6-38:Burning Bright 下
「やはり素晴らしい戦闘センスですね……こちらが結界は無限でないと言えば、イノシシのように突っ込んでくると思ったのですが。それに、四肢など末端を斬られるだけでは、念動力で動かしている機械人形達の攻撃は止まない……それなら火力を削ぐ武器破壊というわけですか」
「はっ、ごめんなさいするなら今の内だぞ?」
「ははは、御冗談を……むしろ、アナタの方が限界に近いように見えますよ? それとも、もしや……やはりアナタを警戒して、フレデリック・キーツはとんだ代物をアナタに授けたか……」
言われた通り――加速による負荷はない代わりに、身体の熱さは上昇する一方だ。自分の腕を見ると、皮膚は光を吸う黒から、段々と赤みがかったモノに変化してきている。
しかし、悪い感じではない。むしろ、自分の体が訴えかけてきているようだ――もっと速く、もっと熱く――そう思い、双剣を構え直し、人形に対して続行する意思を示して見せる。
「引く気はない、と」
「当たり前だ……テメェの方こそ、頼みの人形どもの武器もほとんど無くなってるんだ、降参したらどうだ?」
「そうですね、おっしゃる通り……では、こういうのはどうでしょうか……!?」
人形が両手をパンと合わせると、機械たちが――自分が斬り飛ばした腕や首、それどころか飛び散った建物の破片、路駐していた車なども合わせて、一か所に凄まじい勢いで集結していく。金属同士がへしゃげ、螺子が曲がり、無理やりに接合していくそれら――都合六体の機械人形と周囲の金属が合体するように合わさり、グロテスクな鋼鉄の巨人の姿になった。
そして、チェンが人差し指をクン、と上げると、下半身に対して強靭で長い巨人の右腕が振り上げられる。下から迫りくる鉄の巨碗は建物の表面を抉りながら、自分が立っている場所を目掛けて上がってきている。
『くそ、アイツ結構脳筋じゃないか!?』
『いや、油断するなよアラン。チェンの行動が力技に見えるとき、その裏に何かを隠しているように見せかけて、結局力技の時がある』
『それは力技っていうんだ!!』
べスターに突っ込みを返しながら隣の建物に避難し――人形からは離れる方向だ――そのままジャンプして路面方面へと飛び降りる。路駐している車のルーフをクッションにして路面に降り、そのまま敵に背を向けて走り出すことにした。
『なんだ、敵前逃亡か?』
『あぁ、あのデカブツなら取り回しが悪くなって、身動きも取れないだろ?』
『引く気はないと言ったばかりなのに?』
『お前は本当に口を開けば皮肉しか言わねぇな……俺の目標はアイツの撃破じゃないんだよ』
そう、自分の目的はこの街の、ひいてはダンや少女たちを護ることであって、ゲンブ人形を倒すことではない。それに、変身できる時間が残り少なくなっているというのなら、むしろ他の敵を撃破すべきだ。遅い巨人相手なら、ソフィアのシルヴァリオン・ゼロで一撃で葬ることも可能だろう。そう判断して移動を始めたのだが――。
「……やれやれ、甘く見てもらっては困ります」
その低い声が背後から聞こえた瞬間、背筋がぞく、とする――その気迫にすぐに奥歯を噛み、後方から迫りくる大質量を避けるために路肩の方へと跳ぶ。直後、弾丸並みの速度――超音速の世界でもなお、それなりの速度で鉄の塊が四車線分の道路を駆け抜けていった。
百メートルほどアスファルトを抉って進んだ巨大質量は、その速度に見合わないほどピタ、と制止する。加速を解きつつ視線を落とすと、もはやこの変身能力の限界なのか、アスファルトについている自分の腕が真っ赤になっているのに気付いた。
「……動かす物の数が減れば、それだけ一個に力を集中できる……そして、どれだけアナタが強く鋭くなっても、巨大質量を苦手とすることは変わらないでしょう?」
実際、ゲンブの言うことはその通り――新しい武器の切れ味がどれほど上がっても、あの巨大質量相手では威力など無きに等しい。それこそ、複雑な機構で動く機械なら超音速の衝撃に任せて打撃をくわえて内部から故障させることは出来るだろうが、念動力で無理やり動かされているアレに対してはあまり意味もないだろう。
そして、接近してきているアンティーク人形の方を見る――チェンはその小さな手には何かしらの札を持ち、見下す様にこちらを見ていた。
「さて、アナタは右腕を飛ばされても回復できるだけの再生能力があるのは認知しています……そうですね、その素早く動き回るための足を奪い、少しの間おとなしくしておいてもらうことにしましょう。話し合いはそれからゆっくりと、ね」
恐らく、あの札には七星結界が仕込まれている――結界の弾く力を切断するのに利用するつもりなのだろう。つまり、アレに当たったら、いくら幾分か強度が増したこの体でも簡単に両断してしまうに違いない。
どうしたものか。前門の虎に後門の狼、虎に挟まれるとは皮肉だが、ともかく危機的状況には変わりない。後方にある建物に逃げるのもありだが、あの鉄塊の速度ならADAMs無しには逃げ切れないし、加速したらで変身が解けてしまいそうだ――しかし、身体が熱い。腕が、足が、前進が――燃えるように熱い。
「……虎の紋様?」
ふと、チェンの声が聞こえる。差し込む月明かりに僅かに照らされるガラス片を覗き込むと、確かに赤々と燃えるようなマスクに――以前、魔王ブラッドベリが身に着けていたT2というパワードスーツと同じ様に――虎のような黒い紋様が幾重にも走っている。実際には、元々黒かった鋼体皮膚が一部分残り、それ以外の所が赤くなっている、が正解か。
『……分かったぞ、アラン』
『……あぁ? この窮地を脱するだけの何かだろうな?』
『さぁ、それは分からん』
『分かったのか分かってねぇのかハッキリしろよ……それで?』
『あぁ、フレデリック・キーツ……いや、ダン・ヒュペリオンが言っていたことだが、奴は制限時間の説明をしている時にエネルギーを解放すると言っていた……どうやらこの変身では、ADAMsを利用した分のエネルギーがお前の体内に溜まっているんだ』
『それがこの熱さの要因か……それで、当然放出できるんだろう?』
『あぁ、恐らくベルトに付いているボタンが起動スイッチだ。恐らく攻撃に転じられるように設計しているだろう……だが、放出機構が分かってもどうすればいいか詳細は分からないし、どの程度の威力が出るかも不明だ』
『その辺はぶっつけ本番だな。直感でやってみるさ!』
さて、後は人形と巨人、どちらにこの身体の内に溜まりに溜まった炎をぶつけるかだ。ゲンブ人形にぶつけて通ればそれで勝ちだが、七星結界の強度を超えるには威力が足らないかもしれない。それなら、単純な鉄の塊である巨人にぶつけるほうがより確実と言えるだろう。
そうと決まれば――。
「……力比べをしようぜ鉄巨人!」
そう叫びながら振り返り、自分の方を見下ろすように制止している巨大な鉄塊を見上げた。
「一体何を……くっ!?」
背後でゲンブの慌てる声がする。自分が何かしでかす気なのか察し、巨大質量を打ち出す準備に入ったようだ。だが、自分の方が早い。道路の真ん中に躍り出て、鉄巨人の方を向いてベルトについているボタンを押すと、バックルから目の前にゲートのような扉が現れた。
「おぉおおおおおおおおお!!」
奥歯を噛んで加速し、迷うことなくそのゲートを潜り抜ける。全身の熱が更に上昇し、身体の表面を電気が駆け巡る――次第に体内の熱がベルトを通じて表面へと流出し、それらが自分の身体に纏わる眩い光となる。
すでに鉄の巨人はこちらへ弾丸並みの速度で接近を開始している――普通にかち合えば、質量差で自分の方が木っ端みじんになるだろう。
だが、いける。もはや確信しか持てず、一切の躊躇なく大地を蹴り、右の拳を突き出しながら相手の腹部を目掛けて突撃した。
それは、刹那の出来事。エネルギーを帯びた拳が鋼を容易に溶かし、超加速した自分の体は一瞬で鉄塊の背中から通り抜ける――自分の身体を覆っていたエネルギーを巨人の体内に置き去りにし、そのままの勢いで飛び去り、百メートル以上は離れた場所に、アスファルトを削りながら低姿勢で着地した。
そのまま地に着いた左腕を軸に一回転、通り抜けた巨人が見えるように振り返りながら音速の世界から脱する。加速を解いたというのに、一瞬の静寂――そして、巨体に空いた大穴を中心に眩い光が漏れ始め――直後、巨大な音と共に、地底の天井まで焼くほどの巨大な火柱が巻き上がった。
『同じ技術屋として、認めざるを得ない……悔しいが、フレデリック・キーツは天才だな』
『……そうかい? 俺はそうは思わないな……いや、もちろん凄いのは否定しないぜ。だが、天才というよりこれは……そう、ダン・ヒュペリオンの執念、そういう風に思うんだ』
黒く戻った腕を見ながら脳内の友に返答する。何となくだが、天才という一言で片づけるのはダンに対して失礼な気がする――天才と言うのは簡単だが、ダンは見えない所でもがき苦しみ、何かに手を伸ばしているものな気がしたからだ。
『執念……ふっ、そうだな……さしずめ、今の技はタイガーブレイクといったところか』
『何がさしずめなのかは全く不明だが……なんかこう、もっとカッコいい感じのはないか?』
『なんだ、タイガークローで気に入ってたじゃないか』
『必殺技はもっとこう、シンプルじゃなくて捻った感じのヤツがだな……』
『それなら、バーニングブライトなんていうのはどうだ? 虎を謳う、旧世界の詩の一節だ』
『なるほど……いいなそれ、気に入ったぜ』
指を鳴らして脳内の共に賛同し、辺りに充満する煙が晴れるのを待つ――だが、見えずともわかる。既に巨人の気配は無く、どうやら跡形もなく消滅してしまったようだった。




