6-37:Burning Bright 上
宙に浮かぶ人形は、変身した自分をじっと見つめ――視覚自体はあの人形にある訳ではないのだろうが、それでもお互いの視線が交錯する。
「……なるほど、フレデリック・キーツの発明。しかし大丈夫ですか? 元々敵対者であった者の施しを受けるなど……罠があって然るべきと考えるのが妥当です」
「いいや、これを俺に授けたのは、フレデリック・キーツなんて奴じゃねぇ。ドワーフの酋長、ダン・ヒュペリオンだ」
詭弁だというのは分かっている。恐らく、フレデリック・キーツというのはヴァルカン神の元の名前だ。先ほどの酒の席での内容をしっかりと覚えているわけではないが、それでも朧げに覚えている範囲のことを想定すれば、要はフレデリックとヴァルカン、ダンは全て同一人物なのだ。
しかし、フレデリックもヴァルカンもダンも、全て立場が異なる。DAPA幹部に七柱の一員、ドワーフの酋長――少なくとも、自分はドワーフの酋長のことは信じられると思っている。
そして、ドワーフの酋長は自分に協力してくれるという覚悟を持ったのだし、自分と同じ未来を見ていると思うのだ。ならば、彼と彼が大切に想う街を守らなければならない。そう思っていると、人形はやれやれ、といった調子で首を横に振った。
「アナタの言うことは理解しかねますね」
「はっ、そうかよ……まぁ、そんな成りじゃ、男の子の気持ちは分からねぇかもしれねぇな」
黒くなった指先で相手を指さして後、どうしたものかと思考を巡らす。ADAMsを利用すれば、チェンを振り切って他の場所に移動することは可能なはずだ。コイツは防御力こそ厄介だが――。
「……私以外の三人は速度と火力が異次元……自分がいなければ対処できないかもしれない。そう考えていますね?」
「い、いいや? そんなことは考えてないぞ?」
こちらの思考をぴたりと言い当てられ、思わず上擦った声で返事を返してしまう。
「ははは……結構。原初の虎は単純一途の直情馬鹿。なるほど、べスターの言う通りですね」
『おい、お前は俺のことをどういう風に説明してたんだ!?』
『どうもこうも、見た通りを言っていただけだが……』
脳内のお友達に突っ込みを入れている傍らで、チェンが指をくっ、と押し上げた。
「交渉を反故にしたのはアナタです、アラン・スミス……ならば、私は当初の役割、厄介な手合いを引き付ける囮役を続けるだけ。そしてもしアナタがADAMsを使って離脱するなら……他にすべきことをするだけです。たとえば、車で移動中のダン・ヒュペリオンを殺害するとか、ね」
おそらく、これは挑発だ――いや、事実でもあるのだろう。自分をこの場に引き止めておけるならそれも良しで、自分が他の場所へ迎撃に向かえば、他のメンバーがやろうとしていたことをチェンが引き継ぐだけ――とにもかくにも、コイツはこの場に放っておけるほどの存在じゃないということだ。
それならば――。
「最速でテメェをぶっ飛ばすのが、最善の策ってことだな!!」
今度はこちらから打って出る。奥歯を噛んで加速し、左右から来ている機械人形を迎撃する。なるほど、これらの人形もなかなかのパワーと速度があるが、やはりホークウィンドやセブンスとは比較にならない。まずは自分から見て右の一体が振りかぶっているビームサーベルを掻い潜り、懐から切り上げるように機械の左腕を肩から両断する。そのまますれ違って、上半身を捻じりながら左手の爪で相手の右腕を断った。
一体目の両腕が落ちるよりも先に、続く二体目の迎撃に移る。腕を切り落とした機人の背後から右手のナイフを相手に向けて投擲し、すぐにその後を追う。相手がトリガーを引く寸前、まずはその右手を切り落とし、遅れて飛んできたナイフが首筋に刺さった瞬間、そのグリップを右手で握りなおして思いっきり振りぬいた。
そしてすぐにチェン、もといゲンブ人形の方へと向かい――しかし、いくら変身したとしても視神経の限界は変わりないか。このまま本体を狙えば限界が来る――そう判断し、相手の死角に潜り込むべく、路地裏に入って加速を解く。
操り人形の切り落とした末端がアスファルトに落ちて鈍い音を響かせる。身体の負担は感じられないが、しかし身体が燃えるように熱い。音速を超えて空気との摩擦を受けているのだから仕方ないか。
(……よし、次は本体を……!?)
そう思って加速スイッチを入れようとした瞬間、切り落としたはずの機械の腕が――腕のみが、サーベルを構えてそのまま突撃してくる。後ろに倒れ込むようにしてそれを躱し、自分の上を通り抜ける腕が握るサーベルの柄部分を斬りつけ――誤作動を起こした光学兵器が、自分の上をすり抜けた奥で爆発し、腕も破片がこちらへ散らばってきた。
『チェンは俯瞰してお前の動きを見ているんだ。ADAMsを起動している間ならともかく、停止した瞬間にお前の位置をとらえてくるぞ』
『あぁ……息を着く暇もなさそうだ!!』
そしてまたすぐに路面へと躍り出ようとする瞬間、路地の出口の左右で待機していた二体の機人が振りかぶってきた武器を足を止めて躱し、そのまま交差している二本の武器にブーツの底をかけて奥歯を噛み、今度はチェンを挟んだ対角線上の建物を目掛けて跳躍した。
変身のおかげで基礎の身体能力も上がっているのだろう、向かいの壁へは一足飛びで到着した。建物の柱に着地し――超音速で一定の質量がぶつかった衝撃で柱がへこみ、周りのガラスに亀裂が入り――そのままチェンの側面を取る様に跳ぶ。
『次こそは……ちぃ!?』
突き出したナイフは、再度アンティーク人形の周りを覆う結界に阻まれる。どうやら、正面だけでなく全方位に結界を仕込んでいるらしい。素早くもう片方の手も突き出して半透明の壁を突き、突き上げた反動を活かしてそのまま下へと向かう。
しかし、相手はこちらの着地点を予想しているのか、すでに下にいる機械人形の一体がこちらに銃口を向けている。左手のナイフを投げて銃を構える機人の手首を穿ち、相手の引き金を引く指を止める。そして着地してすぐに刺さったナイフを目指して駆け出し、手首に刺さったそれを思いっきり引いて銃ごと両断し、そのまま返す刃で首に一本筋を入れた。
加速した時が終わり、上からガラスの破片が舞い落ちてくる――相変わらず体に負担自体は無いが、自分を包む熱はどんどん上がってきているように感ぜられた。
「あははぁ、さすが原初の虎……気が付けばドンドンとこちらの手ごまが減っていきますねぇ……しかし、最速でぶっ飛ばすんじゃなかったんですか?」
「けっ、言ってろ……」
実際この勝負、今の所は負ける要素もないが勝てる要素もない。ADAMsの負担が無くなったからと言って簡単に勝たせてくれる相手ではない――いや、このままいけば時間稼ぎという目的が達せられるだけ、相手の勝ちとも言える。こちらも獲物の攻撃力は上がっているのに、七星結界の前では店売りの短剣と変わらない効果しか出せないのだから。
『べスター……七星結界の弱点はないのか?』
『すまんが、分からないな……あの能力は、旧世界に居た頃には無かったものだ。恐らく、この星に来る途中か、到着後に編み出したのだろう』
『それならしゃあねぇな……!』
機人の攻撃を避けながら、一旦少し思考してみる――べスターの辞書に頼れないとなれば、あとは自分の勘と本能が頼りだ。七星結界となれば、要するにはクラウの使う神聖魔法と同じ――いや、アイツが使うのは魔術の一種なのだとか、クラウから共有を受けていたはず。
しかし、奴は結界を行使する際に魔術の詠唱を行っていない。そうなれば、自分がよくクラウに仕込んでもらうのと同じように、何かしら物に結界を仕込んで、それを消費しているに違いない。
だとすると問題になるのは、本体に攻撃を通すにあと何回防がれるかだ。とはいえ、目に見える所に「あと何回です」と書いてある訳でもないし、以前にエルたちが対応したときには相当数防がれたはずだから、突破できるまで攻撃を繰り返すのは呑気すぎるか。
「……アナタはこんな風に考えている。あと何回で私を突破できるのか……お察しの通り、この結界は無限ではない。しかし、それはアナタも同様なのでは?」
そう言いながらゲンブ人形が手を振りかざすと、また一斉に機械人形たちが襲い掛かってくる。さすがに、これは加速しないと対処しきれない――ADAMsを起動し、今度は向かって右側、先ほどとは反対方向の建物の柱を蹴り、中空からこちらを狙う狙撃手の武器を破壊しに向かう。
『おい、俺は何分戦っている!?』
実弾サブマシンガンを真ん中から斬り落とし、すり抜けざまにそのまま浮いている機械人形を蹴り、もう一体に肉薄するついでにべスターに質問する。
『まだ実時間としては二分にも満たない……だが、先ほどダンが言っていたことを想定すると、加速している限りは十分とはいくまい。恐らく、お前の体感時間に比例して変身時間が減るはずだ』
『くそっ、なるほどな……!』
もう一体の持つブラスター銃を切り落とし、そのまますり抜けて反対側の壁に着地する。恐らく、そろそろ何か対抗策を用意しているはず――そのまま三角飛びの要領で向かいの建物に向かって飛び、その屋上に着地したタイミングで加速を解く。
見れば、アンティーク人形の上に一体の機械人形が浮遊し、そのまま身体から爆発を起こした。恐らく、次の結界に突進してきたこちらを上に弾いて、素早く落下できないところを狙って爆発に巻き込もうとしたのだろうが――何か迎撃の準備をしていると想定したこちらの勘が当たった形だ。
チェン人形の周りはやはり七層の膜が覆い、爆発の影響は受けていないようだ。結界の奥でギギ、と首を回し、人形はこちらを向いてくる。




