6-36:黒い鎧、赤い虎 下
「ちょっとお待ちください! アナタが私を間違えていないと言ってくれたように、私はアナタを悪いと思っている訳ではありません。それに信用ならないかもしれませんが、この星の民に対して、私は同情的に思っています。
ただ、アナタが甘いと言ったことを訂正するつもりもありません。アナタの身一つでどうにかできる段階なんて、とうに過ぎているのです。それは理解したほうが良いのでは?」
「何が言いたい?」
「いえいえ、至極単純な提案……これはアナタに持ちかけようと思っていた話です。やはり、アナタは我々に着くべきだ、と。
確かに、我々のやり方は手荒かもしれませんが、同時に我々はレムに生ける人々をどうこうするつもりはない……なればこそ、一旦は私たちと組んで、七柱と戦うべきです」
「こんな風に街をひっちゃかめっちゃかにしてて、説得力のかけらもないな」
「えぇ、それはアナタが居ると知らなかったから……」
返答のこちらが足を一歩前に出すと、人形は再びわざとらしく、今度は首と手をぎぃぎぃ鳴らしながら振り始めた。
「だからお待ちくださいって! 分かりました、私は街の破壊は止めます。ですから、お互いに手荒なことは止めましょう」
「……本当か?」
「えぇ、私の目的は街の破壊ではないのですから……ただの囮です。いやぁ、しかし意図せず大物を釣ってしまいましたよ」
人形が肩をすくめる動作をとった瞬間、遠くから爆発音が鳴り響いた。そうだ、つい目の前のことに気をとられていたが、コイツには仲間が居るのだ――街の防衛機能がT3やホークウィンド、セブンスを止めているのか、もしかすると少女たちが交戦している可能性もある。
「お前以外の連中は!?」
「それを言う義理はありませんね……しかし、アナタと手を組みたいというのは本当なのですよ?」
「それなら他の連中も手を引かせろ!」
「アナタがこちらに手を貸すことを約束してくれるのなら良いのですが……一点だけ、アナタの出方に関わらず、どうしても今日済ませなければならないことがあります。
それは、ヴァルカン……いいえ、フレデリック・キーツ本体、並びに人格投射をしているダン・ヒュペリオンの殺害です。それさえ済めば、手を引きましょう」
要するに、あの爆発が起こった場所で行われている交戦は、ヴァルカン神がやられるまで止まないということだ。また、それまでにどれだけ被害が出るかも分からない――そうなれば、自分のやることは一つだ。
「……くっ!!」
「行かせませんよ、原初の虎!!」
自分が振り返ろうとした瞬間、左右からこちらに銃口が向けられた――元々、建物の隙間にロボットを忍ばせているのは確認済みだ。前転するように放たれた光線をかわし、そのまま一周してアスファルトに手を着けながら再び上空を見上げる。
「エディ・べスター……聞こえているのでしょう? どうかアナタからも、原初の虎の説得を……七柱、旧DAPAの幹部は、手ぬるいことをしていて勝てる相手ではないのだ、と」
『……オレは、お前の正義を信じると決めていた。そのために永い時を彷徨って、ようやっと巡り合うことが出来たんだ……お前の言う、歴史のうねりに苦しむ人々を助けたという気持ち、それを今度こそ否定しない』
べスターの言葉に、自然と口の端が上がるのを感じる――それを見てこちらの中の亡霊を説き伏せるのは不可能と察したのか、チェンは本日何度目かの頭を振った。
「やれやれ……アナタは決断すべきだ、アラン・スミス……我々と共に七柱を討ち、一万年に及ぶ因果を終わらせるか。それとも、七柱の尖兵になって我々を討ち、高次元存在に手を伸ばそういう彼らの邪悪な野望に加担するのか……我々も、七柱も、同時に相手できるほど単純な相手ではないのだから」
それは何度も思ったし、実際にチェンの言うことは間違えていないはずだ。それでもやはり――自分は自分の思ったようにしか動けない、それだけだなのだ。
「……俺の中の亡霊が言っているぜ」
「……はい?」
『お前は直接会ったことが無いから分からないのだろうから教えてやる。原初の虎は……』
「話を聞く奴じゃないってな!!」
そこで自分は一旦言葉を切って、ベルトのバックルを弾きながら背後へと跳ぶ。
「テメェこそどちらか決断しな、チェン! 今すぐテメェの乱暴なお仲間を止めて投降するか、俺にぶっ飛ばされるかだ!!」
「ははは、先ほども言ったように、目的を達するまではそれは出来ませんねぇ……そうなれば、交渉はひとまず決裂ですか」
「それなら俺にぶっ飛ばされな……いくぜ!!」
こちらの咆哮に、向こうも既に臨戦態勢だ。チェンはすぐに二体の人形を自身の前に布陣し、残りの宙に浮く二体と地上に潜伏していた二体がこちらに銃口を向ける――対してこちらは奥歯を噛んで走り出す。
音を置き去りにし、一歩、二歩と進むごとに、バックルにある機構が回転し、電気を発生させて稲妻が自分の体中を走る。そして――ベルト部分から針のようなものが自分の腹部に深々と差し込まれた。
(これは……!?)
そんなに太い針ではないし、痛みは感じない――迷わず歩みを進めると、身体の表面を走る電気と針から注入される何かが合わさり、次第に自分の身体を覆っていく。
刹那、閃光が目の前を覆い――しかし自分には敵の場所は気配で分かる。一気に跳躍してチェンを護る二体の内、一体の首を左手の爪状のナイフで斬り飛ばし、そのまま奥にいるアンティーク人形に肉薄する。
『おぉおおおお!!』
右手にある虎の爪を突き刺す様に押し出すが、チェンも音速を超えて自分が接近するのは読んでいたのだろう、すでに目の前に例の結界が貼られている。もちろん、こちらもそれは織り込み済み――結界が無いならそのまま落とせるし、出しているのなら戻るのに使える。
強力な結界の斥力を使って、周囲に残っているロボットの武器がこちらを捕らえるよりも早く地上に着地する。そのまま一旦距離を離して加速を解く――同時に、首の無くなった機械人形が制御を失い地面へと落下してきた。
そして、普段なら加速を解くのと同時に猛烈な痛みが自分の身体を襲うはずだが、今回はそれがない。むしろ、力が溢れてくるようにすら感じる。
ふと、一瞬だけ横を見る。そこには、営業時間の過ぎた路面店のガラスに、自分の姿が写っている。その姿は――。
「黒い鎧……?」
チェンの言った通り、ベルトのみを残して黒い鎧に身を纏った男の姿が映っていた。
◆
車での移動中、市街地での爆発が一旦止み、そしてしばらくすると再度激しい戦闘音が鳴り響きだした。恐らく、アラン・スミスとチェン一派の何者かが交戦を始めたのだろう。
「オレはずっと考えていた……お前をどうすれば倒せるのか。一万年間、繰り返し繰り返し……そして、皮肉なことに……オレは誰よりも、お前の戦い方を理解することになった……恐らく、エディ・べスターよりもな」
元々、虎は要人の暗殺に特化した存在として設計されていたはずだ。ADAMsの設計思想を開発者本人から聞いたわけではないが、アレは本来は離脱用の機構のはず――音速の壁を超えるときの爆音が、どうしても隠密性に合わないからだ。
原初の虎はそれを勝手に戦闘用に昇華させたに過ぎない。要は原初の虎の戦闘センスに、ADAMs従来の設計が着いて行けてなかったのだ。
原初の虎は、間に合わせのもので十分にその戦闘力を発揮する。だが、もし彼の野生に、本能に相応しいだけの機構が備わったとしたら? 一万年に及ぶ思考の中での闘争で、同時に抱いてしまった疑問、期待――もし自分が虎の長所を最大限に活かすとするならどうするか――その答えがアレだ。
装着式のパワードスーツにしようかも悩んだが、それは敢えて棄却した。レムが奴に施したリジェネレーターを活かし、細胞を活性化させ、加速に耐えうる皮膚と筋肉、骨格を擬似的に生成する変身機構――同時に、ADAMsの使用時に発生する巨大的なエネルギーをその身に貯め込み、爆発力を得れれば――。
「……きっと、オレとお前の目指す先は一緒だ……だから頼んだぞ、アラン・スミス。赤く燃える虎、レッドタイガーよ」
自然と口が吊り上がるのを感じる――共に酒を交わした友の勝利を確信しながら、もう一つの渦中へと近づくためアクセルを踏み込んだ。




