけど」
「うーん、荷物を持ってもらってるだけでも大分ありがたいし……俺も持つぞ?」
というか、そもそもこう平坦な道のりで――いや、化け物に襲われているのに平坦もないはずなのだが、平坦としてしまう少女たちが居るので平坦な道のりになってしまっている訳で――ともかく、荷物持ちというアイデンティティをナナコに奪われてしまったら、最近は自分の存在価値が危ういと感じていた。
とくに、最後の補給でこの前よりも荷物が増えているのだから――そう思って手を銀髪の少女の方へと伸ばすが、自分の善意はそれ以上の善意に覆われた笑顔によって拒まれた。
「いいんですいいんです! これくらい、軽いもんですから!!」
「そ、そうか……?」
「そうですそうです! それで、アランさんは何をあんぐりと考えていらっしゃったので?」
「そうだなぁ……ソフィアのことかな」
自分がその名を呼ぶと、ナナコもソフィアの方を見ているようで――レバーを軸に杖を振り回しながら、大型の魔獣を殲滅しているその姿は、勇ましくもありつつどこか危うげにも映る。
「……やっぱり、私のせいでしょうか?」
ナナコもソフィアの表情に感じるところがあったのだろう、しゅんとして泣きそうに俯いている。
「いいや、ナナコの件を抜きにしても、なんだか張り詰めているようにも見えるな……まぁ、その一端はナナコなんだろうが」
「ずーん……」
「うーん、これはあくまで俺の勘で、あんまり当てにはならないかもしれないが……ソフィアはナナコを嫌ってるというより、接し方が分からないんだと思うぞ」
「……ほへ? それはどういうことです?」
「まぁ、細かいことはあんまり他人が言うべきじゃないから控えるが……あの歳で学院の教授職と最前線で司令官をやってたんだ。自然と大人との付き合い方は分かっても……」
「なるほど! 同世代との接し方が分からないんですね!?」
ナナコは右の拳を左の掌に当ててポン、と気持ちのいい音を響かせた。自分が嫌われている訳ではないと分かって安心したのか、先ほどの涙目が嘘のように眼を輝かせている。
「それでまぁ、これも俺の個人的な願望で、それを二人に押し付けるのも違うのかもしれないが……」
「はい、大丈夫です分かってます! 任せてくださいよアランさん!!」
「いや、本当に大丈夫か?」
「はい! 私がソフィアの友だちになればいいんですよね!?」
「うーん、まぁ色々過程はすっ飛ばし気味だけど、概ね言いたいことはその通りかな」
実際の所、なんとなくだが、ソフィアはナナコには興味を持っているようには感じるのだ。今までの二人の関係を考えると、我らが准将殿の感情は複雑と推察はできるが――しかし同世代で、今は記憶喪失とは言えども自分と張り合うだけの才覚のある少女であるのだから、ソフィアにとってナナコは無視できない存在なことは間違いないはず。
類まれなる才覚を持つ者同士で近い視座を持てるのなら、きっともう少し打ち解ければ、ナナコはソフィアの良い話し相手になってくれるような気もするのだ。本当に最悪のことを考えれば再び敵対する可能性がある以上、歩み寄らないほうが良いのかもしれないが――少なくとも、ソフィアの同世代との接し方の練習にはなるのではないか。
そうでなくとも、ナナコは既にやる気満々だ。気持ちが身体に現れるタイプなのか、重い荷物にもびくともしないで、両腕を元気に振りながらスクワットをしている。
「よぉし、そうと決まれば戦闘が終わったら声をかけて……!」
「ちょい待ち。単純に声をかけても、またダメでしたーってなるだろ? なんかこう、我らが准将殿の氷の壁を崩す方法を考えたほうが良いだろうな」
「確かに!! 氷の壁を壊す方法……うーん……」
こういうことは、クラウに相談したほうが良いかもしれない。クラウはパーティー全体をよく見ているし、盛り上げるのも得意だから、良い案を出してくれそうな気も――などと思っているうちに、今度は両の掌を叩いてポンという音を響かせ、ナナコはキラキラと輝く茶色の瞳をこちらへと向けてきた。
「そうだ! 皆さんの分のお料理を私が作るとか!」
「いや、何が一体全体どうすればそういう極致にたどり着くんだ?」
「いえ、そもそもお世話になっている皆さんへの恩返しもしたいですし……私が貢献できることが出来たら、ソフィアと話すきっかけにもなるかなと思いまして!」
「まぁ、それ自体は良い考え方だとは思うが……ただ、料理は出来るのか?」
「分かりません! 記憶喪失ですから!」
「分からないのにそう自信満々に言われてもなぁ」
「でも、出来ると思うんですよねぇ……なんとなく、作って誰かに振舞っていたような気がするんです」
なるほど、自分を見ていた周りの気持ちはこういうものだったのかと納得する。分からないけど出来る気がする、ほど胡散臭い事も無い。一方で、実際に身体が覚えていれば結構できてしまうのは理解できるし、実際に振舞っていたというのならそう変な物も出てこないだろう。
「まぁ、いける気がするならいけるかもしれないな。試してみてもいいんじゃないか?」
「はい! いけると思います! あ、クラウさーん! 今日のお昼は私が作ります!! ソフィアとエルさんもお疲れ様でーす!!」
話している間にちょうど戦闘が終わり、ナナコは小走りにクラウたちの方へと向かっていった。




