7-1:禁止少女と朗らか少女 上
青い空、白い雲、風に揺れる草に、どこまでも続く地平線――そして、頬を膨らませる碧眼金髪の少女。
「……禁止だよ!!」
そして開口一言、いつぞやの船上と同じく禁止されてしまった。
ゲンブたちの襲撃の後、数日してヘカトグラムの修理が完了し、ガングヘイムを経てエルフたちの住まう南大陸の更に奥地を目指すことになった。ウアル山脈を抜けるまでは鉄道で移動させてもらえたが、それ以降は残念ながら徒歩での移動になる――山脈を抜けても高所の整備されていない道が続くので、車での走破が難しいとのことで、歩かざるを得ない形だ。
ともかく、禁止をしてくるソフィアを説得するための方便を考えなければ。変身は一度使って違和感もなかったし、折角ダンが作ってくれたものという感謝の意味合いも込めて、なんとかソフィアから使用許可をいただきたいのが本音だ。
「えぇっとだな……前と違って反動は無くなって……」
「でも、その変身って身体の皮膚や筋肉の構造を変えてしてるんだよね? それは後々後遺症が怖そうだし……それに、あんな大きな火柱を上げるようなエネルギーをその身にため込むのも相当危険だよ!」
危険は男の香水だぜ、とか返そうと思ったがやめておいた。ソフィアの言い分も間違いではなく、変身そのものは自分の体を酷使しているのであり、安全と言い切れるものでもないのは事実だからだ。もちろん、有事の際には出し惜しむ気はない。ADAMs単品で危険なのだから今更だし、出し惜しんでこの子たちを危険に晒すのなら手を抜く道理もない。
とはいえ、我らの准将殿はこうなるとしばらくぷりぷりしているのが通例なので、こうなったら一旦は下手な刺激はしないほうが良いだろう――そう思って適当に返そうと思っていたところで、恐らく険悪なムードと勘違いしたのだろう、ナナコがぴょんぴょんと髪を跳ねさせながら自分とソフィアの間に入った。
「まぁまぁソフィア! 私はその、アダムス? とかういうのは良く分からないけど、アランさんだってきっと良かれと思って……」
どうどう、といさめるように手を出すナナコは、ガングヘイムを出る時に着替えをした。要注意人物ではあるものの、ひとまずいつまでも拘束衣では動きにくいだろうということで――以前の黒いフリフリは本人のお気に召さなかったらしく、袖をまくったジャケットにホットパンツという快活な感じの服装に変わっている。太ももまで垂れていた長い髪も、動きやすさを重視したのか後頭部でまとめられ、今はポニーテールになっていた。
更には、長旅のための巨大な荷物を詰め込んだ大きなリュックサックを背負ってくれている。その華奢な身体には合わないほどの質量を「私力持ちですから!」の一言で片づけて、実際に涼しい顔をして歩いているのだが――まぁ、あの巨大な大剣を軽く振り回していたのだから、ナナコが力持ちなこと自体は嘘ではないのだろうが、大の大人の自分だって一人で持って移動するのは厳しい容量を軽々と持っているのだから、単純な力持ちと片づけるには違和感がある。
ともかく、ナナコに諫められた我らが准将は、目線も合わせずに口元を尖らせた。
「ナナコは黙っていて」
「は、はひ……しゅーん……」
言葉通りにしゅん、としてしまったナナコを尻目に、ソフィアは少し気まずげにため息を一つ、改めて自分の方へと向き直った。
「……ともかく、禁止は言いすぎだとしても、変身を安易にしちゃだめだよ?」
ソフィアはそれだけ言い残し、一人でずいずいと道を進んでいってしまう。あまり一人で先に行かせるのも危なくはあるのだが、この辺りは見晴らしもいいし、多少自分が気を張っておけば襲撃も問題ない。それより、少々ぷりぷりして気まずくなってしまったのだろうから、ひとまずソフィアの先行は止めずにおくことにした。
どちらかと言えば、自分の横で意気消沈中のナナコのフォローをするべきか――見ると、案の定ナナコは肩を大きく落としている。
「……アランさん、私ってどうしてソフィアに嫌われてるんでしょうか? 記憶を失う前に、何か酷いことをしてしまったとか……?」
「えぇっと、そうだなぁ……俺が知ってる範囲だと、まずセブンスと名乗っていた少女はソフィアの持っている杖を斬って」
「え?」
「次に、後ろから張り倒して」
「えぇ!?」
「最後に、首の後ろに剣を押し付けて、俺に対して無駄な抵抗は止めろって脅してきたくらいかな?」
「えぇぇええええ!? な、なにやってるんですか記憶喪失前の私は!? 恨まれて当然ですよそんなの!?」
「そうか?」
「そうですよ!? というか、私アランさんのことを脅したんですか!?」
「俺はそんな気にしてないぞ? あの時はこのクソガキが……くらいには思ったが」
「そ、そうなんですか……アランさんは寛容というか、乱暴というか……」
「それは褒めてるのかなぁ、貶してるのかなぁ?」
「ほ、褒めてます褒めてます!」
ナナコは慌てるように両手をぶんぶんと振り、引きつった笑みを浮かべている。付き合いはまだまだ長くないが、ナナコはリアクションが大きくてついついからかいたくなってしまう――そして自分と同じなのか、クラウがナナコの後ろからイイ笑顔を浮かべていた。
「ちなみに、私は首を殴打されて気絶させられました!」
「ひ、ひぃぃ……その、クラウさんごめんなさい! というか、皆さんごめんなさーい!」
草原の真ん中で、ナナコは天を仰ぐように叫びだした。首を殴打されてもあまり気にしている様子もないので、クラウも大概寛容である。しかし、少々からかいすぎたか――と反省していると、ちょうど我らが良心、レイブンソードさんがクラウの頭に優しくチョップを入れているのが見えた。
「クラウ、あんまりからかわないの……それにアランも」
「はーい」
「反省してまーす」
まぁ、自分たちとしてはナナコから見たかった以上の反応が見れたわけだし、今度はエルからも面白い反応が欲しい。そんな欲張りを知らないで、エルは予想通りに眉間をつまみながら大きくため息をついた。




