6-42:雷光の刃、再び 下
「コード、龍殺し【ドラゴンスレイヤー】発動……」
セブンスが掲げる大剣が一部が音を立てながら開き、刀身の隙間に蠢くような紫色の光が走る。
「なっ、アレは……!?」
恐らく、聖剣レヴァンテインと同じような機構。アレは天から降り注ぐ光を光波として斬撃を放っていたが、セブンスの持つ剣は中に溜めているエネルギーを外に放出するタイプか。
ともかく、自分たちの後ろにはダンの邸宅があり、アレをそのまま許せば中のソフィアやシモンがやられる。
「クラウ!!」
仲間の名を呼ぶと、彼女も自分と同じように察していたのだろう、すぐに家の前に移動し、両手を広げて放たれる一撃に備えていた。対するセブンスは、右手を突き出して巨大重量であるはずの大剣の柄の底を左手一本で持ち、光を纏う刀身を右腕と左腕を入れ替えるバネで思いっきり突き出した。
「御舟流奥義……左片手一本突き!!」
「やらせません……第六天結界!!」
刀身から放たれた紫紺の光波を、六枚の盾が迎撃する。眩い光と激しい音の向こう側で戦う仲間を、なんとか視界にとらえ――クラウが歯を食いしばりながら耐えているが、結界が一枚、また一枚と破られていく光景につれ、彼女の瞳が絶望に呑まれていくのが見える。
しかし、最後の一枚になった瞬間に気を持ち直したのか、クラウディア・アリギエーリの瞳に闘志が戻った。
「……んだらぁああああああああ!!」
轟音の中でも聞こえるほどの彼女の咆哮、同時に巨大な爆発が巻き起こる。クラウの呻き声が聞こえたと同時に、土煙の中から彼女の体が吹き飛ばされる形で現れ、背後の建物に背中から身体を打ち付けてしまったようだ。
「うぁっ!」
「クラウ!? くっ……!?」
土煙の中を通って鋭い剣気が近づいてくるのを察し、煙の中を反射する光から相手の剣線を読み、神剣で斬撃を受け止める。しかし、下から勢い良く振り切られた逆袈裟は威力が高く、こちらの体が浮き、クラウと同様に自分も背後の壁に叩きつけられてしまう。
「かはっ……!」
背中の強い衝撃のせいで、思わず肺が潰されたような息が漏れる。だが、それはすぐに自分の体を包む淡い光のおかげで楽になった。隣を見ると、瓦礫の中からこちらに差し出された光る手のひらの上に、深紅の瞳が浮かんでいる。
「奇遇だねエルさん……二人して吹き飛ばされて、壁に叩きつけられちゃうなんてさ」
「……ティア、大丈夫なの?」
「まぁ、クラウが気絶しちゃったからね。それに、ボク自身が不調な訳じゃない。魔法に違和感があるだけだからなんとかなるさ。それより……」
回復魔法をかけ終え、ティアは土煙の晴れた先をその赤い眼で見る――銀髪の少女が、また涼し気な瞳でこちらを見ているのが、何とも気に食わない。
「あんな小さい子にいいようにされてるなんて、癪だと思わないかい?」
「同感!!」
二人で壁と瓦礫から抜け出し、自分は左から、ティアは右から、セブンスに向かって攻撃を繰り出した。少女も自分たちを同時に相手にするのは厳しいと判断したのか、後ろに跳んで再び間合い取るが――自分もティアもそれを読んでおり、ティアがすぐに前進を開始し、自分はお返しと言わんばかりに神剣の光波で着地を狙う。
セブンスは着地と同時にすぐにまた横に移動して神剣の一撃を躱し、その先に待ち構えていたティアの蹴りを刀身で受けた。セブンスが剣を押し出し、ティアが弾き飛ばされている内に、今度は自分が間合いを詰める。
「間合いを取られると、またあの光線を出されるでしょうから!?」
「あぁ、押して押して押しまくろう!!」
その後は、二人で波状攻撃を仕掛け、セブンスの方が防戦一方になる。とはいえ、これはこれで癪と言えば癪――二人がかりでなら優勢というのは、一対一なら相手の方が技量が上ということだ。もちろん、見た目で油断するなと言ったのは自分だけれど、それでも剣士としての腕が劣るというのは、簡単に認めがたいものがある。
(……アイツなら、きっと私と同じだけの時間があれば、この子を倒しているでしょうね……)
音速を超えるADAMs、アレさえあれば人型の相手をするにはほとんど無敵だ――しかし同時に、その事実がまた自分の中にどす黒い感情を巻き起こす。
仇の使う技、自分が逃した相手、そして最近ではアラン・スミスがADAMsを使えることに頼り切ってしまっている自分――魔王討伐から、自分はT3やホークウィンド、セブンスのような強敵を相手にしたときに、足を引っ張ってばかりだ。
ハインラインの本懐は、勇者の右腕になること。今の自分は全くそれが出来ていない。その事実が自分を焦らせる――神剣の加護があるのなら、せめてこの少女には遅れを取りたくない。
「……凄い、強い」
「……え?」
感嘆するように呟いた少女に、一瞬だけ呆気を取られ――舐めるんじゃないわよ、そう返してやる前に、少女のダークブラウンの瞳に強い力が籠った。
「でも……それはアシモフの子と言う範疇の中での話……!」
防戦一方だった少女の気迫が増し、一瞬だが自分とティアの攻撃の手が緩む。そこに繰り出される痛烈な横一線に対し、ティアは結界を張るが弾き飛ばされ、自分は寸で後ろに跳躍して躱し――再び距離を取った瞬間、再び大剣に紫色の光が走る。
「ハインラインの器、覚悟!!」
「……舐めるなぁあああああッ!!」
相手が逆袈裟から振り上げる一閃に対し、こちらも大上段からの光波をぶつける。紫紺と翡翠の二色がぶつかり合い、辺りの大気を振動させる――互いの剣線は互角、つまり威力的には五分ということになる。
王都で時計塔を破壊した一撃なら、恐らく神剣や第六天結界でも止められないはずだ。ということは、出力を抑えているのか――剣戟が対消滅した反動で衝撃波が巻き起こり、その激しさに自分の体は再び後ろに吹き飛ばされたと同時に、落下の衝撃で神剣が右手から落ちてしまう。
「……くっ!?」
「エルさん!!」
土煙の中からくる気配に対しては、またすぐにティアの援護が入る。自分の前に立ち、結界を張ってくれるのだが――。
「……読んでいるよ」
「なっ……」
土煙から抜け出た気配は、想定よりも高い場所から――ティアの身体の上空を通り抜けた。ティアの背後に立ったセブンスは、そのまま裏拳の要領で剣の柄をティアの首辺りに勢いよくぶつける。
「がっ……」という短い呻きの後、クラウディア・アリギエーリの身体はその場に臥してしまった。神剣の加護や補助魔法がかかっていたのだから大丈夫だとは思うが、普通なら後遺症が残るレベルの一撃だ。ともなれば、気絶してしまうのも致し方ないか。
「……私の狙いはアナタじゃない。だから、そこで大人しくしていて……さぁ」
そう言いながら、セブンスは剣を正段に構えて、立ち上がろうとするこちらを見下ろしてきた。剣は、自分から二メートルくらいの位置にある――セブンスもそれをちらりと一瞥した。
「アナタが剣に飛びつくより、私がミストルテインを振り下ろす方が速い……アナタに恨みは無いけれど、アナタの血を断つことが私の使命だから……」
「……ホント、いい加減にしてよ。私が一体なんだっていうの?」
「私も良く分かっていない……それを知る必要もないってゲンブが言ってた」
「……そう。そんな使命も想いも何もない者に、斬られて終わるのね」
それは、嘘偽りない本心だった。父の仇を討ち、彼の供として戦うという志半ばで果てることは無念だし、それを終わらせる者に想いが無いのならなおさら――しかし、自分の言葉に対しては感情が揺れたのか、少女の表情が微かに強張るのが見えた。
そして、その揺れ動いた一瞬の隙を狙ったのか、背後の頭上から轟音が響き渡った。自分とセブンスの間に巨大な氷柱が突き刺さった。




