6-48:檻の中の少女 下
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ゲンブたちの襲撃から一夜開けた。格子の向こう側にある窓には、一筋の光が差し込んでいるのが見える――この牢屋のベッドですやすやと寝息を立てている少女にぶち空けられた穴から、太陽光が差し込んできているのだ。
昨晩はあれ以上の襲撃は見られなかった。どうやら、T3とホークウィンドは別行動だったらしく、ゲンブとセブンスの二人による襲撃だったらしい。ゲンブがいつの間にか姿をくらましていたのはいたのは気になるが、ひとまずは撃退には成功したという形だ。
しかし、そもそも昨日の襲撃の意図は何だったのだろうか? ダン曰く、恐らくヴァルカン神を倒すことだったのだろうということだったが――それは、ソフィア達のおかげで守り抜くことが出来たようだ。
とはいえ、昨日からシモンの消息が分からないのも気になるところだ。ダンの息子、継承の儀式――そういった要素を鑑みると、ゲンブの狙いの中にシモンが居たのではないかという推察も立つ。
シモン自身は長い間、砂漠の街アレクスに居たのだし、その時を狙わなかったのなら優先度は低かったのだろうが――ともかく、シモンの捜索の方はダンがすることになっている、というのが昨晩からの現状だ。
さて、一夜明けて、自分は早速だがセブンスを拘束している留置所まで来ていた。ここまでは、故あって一人で来ていた。とういうのも、エルはまだ眠っていており、ソフィアはなんだかここに来るのが嫌そうであり、クラウもどことなくよそよそしく――まぁクラウの言葉を借りるなら、各々色々と複雑なのだろうと納得し、ともかく色々と事情を知るであろうセブンスからいち早く色々な情報を知りたいと思い、こちらへ向かってきた形だ。
道すがら街を精力的に直すドワーフたちを――彼らはものづくりが好きだからか、壊されたというのに割と活き活きとしていた――横目に確認しながら来たのだが、なるほど、レムリアの民と比べるとドワーフたちはたくましいと言える。襲撃があったというのにへこたれず、なんだか来た時以上に活気に満ち溢れていた。
そして留置所に到着後、もう十時を過ぎるというのに、ベッドに横たわる少女は呑気に寝ているのを眺めている訳だが――セブンスは以前の触れれば斬れるような雰囲気は鳴りを潜め、すやすやと気持ちの良い寝息を立てていた。
椅子の背に腕をかけながら数分の間、格子越しにセブンスを眺めていると、やっと「うぅん……」と身体を動かし始めた。
「目が覚めたか?」
「ふぁい、おはようございましゅ、ふぁぁ……」
なんだか間の抜けた声が牢の中から発せられる。王都を襲撃したときの鋭さが嘘のようだが――ともかくしばらく格子の向こうに横たわる少女を眺めていると「あれ、あれ?」と首を振りだした。最初は眠そうだったが、徐々に眼が覚めてきたようで、呂律もハッキリしてきている。
「体が動かせない!?」
少女は今更ながらに寝巻の代わりに拘束衣で身体を縛られていることに気づいたのだろう。まぁ、起きて自身の身体が動かなくなっていたら驚くのも当たり前か。
「まぁ、それは自分のやったことを鑑みれば、当たり前の処置というか、それくらいで済んでいるんだから温情というか……」
「……ふん!」
牢の中で気合の入った声が聞こえると、どうやらセブンスは腹筋で上半身だけはなんとか起こしたようだった。そうすると、少女のダークブラウンの瞳とバッチリと目が合う形になる――不思議とだが、以前見た時よりも眼に輝きがあり、なんだか年相応の女の子、といった雰囲気になっている。
「あれ、お兄さん、どこかで会ったことありませんか?」
「お、おぉ? なんというかマイペースだね君ぃ……」
「ちょっと待ってください、私、記憶力には自信があるんです! すぐに思い出すので……えぇっとぉ、うんっとぉ……」
どうやら、自身の身体が拘束されていることも忘れているらしい、セブンスは眼を閉じてうんうんと唸りだした。最初は何か思い出すのに必死そうだったのだが、再び「あれ、あれ?」と呟き始め――最終的には、驚愕に見開いた眼でこちらを向いた。
「あ、あの!」
「なんだ?」
「私は誰なんでしょうか……?」
「……はぁ?」
間抜けな質問に対し、こちらも思わず間抜けな返事を返してしまう。最初はこちらを油断させる策か何かかとも思ったが、セブンスの顔に浮かぶ必死さと、同時に見せる間抜けさ――どうやら腹が減っているようで、ぼぅっとしたり、かと思えば真剣に自分のことを思い出そうとしていたり――そんなのを見ていると、なんだか今までと雰囲気が違いすぎて、自身が誰か分からないというのもあながち嘘ではないような気持ちになってきてしまったのだった。




