7-2:禁止少女と朗らか少女 下
「はぁ……まぁ、馬鹿二人は置いておいて。私もアナタには思うところがあるのを否定しないわ、ナナコ」
「おい、馬鹿とはなんだ」
「そうですよそうですよ! 馬鹿はアラン君だけで十分です!」
「黙りなさい、二人とも」
場を和ませようと喚いていた自分とクラウにぴしゃり、と言い放ち、エルはやや硬い表情をナナコの方へと向ける。
「え、えと……エルさん?」
「アナタは記憶を失っているだけだから、また私たちと敵対しないとも限らないわ……そう思っているのはソフィアも同じなはず。だから、ソフィアはナナコが記憶を失う前にやったことを恨んでいるというより、警戒してるんだと思う」
「警戒、ですか……でも、分からないんです。私がなんで、アランさんたちと敵対していたのか……」
「えぇ、でしょうね。アナタの元々の目的や本心が分からない以上、私たちはアナタを警戒し続けなければならないわ……厳しいようだけれどね」
「いえ、それは仕方ないと思います。エルさん、気にしないでください!」
ナナコは朗らかな表情で言い放った。そこには含みは一切ないように見える。先ほど、ナナコは俺のことを寛容と評したが、流石にこの子には負ける。記憶もない中で疑惑の視線を向けられるなど、かなりの不安もあるだろう――自分もそうだったから。
しかし、ナナコの場合は自分よりも遥かに状況が悪いと言っていい。まず、単純に自分より幼いであろうこと。この世界には様々な種族がおり、クローンやアンドロイドなども跋扈しているのだから、見た目の年齢などは当てにならない部分もあるが――それでも情緒や挙動的に、ソフィアと近い年齢である可能性は高いように思う。
また、自分たちとの出会い方も良くなかった。自分はエルに刃を突きつけられ、牢屋に入れられたが、言ってしまえばそれだけで、結局は不審者という枠で収まった。一方、ナナコは明確に自分たちの敵として出会ったのであり――とくにソフィアに関しては、恩師の一人であるウイルド学長の仇でもあるのだから、その心中としては複雑だろう。
何より、ナナコの記憶喪失は筋金入りで、自分のように前世的な知識などは持ち合わせていないようだった。物を見れば名詞や用途を思い出せるし、言語的な問題はないのだが――自身がどこから来たか分からない以上、自分以上にアイデンティティの揺らぎは大きいはずである。
それでも気丈に振舞い、明るく元気なナナコには、自分としては結構好感を抱いていた。生来持っている性格がマイペースというか、天然気味なだけかもしれないが――なんなら、同じ記憶喪失なのだから、妙なシンパシーを感じるほどだ。
今の彼女を見ていると、初めて見た時の冷たい印象が嘘かのようで、ダンが言っていたようにサークレットで情緒や記憶をコントロールされていたという方が頷ける。そうなれば、悪いのは子供を操って手ごまにしていたゲンブたちだろう。もちろん、被害の甚大さを考えればナナコ自身の罪を完全に帳消しには出来ないかもしれないが――。
「……うん。それならやっぱり謝らないと」
自分が色々と考えている傍らで、ナナコは作った両手の握りこぶしを眺めながら小さく呟いた。それに対し、エルは瞳を閉じ――しかし微笑を浮かべている。
「……また敵対するとも限らないのに?」
「はい、もしそうだとしても、です。私が酷いことをしたのは事実ですし、それに……今、アランさんたちのことを良い人たちだって思ってるのも、嘘じゃないですから」
エルに返答し、小さく「よし!」と呟いて後、リュックサックの上から垂れ下がるポニーテールを揺らしながら、ナナコは先行するソフィアの背後まで小走りで移動していく。
「あの、ソフィア……ごめんなさい!!」
少し離れていても聞こえるナナコの大きな声がサバンナに響き渡る。ソフィアは振り向きざまに驚いた表情を浮かべたが、すぐに氷の表情に切り替わった。
「……何が?」
「えと、だから、記憶を失う前の私が、酷いことしちゃって……」
「ふぅ……別に、気にしてないよ」
「ほ、ほんと?」
「うん、そのことはね。記憶喪失により理非善悪を弁識する能力ないとすれば、今のアナタに責任能力がないということになるから、責めるのはお門違いだもの」
「り、りひ……?」
難語にナナコは翻弄されているようだが、対するソフィアも「気にしていない」という雰囲気ではない。それだけはナナコにも分かっているのだろう、何とか会話の糸口を見つけようと必死に頭を悩ませている様子だ。
「え、えっとぉ、それじゃあ別のこと……あ、私が記憶を取り戻したら、また戦うのかって警戒してる?」
「うん、それはそう……でも、次も私が勝つから、警戒はしてても気にはしてないかな」
「あ、あははぁ……」
「用はそれだけ?」
「あ、えーっと……はひ……」
遠目に二人の会話を聞いていても、ソフィアには全く取り付く島もないという調子だ。次第にナナコは意気消沈していき、とぼとぼと肩を落としながら――荷物のせいで余計に肩が下がっているように見える――こちらへ戻ってくる。
「……ダメでしたぁ!!」
「いやぁ、ダメだったなぁ」
涙目を浮かべるナナコに対して、どうフォローしたものかと悩んでいるうちに、ふとクラウが横に並んできた。
「……私は、ソフィアちゃんがなんで不機嫌なのか分かりますけどね」
「なんだ、それならナナコに教えてやってくれよ……というか、気になるから俺も聞いておきたいんだが」
「それはダメです。とくにナナコちゃんにはギリギリ言えても、アラン君には絶対に言えません」
「えぇ……そんな風に言われたら余計に気になるが……」
自分の純粋な疑問に対し、クラウがやれやれ、といった調子で肩をすくめる。
「まーったく、アラン君なんですから……ともかく、私がナナコちゃんのフォローをしておきますから、アラン君はソフィアちゃんに声をかけたほうが良いと思いますよ?」
「でも、さっき絶賛禁止されたばっかりなんだが……」
「でももへちまもありません! いいから、ソフィアちゃんに声をかけてきなさい!」
「へ、へい!」
言われるがまま、ソフィアの方へと向かうべく前方を見ると、何やら少女はずっとこちらを見ていたようで――相変わらず頬を膨らませながら睨んできているようだった。確かに、これは何かしらフォローが必要かもしれない、そう思って小走りに少女の元へと駆けつけると、肝心のソフィアはぷい、と反対を向いてしまった。
「えっと、ソフィア?」
「……何?」
「えぇっと……良い天気だな」
「そうだね」
「うん……」
「……それだけ?」
凄い。取り付く島もない。なんならこんなソフィアを見たのは初めてかもしれない――少しの間はなんとか間をもたせようとか、会話をしようとうんうん唸って見たが、結局いい感じの答えが出て来ずに、自分もナナコと同じように「えぇっと……はい……」としか返事を出来なかった。
「……ダメでしたぁ!!」
「いやぁダメでしたねぇ……」
肩に重いものを感じながら元の場所に戻ると、ナナコは苦笑いを浮かべながら自分を迎え入れてくれた。対するクラウは「はぁ……これはしばらく何やってもだめですかね……」と大きくため息をついていた。




