6-47:檻の中の少女 上
ソフィアの魔術がセブンスの一撃を防ぎきり、後から銀髪の少女が落下してきた。セブンスは空中で翻り、剣を凍った湖面に突き立てて着地するが、その瞳はどこか虚ろで、焦点が合っていないように見える。
自分は神剣を抜き、剣を構えながら俯きがちの少女にゆっくりと近づいていく。
「勝負あったわね、セブンスとやら。流石に三対一では……」
「……アクセルハンマー!!」
自分がセブンスと交渉しようとする横から、金の髪が流れて突き進んでいき、杖を振りかぶった。セブンスはなんとか、という調子で剣を盾にガードしたが、剣ごと弾き飛ばされ、湖面に強く身体を打ち付けられて動かなくなった。
「……第五魔術弾装填」
ソフィアは杖を振り回しながら、その先端をセブンスの体に向ける。このままではいけない――そう思って自分も前に出るが、それよりも早く結界で跳躍したのだろう、クラウが魔術の射線の前に着地し、両腕を広げてソフィアを止めてくれた。
「ソフィアちゃん! 待ってください!」
「待てって、どうして?」
「どうしてって……そりゃ、危険な子なのは間違いないですけど、でも動けなくなったのをこんな一方的に叩くのは……!」
「それは、その子の外見が人間だからそう思うんだよ。魔族や魔獣に対して、クラウさんは同じように情けをかけるの?」
「そ、それは……」
「そう、事の本質はそれと同じ……うぅん、それ以上。古の神々とそれに与する者は知恵が回る分、魔獣や魔族より悪質だよ。その結果、レヴァルも、王都も、ハインライン辺境伯領も、ガングヘイムの街も、ゲンブ一派に荒らされ回った……放っておけば、もっと被害が広がる」
ソフィアの言うことはもっともだ。だが、自分とクラウが恐れているのは、きっとそういうことではない――それを伝えるため、自分がソフィアの肩を持ち、金髪の少女をこちらへと振り向かせた。
「……ソフィア」
名前を呼ばれて振り向く彼女の顔には、まるで感情のない人形のように冷酷な瞳があった。それに一瞬だけたじろいでしまうが、なんとか自身の心を落ち着かせ――少女の肩を強く持ち、視線を逸らさぬよう緑の瞳をじっと見つめる。
「あの子には、色々と話してもらうべきことがある……それに何より、私もクラウも、アナタに手をかけてほしくないの。アナタに人殺しになって欲しくないから……」
「そう……エルさんは優しいもんね」
ソフィアの言葉に動揺し――あまりに情けないが――肩を持つ力が緩んでしまった。彼女の真意は分からないが、暗にT3に対して千載一遇のチャンスを逃した自分が攻められているような気がしたからだ。
同時に、自分とソフィアの差を思い知らされたようにも思う。自分は甘く、彼女は覚悟が決まっている――その差をまざまざと見せつけられたような心地がした。
「……オレぁ、立場的にはやったれやったれ、と言いたいところなんだが……個人的にはその子を殺すのを、少し待つことには賛成だぜ」
「……ダンさん?」
いつの間にか自分とソフィアの横を過ぎ、ダンが倒れるセブンスの元へと進んでいっている。そして、跪いてその顔を覗き込み――しばらくして、こちらへと振り向いた。
「少し幼いようだし、髪の色も違うが……間違いねぇ。この子の顔立ちは第八代勇者、ナナセ・ユメノにそっくりだぜ。この子の身元を調査したほうが良いだろうな」
ソフィアは自分が掴んでいた手をゆっくりと払い、ダンと倒れるセブンスの方を身ながら頷いた。
「そういうことなら、分かりました。ただし、早急に拘束具と牢による身柄の確保と、その大剣の封印をしましょう」
「あぁ、それに関しては同意見だ……この剣に関しては、オレも独自に解析してみてぇしな。エルのお嬢ちゃん、剣の輸送を頼む。クラウのお嬢ちゃんはその子をおぶって岸まで移動してもらっていいか?」
自分とクラウはダンの提案に即頷き――ソフィアの心境が変わらないうちに、早く行動したほうがいいと判断して――自分は大剣を、クラウはぐったりしたセブンスを負ぶって凍った湖面を後にする。ダンは適宜振り返りながら「オレの愛車が……」とぼやいていたが、氷の上だと操縦できないらしいので諦めてもらう他ない。
ともかく、湖面を抜けたあたりで、遠くから見慣れたシルエットが走ってきていた。アラン・スミスは「おーい」と声をあげながら手を振り、自分たちの元に着いた時には息を切らしながら膝に手をついていた。
「はぁ……はぁ……良かった! みんな無事だったんだな!」
「うん! アランさんも無事でよかった!」
先ほどの冷たさが嘘のように、ソフィアはその顔に大輪の花を咲かす。とはいえ、彼の顔を見ると安心できるのも頷ける。クラウもやっと緊張がほぐれたようで、ちょっと皮肉気な笑顔を青年に向けていた。
「……まったく、アラン君はどこで道草を食ってたんです?」
「道草とは心外だなぁ……俺だって、ゲンブの相手をしていて……まぁ、偽物だったんだが……と、セブンスを生け捕りにできたんだな?」
「えぇ、ソフィアちゃんが頑張ってくれたおかげで」
「そうか、それは良かった。そいつはなかなかなクソガキだが、悪い子とも思えないからな……ソフィア、お疲れ様」
「う、うん……アランさんもお疲れ様」
先ほど思いっきりトドメを刺そうとしていたので気まずかったのか、珍しくソフィアも苦笑いを浮かべているようだった。
しかし、緊張が解けたのと同時に、ダンの言っていたことが気になりだす。クラウの背後で小さく息を立てている少女、それが前々代の勇者にそっくりとは。見たところ、ソフィアと同い年くらいに見えるし、そもそも三百年前の人物が居るのもおかしな話になる――そして万が一本人であったとしても、古の神々に協力しているのも腑に落ちない。
とはいえ、難しいことを考えるのは後にしたい。自分がどれほど貢献できたかは置いておいても、ひとまずは古の神々の襲撃を退けることも出来たのだから。激しかった戦闘音も落ち着いたことでドワーフたちも外に出だしたのか、辺りも人の声でざわついてきだした。
背後を見ると、徐々に溶け出した氷に亀裂が走り、流氷のように湖面を漂いだしている――迎えの車が来るまでの間、ダンは沈んでいく愛車を見つめて名残惜しそうにしていたのだった。




