6-46:地底に咲く白銀の花
セブンスが振り下ろしてきた一撃と自分の魔術がぶつかり合い、生じたエネルギーが辺りに激しい音と光を轟かせている。押されぬようにと歯を食いしばり、相手の放った一撃を押し返そうと杖を強く突き出す。
実際の所、発生した魔術は、気迫などでどうにかできる物ではない。放出した時点で威力は決まっており、そこに術者が介入できることはないから――それでも手を伸ばしてしまうのは、もはや自分の意地が、ほんの少しでも、気持でも上乗せして、あの子にもう負けたくないと思っているからだ。
(セブンスに太刀打ちできないようじゃ、アランさんの役に立てないから……!!)
そう思いながら衝突する力の先を見つめていると、徐々にこちらの魔術が押され始めているのに気付いた。やはり大気中では完全な絶対零度にできない分、こちらが不利か――負けたくないという気持ちと、計算上はどうしようも出来ないという絶望が心の中でせめぎ合い、心が折れそうになってきてしまう。
その瞬間、眩い光が辺りを包み――気が付けば不思議な空間にいることに気づいた。そこは、どこもかしくも真っ白で、右も左も上も下もない、重力も浮力も存在しないような場所であり――同時に発生していた力の奔流も消え去っている。
「成程……極大なエネルギーのせめぎ合いが、時空を歪めてアナタの魂の場所へと私を導いたのね……」
突然、自分の正面から声が聞こえてきた。掲げていた杖の先から目を離し、声のしたほうを見てみると、そこには顔がうすぼんやりとした一人の少女が立っている。背丈や雰囲気を見るに自分と同じくらいか、少し年上といった感じで、見たこともないような衣裳で身を包み――向かって右側の背中にだけ生えている、炎で出来た翼が印象的だった。
「アナタは……?」
「私は、もう一人のアナタよ」
「何を言っているのか分かりません……私は私、ソフィア・オーウェルです。後にも先にも私はただ一人、もう一人の自分なんていません」
自分にはクラウディアのように、二つの魂がある訳ではない。人格が分裂するのは幼少期の経験が原因で、後から分裂する症例は聞いたことなど無いし――何より、彼女は見た目が自分とは違う。
しかし、彼女にはどこか懐かしさを覚えるのも確かだ。上手く言葉には出来ないけれど、自分とどこか似ているような――何故だか直感がそうだと語り掛けてくる。この感覚を言語化しようと目の前の少女を見つめていると、ぼけかかった顔の輪郭が僅かにハッキリと見え、彼女の動く口元が見えるようになってきた。
「今のアナタにはまだ分からないと思うけれど……いずれ時が来れば分かるわ。それで私は、アナタに予言を与えに来たの。アナタはこの先、大切なものを全て失って……アナタは孤独に戦い続けることになる」
「えっ……?」
「深い絶望の淵で、私とアナタは出会い、そして一つになり……失ったものを互いに埋め合って、そして全てを破壊しつくす破壊の翼になるの。
アナタがどんなに賢く、運命に抗って見せたところで、結果は変わらないわ。複雑に重なり合う運命の糸は、私たちの魂を絡めとって、深い奈落の底へ突き落としていく……」
「そんな……そんなことにはなりません。私がアランさんの助けになって……この世界の歪みを正して見せます。だから……」
だから、そんな絶望の淵に落ちていくことはない。とはいえ、たった今しがた、自分はセブンスに押され、心が折れそうになっていた――いや、そうだ、ここで負けるわけにはいかない。孤独な彼を一人にするわけにはいかないから。
誰からも頼りにされているのに、常に誰かが周りにいるのに、彼は独りぼっちなのだ。彼は困っている人がいれば手を差し伸べているだけ――しかし、その両手で救えるほど、この世界の歪みは甘くないはずだ。
それでも諦めずに走り続ける彼は、強すぎるのだ。それはどちらかと言えば悪い意味であり、また単純に力が、という意味ではない。どんな困難にも立ち上がり、理不尽に怒り、弱きを助けようとする彼に対して、誰もが甘えてしまう――それ故、彼は絶対的に孤独なのだ。いつの間にか頼られるばかりで、彼を支えられるだけの強さのある人が周りにいないのだから。
「だから……私は強くならなきゃ。アランさんを支えるために、アランさんを一人にしないために……アランさんの正義を、誰にも否定させないために……!」
改めて決意を口にすると、目の前の少女の口元に微笑が浮かんだ。
「……そうよ。私の故郷の古い逸話にあるように、絶望の底には希望が眠っている……長く続く闘争の果て、私たちは最後に希望を見るわ。だから、諦めないでソフィア。アナタの行く道は、決断は、絶対に間違えていない……私が保証する。アナタの祈りは、きっと最後には届くから。だから、今も……」
手を伸ばして、彼女の唇がそう動いたのを見送った瞬間、視界が一気に眩くなる。同時に、力のぶつかり合う轟音も戻ってくる。何かの白昼夢のような物だったのか、しかし脳裏には確実に、彼女の言葉が残っており――同時に、折れかけていた戦う意志も、より強固になって戻ってくるのを感じた。
◆
計器の異常が収まると、再びモニターに二人の少女の顔が映し出された。いつの間にか、先ほど絶望に落ちかけていた金髪の少女の顔に覇気が戻ってきている。それどころか、なお一層杖を押し――その様は、届かぬものに手を伸ばそうと必死に戦う戦場の旗手のように映る。
そして度し難いことに――まるでソフィア・オーウェルの感情に魔術が応えたかのように――白銀の光が息を吹き返したようにその勢力を伸ばし、ゴッドイーターが押し返され始めた。
「……いけぇええええええええええええ!!」
少女の気迫に答えるように、白銀の光が紫紺の光を覆い――その光の形は、どこか白い花弁のようにも見える――そして、強烈な閃光と共につんざくような強烈な音が地底に響き渡る。改めて状況を確認すると、互いの技が対消滅を起こしたようで、その余波にセブンスの身体が少し浮き上がっているのが見えた。
「……凄い」
銀髪の少女の呟きが聞こえた後は、重力に任せてその小さく細い体が凍った湖に落下していくのみ――今から救援に行っても恐らく間に合わないだろう。アラン・スミスの率いる三人の少女達は、戦闘特化でない自分が圧倒できるほどの相手ではないし、何より――三つ目のモニターに映し出されているアラン・スミスが、もうしばらくすれば駆けつけるだろう。時間稼ぎをしている間に彼が来れば、もはや自分が勝てる道理などないのだから。
「……大丈夫ですよセブンス。それならそれで、アナタには役割がありますから」
モニターにコードを打ち込み、サークレットに内蔵されている機械の破壊コードを入力する。お人よしの一行に、セブンスのあの外見だ。アラン・スミスもフレデリック・キーツも、セブンスの命を取ることはしないだろう。それに、幸か不幸か三人の少女たちも生き残ってくれた。これなら、アラン・スミスとの交渉も続けられるに違いない。
「さて、それでは私は私の仕事をこなすことにしますか」
中空に浮かべていたモニターを仕舞い、そのまま下へと移動する。そこには、ボロボロになったダン・ヒュペリオンの邸宅があった。そして袖から一枚の札を取り出し、瓦礫の付近で倒れる家政婦を介護をしているドワーフの青年に近づく。
「アナタがシモン・ヒュペリオンですね……こんばんは、良い夜ですね」
そう声をかけると、青年は上半身だけ回してこちらを見て、自分の姿を確認すると怪訝そうな表情を浮かべた。
「こんな時に僕の所に来る喋る人形なんて……きっと、碌な相手じゃないんだろうな」
「はは、そうですね……一言で言えば死神でしょうか? アナタ個人には恨みはありませんが……アナタの体に流れる、その血に対して因縁があります」
「そうか……継承の議を止めたいんだな、アンタは」
「察しが良くて助かります。それでは……」
人形の小さな指で札を挟み、彼に向かって投げつける準備をする――しかし、シモンは抱えていたドワーフをゆっくりと地面に置いて立ち上がり、少し移動してから両腕を広げた。
「いいさ、どうせオヤジにくれてやる身体なんて……どうなったっていい」
「……随分と潔いですね」
「僕はもう、自分が自分でなくなる恐怖に振り回されたくないんだ……死にたいわけじゃないけど、生きていたいわけでもない……それなら、他人に奪われるくらいが丁度いいんだ。
それに、死んだら星に慣れるって言うしな……オヤジに取り込まれるよりは、死んだほうが自由になれるだろうさ」
あまりの無抵抗さに、なんだか拍子抜けしてしまい――そのせいで自分の中の殺意が薄れてしまった。そもそも冷静に考えれば、器を破壊する必要性はあるのだろうか? 確かに、万が一にも備えるのなら破壊するに越したことはないが、こちらで確保できれば交渉材料にも使えるかもしれないし――。
「……どうしたんだ? やらないのか?」
「やれ、と言われると止めたくなる性分なんですよ、私はね……それより、アラン・スミス達をここに招いたのはアナタですか?」
「あぁ、そうだ……オヤジに頼まれて……」
「なるほどなるほど、それは危なかった……どうやら、アナタには手をかけないほうが良さそうです」
あまりに虎に縁がある人物を殺害すると、どんどんとこちらに対する疑念が高まり、アラン・スミスと手を組むのが難しくなる――とはいえ、七柱の器を放っても置けない。
そう考えれば、エリザベート・フォン・ハインラインもシモン・ヒュペリオンも殺害せず、確保して人格の転写が出来ないよう封印するのも悪くはない。今更ながらにそんな簡単な解決方法を思い付いた。そして腕を広げたままの青年に近づき、彼よりも少し高い所から人形の小さな手を差し出す。
「どうでしょう? しばらく不自由はさせてしまうでしょうが……私がアナタを自由にしてあげますよ。この世界に蔓延る全ての因縁を破壊し、しばしの不自由と引き換えに、真なる自由をアナタに与えて差し上げます」
自分の提案に対して、青年は困惑したような表情を浮かべ――少しして、まだ幾分か疑惑を顔に残したまま、天にすがるように手を伸ばして、人形の小さな手を取った。




