6-41:雷光の刃、再び 上
寮を先に飛びだしていたソフィアにはすぐに追いつくことが出来た。彼女なりに一生懸命走っていたのだろうが、その辺りは自分たちと歩幅も体力も違うので仕方がないだろう。
「ソフィアちゃん! 待ってくださーい!」
クラウがソフィアの横に並び、少女に補助魔法をかけたようだ。そのおかげか、息が切れていたソフィアも呼吸が少し楽になったようだ。
「ふぅ……ふぅ……ありがとう、クラウさん」
「いえいえ……でも、ダンさんは工場の方へ出てますよね? お宅へはどうやって入るつもりです?」
「家政婦さんが居れば、事情を言って開けてもらおうと思ってるね」
「もしいなかったら……?」
「その場合、アクセルハンマーでお邪魔するよ!」
「……うひぃ、ソフィアちゃん過激ぃ」
うひぃ、とかいう返しが彼っぽくて少々笑ってしまうが――ともかく、自分もソフィアの隣に並ぶ。
「まぁ、緊急事態だからね。ダンも理解してくれるでしょう」
「それもそうですね……でも、別にエルさんに扉を斬ってもらうでもいい様な……?」
「それもそうね……」
そんな呑気なことを言いながらだが、着実にダンの邸宅に近づいていく。坂上のここからだと市街地が見える――店舗が並んでいる商業区辺りでは、妙な爆発や光の線が街を焼き払っているが、どうやらそこ以外では破壊行動は無い様だった。
しかし、この辺りは人だかりも多い。この辺りはまだ安全なので、野次馬が状況を観察しているといった感じだが――その中に、一人見知った顔があった。偶然目が合ったそのドワーフの青年は、驚いたような表情を浮かべる。
「君たち!? どうしてこんなところに……」
「シモン、そういうアナタも」
「流石にあんな光が差し込んできちゃ、状況を確認するのに外には出るさ」
シモンは月明かりの差し込む天上を見上げながら呟く傍らで、ソフィアが歩み出てシモンの前へと進んだ。
「シモンさん、丁度良かった! 一緒に来てくれませんか!?」
「えぇ!? ぼ、僕は厄介ごとは……」
「いえ、私の魔術杖を取りに、ダンさんのお宅に入りたいんです! ダンさんは今、工場の方でアランさんといるはずなので、不在ですから!」
ソフィアとしては、ダンさえいなければ良いという判断なのかもしれないが――シモンは返答に窮しているようだった。それもそうだろう、自分たちと行動を共にして魔術杖を取りに行くということは、戦闘に巻き込まれるかもしれないのだから。
えぇっと、と呟きながら後ろ髪を掻くドワーフの青年の前に、今度はクラウが立つ。彼の気持ちを慮っての事だろう、ゆっくりと、同時に深々と頭を下げた。
「シモンさん、私からもお願いです。私たちで出来る限り、街を護りますから……」
そうまで言われては、嫌だとも言いにくいだろう。シモンも嘆息交じりに「分かったよ」
と返し、今度は四人でダンの邸宅へと足を進める。ダンの邸宅付近は静かなもので――遠くから爆発音は聞こえてくるが――門を開け庭を進み、シモンがドアの横のボタンを押すと、ややあって女中がドアから顔を出した。
「坊ちゃん!? お帰りなったんですか!?」
「いや、この子の武器が、オヤジの部屋にあるみたいなんだ……それを取りに来ただけさ」
「そうですか……そういうことでしたら。でも、私ではダン様のお部屋を開けることは……」
「僕がスペアキーの場所を知っている。だから……」
ドワーフの二人が会話をしているのを聞いているとき、ふと強い風が吹いたような気がした――ふと、アランが「雨も風が無いからか」と言っていたのを思い出す。
もちろん、もう天上は開いているし、下では爆発も起こっているのだから、ちょっとした違和感ではあるのだが――なんだ急な危機感を感じ、自分は剣に剣を伸ばす。
「シモン・ヒュペリオン……見つけた」
その声がした方向に合わせて神剣を抜き出し、鋭い剣気のする方へと振りかぶった。確かな手ごたえ――というより競り負けそうになるのを、アウローラによる身体の強化を発動してなんとか持ちこたえる。
「……あぁああああ!!」
そこに気迫を上乗せして、なんとか襲撃者の凶刃を弾き返すことに成功した。とはいえ、巨大な剣の持ち主は衝撃を吸収するように背後に跳んで、涼し気な顔をしながら着地したのだが。
しかし、腰の下まで伸びる長い髪、ヒラヒラの黒いドレスに勇者の聖剣を思わせる大剣――これが音に聞こえるセブンスという少女か。
「神剣アウローラ……ハインラインの器」
「……アナタ達、いつも私のことを器、器って! なんなのよ、一体!!」
襲撃者どもは毎度そうやって自分を目の敵にしてくる。事実、セブンスは標的を切り替えたかのように自分の方へと向き直り、一足飛びでこちらへと肉薄してきた。
(速い……けど、アイツほどじゃない!!)
神剣の加護がある今なら反応できる範囲――そう思いながら、大上段から振り下ろされる鋭い一撃を受け止める。足が地面に埋まるかと思うほどの衝撃が全身に走るが――少女の持つ大剣の刀身には刃の代わりに熱線が走っており、これは神剣でなければ容易に両断されているだろう。
「エルさん!」
補助魔法が入るのと同時に、クラウが結界を踏んで跳び、そのまま剣を押し付けている銀髪の少女に蹴りを放つ。セブンスはすぐにそれに反応し、こちらの剣を弾いて、そのままの反動でまた一気に後ろに跳んだ。
標的に攻撃が当たらなかったクラウは、そのまま庭の芝生に着地し、すぐに入口にいるソフィアとシモンの方を向いた。
「……ソフィアちゃん! ここは私とエルさんに任せて!」
「うん、お願い! さぁ、シモンさんも!」
ソフィアとシモンが中に入るのを扉の閉まる音で判断しつつ、自分は改めてセブンスに向き合う。同時に、クラウがトンファーを取り出しながらゆっくりと自分の横に並んだ。
「……とはいえ、お姉さん二人がかりで戦えば、なんとかなっちゃうかも?」
「油断は止めなさい、クラウ……ゲンブ一派の一員なんだから、油断できる相手ではないわ」
クラウを窘めて、相手の様子を伺う。見れば見るほど小さく華奢で、あの細腕でどう大剣を振り回しているのか全く謎だが――そして何より、まったく隙が無い。まさしく達人という雰囲気であり、自分の知るありとあらゆる剣術とは違う、何か特有の気迫のようなものがあり、こちらは二人いるというのに踏み込めるタイミングが全く見当たらないほどだ。
だが、攻めあぐねているのは向こうも同様なのだろう、二対一で攻めあぐねている様子で――しかし、この均衡は少女の方が破った。




