幕間:ガングヘイム襲撃に関する報告
「……それでは、セブンスを置き去りにしてきたというのか!?」
ガングヘイムから引き上げ、ピークォド号へと帰還して後、ブリッジにて状況の報告のためT3達と通信を繋げた。ちなみに、彼の開口一言は予想済みだ。
「えぇ。アラン・スミスの強化に、ミストルテインの全エネルギーを放出後であり……戦闘特化でない私では、彼女の回収が不可能でしたからね」
「くっ……こんなことになるのならば、貴様になぞに任せなければ良かった……!」
「どうどう、熱くならないでくださいT3。何も単純に彼女を見捨ててきたわけではありませんよ」
モニターの向こうで顔を手で抑えてイラついてる男から視線を外し、ブリッジの機器を見る。そこには、セブンスの生体信号が表示されており――彼女の身体は生身だが、レムリアの民同様に生体チップが埋め込まれているので、それを発信機代わりに位置を特定することが可能だ。
「今の所、彼女のバイタルに問題はありません。そして、彼女の調査をするためにアンドロイドの権威であるレア……ファラ・アシモフの元へとセブンスを移送するでしょう。恐らく、アラン・スミスを護衛につけてね」
自分がそう言うと、モニターの端で見切れている黒装束が頷いた。
「要するに、セブンスを利用してアラン・スミスたちの動向を監視しようというのだな?」
「えぇ。それでそのままアナタ達と世界樹で合流し、セブンスを回収すれば良いと考えている訳です」
もちろん、機構剣ミストルテインはフレデリック・キーツに回収されてしまうだろうが、その辺りは仕方がない。スペアも無い一点物なので、どこかで回収できるのが望ましいが――アレは主にアルジャーノンを仕留めるために作った物であり、最低限の仕事は終えていると言える。それならば、一旦は捨ておいても問題ないはずだ。
その原理で言えば、自分からすればセブンスすら捨ておいていい――勇者ユメノ・ナナセのクローンであり、第七世代として生まれ変わった彼女は、生前の剣術と強化された筋力を持つ強力な戦士ではあるものの、七柱と戦うのに必須のピースではないからだ。
とはいえ、彼女の不在はT3のメンタルに影響を及ぼすだろう。それも悪い意味で――案の定、セブンスが向こうの手に落ちたことに動揺が隠しきれていないようだ。精神的に未熟な面がある彼ではあるが、ADAMsを使いこなす技術と第五世代型を見極める能力はまさしく虎と言って良いもので、この先の戦いでも活躍を期待している。
また、以前に彼にも言ったよう、三百年来の友人である彼を憎からず思っているのも確かである――続く戦いに彼には必要なので、彼の精神的な不安は可能な限り取り除いてあげるのがいいだろう。
「ははは……T3、やはり彼女のことが心配ですか?」
「……馬鹿を言うな。どうして私がアイツの心配なぞ……」
自分の言葉にT3はクールぶった調子を取り戻すが、すぐにまた所在なく視線を泳がせ始めている。彼からしたら、セブンスと言うのは厄介な存在だろう。愛した女性と同じ姿、同じ声、それでも決定的に違う少女。赤子から彼女を育ててきたが、近頃では在りし日の姿を取り戻していくセブンスに対し、T3はどう接すればいいか距離を計りかねているように見えた。
自分とて、全く彼女に愛着が無いわけではない。ただし、彼女もあくまで目的の遂行のための道具にしか過ぎないと思っている点が、自分とT3との差だ――そう思っていると、モニターの端に映っているホークウィンドが銀髪の肩を叩いているのが見えた。
「T3、今はゲンブの推測を信じよう。セブンスが世界樹に向かってくるなら、計画通りに向こうで回収すれば良いし……ガングヘイムに留まっているか、別の場所に移送されるようなら、彼女の救助に向かおう」
「それは、今回の任務を差し置いて、という意味ですか?」
こちらの質問に対し、ホークウィンドはまた静かに首を縦に振った。
「いえ、それは許容できません。アナタ達の今回のミッションは、世界樹の調査並びにファラ・アシモフの抹殺です……優先順位は揺るがない」
「いいや、セブンスは仲間だ……私が貴様と組んでここまで来たのは、真に冷血な訳ではないと知っているからこそだ、ゲンブ」
「……買い被りですよ」
自分は、目的のためには手段を選ばない性質だ。それは、一万年前も今も変わらない――助けられないと判断した者たちは見捨ててきたし、間引きだってしたし、罪もない人々を巻き込んだ襲撃だってしてみせた――その証拠に、正義漢であるアラン・スミスからは大分顰蹙を買っている訳だ。
対して、一万年来の友は目を細めてこちらを見つめていた。
「どうかな……自分には見えない自分と言うのはあるものだ。それに、今回は貴様がへまをしたのだ。あれだこれだの理由を付けて言い訳をしないで、自分のしり拭いはすべきだと思うが?」
「やれやれ……そう言われると弱いですねぇ」
確かに、今回の件は自分の算段が甘かったという落ち度はある。それに、セブンスも貴重な戦力であることには変わりない――改めてT3の方を見ると、少し安心したように口元に微笑を浮かべていた。
「ということになりましたので、ひとまずは目の前の任務に集中してください、T3。セブンスは必ず回収することになりましたので」
「だから、私はアイツのことなど……!」
「はいはい。ともかく、セブンスの動向は逐次連絡を入れますので……それでは通信を切りますよ、オーバー」
これ以上は話をしても仕方ないだろう。結局、自分の推測の通りにセブンスが世界樹に移送されるのが一番話は早い訳だ。あとは彼女の安否を連絡し続ければ、彼らも任務に集中できるだろう。
通信を切って一息つこうと――人形なので肉体的な疲れがある訳でもないのだが、精神的に休むため、この体に対しては巨大な椅子の上で人形を休ませる。そして少しの間、人形を操る念動力を抑えようとした瞬間、ブリッジの扉があけ放たれた。
「……ゲンブさん、こりゃ凄いよ!」
ドタドタと足音を立てて椅子を回り込み、ドワーフの青年が目をキラキラさせながら人形の目の前に現れた。ひとまずホークウィンド達と通信をするのに船内を好きに見て回ってていいと言っていたのだが、どうやら一通り見て回って来たのでシモンもここに戻ってきたらしかった。
「これ、宇宙船だろ!? なぁ、宇宙に出たりはするのか!?」
「そうですね……最終的には、ルーナを倒すために月に出る予定ですので、そうなったら宇宙にも出ることになるでしょう」
「うっ……」
休もうとしていた所を邪魔されてしまったので、少々冷たく言い放ってしまった。とはいえ、今言ったことは嘘偽りはない。全てを話したわけではないが、ピークォド号に戻る途中に、自分たちは七柱の創造神たちを全て抹殺するつもりだということは既に伝えている――宇宙船を見た興奮で忘れていた現実に引き戻されてしまったのだろう、シモンは顔に困惑したように眉をひそめた。
「まぁ、自分の父を殺す、と言われて良い気はしないでしょう……とはいえ、アナタが生き残るには、ほかに手段が無いのも事実です。それで、どうしますか? ことが終わるまで、コールドスリープして待ってもらう、ということも可能ですが……」
「いいや、それは遠慮しておくよ」
「一応断っておくと、アナタが思っているほどコールドスリープは危険ではなくて……」
自分がそう言いかけている途中で、シモンは顔に微笑を浮かべながら首を横に振った。
「はは、アンタ、意外と優しい所もあるんだな。アレだろ、僕に親父が殺されるところを見せるのが忍びないってんだろ?」
「別に、そんな気はないのですが……単純に、あまり船の中を動き回られると厄介かなと思いまして」
「変なことはしないさ……ともかく、アンタが許してくれるなら、この船の中で自由にさせて欲しい。仮にアンタが親父を殺すんだとしても……きっと、わが身可愛さに故郷を捨てた僕は、それを見届けなきゃいけないんだと思う」
「ふぅ……おかしなことにこだわるのですね。アナタはまるで……」
人間のようだ、そう言いかけて止めることにした。それを言うのはあまりに傲慢だと思ったからだ。レムリアの民たちは、間違いなく生きている――七柱の創造神という支配者の掌の上に居ながらも、何かに悩み、苦しみ、数多の矛盾を抱えながらも、それでも前に進もうとする――それを自分たちとそう変わらないと思ったのは、今に始まったことではないはずだ。
だからこそ、自分は彼らに敬意を表したいと思っているし、同時に――彼らが自分たちに近しい存在であるということが、惑星レムでの実験が正しく機能していることの証左でもある。
「……ゲンブさん? 何を言いかけたんだ?」
「……目をキラキラさせて、少年のようですね、と言いかけたんです。ともかく、アナタの意志は尊重しますよ……もし気が変わったら、いつでも言ってくださいね」
「あぁ、了解だ。多分変わらないと思うけどね……それで、もう少し色々見て回ってきてもいいかな?」
「えぇ、構いませんよ。変にいじらなければ自由に見て回って良いので、出来ればゆっくり見て回って、少し休ませてくれると助かります」
「重ね重ね了解。あとで色々と聞かせてもらうかもしれないけれどね」
シモンはこちらに手を振って移動を始め、人形の視界から消えてから再びドアが開く音がブリッジに響く。その音を背に、今宵の疲れを癒すため――静寂の中で人形の目を閉じさせ、少し思考を休ませることにした。




