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1-23:大聖堂の異端者 上

 大聖堂に行った後、冒険者ギルドにて再度パーティーを探してみた。とはいえ、結局実りがないままに終わり、時刻も気が付けば正午をとっくに過ぎていた。冒険者たちの朝は遅いのだから、むしろ午後のほうが本番、くらいのつもりで休憩がてらに昼食を取ることにする。


 とはいえ、進捗が良くない状態で食べる飯もあまり美味くもない。目の前にある腸詰をフォークの先端でツンツン突きながら、午後はどう声を掛けるか思考を巡らせる。いっそ、エル辺りが組んでくれないか、いや、武器を買った日の帰りに声を掛けても断られたしダメか。


「はぁ……」


 ため息のままに机に突っ伏す。視界が真っ暗になっても、別段いいアイディアが出てくるわけでもないのだが。色々と悩みや不安も尽きないが、しかしなんやかんやで冒険に対する期待のようなものは未だにある。その入口にすら立てていないことが、この焦燥感の一番の要因か。


「……相席、よろしいですか?」


 女性の声が頭上から聞こえ、重い気分の中なんとか顔を上げる。見れば、両手で盆を持って立っている、緑色の髪の女性が対面にいた。朝に会ったジャンヌとなんとなく近い雰囲気――どこか清楚で、神聖な雰囲気を感じる。しかも目がぱっちりと大きく青色に輝き、ジャンヌほど良い意味で高潔な感じでもないので、話しやすそうな子という印象だ。


 そんな子が相席したいというなら是非に、と言いたいところだが、冒険者の朝は遅いということは、食堂はまだまだ空席が多いということ。そんな中で相席したいというのも違和感がある。


「構わないんだが、周り、めっちゃ空いてるぞ?」

「ふふふ、私はアナタとお話がしたいんですよ、アラン・スミスさん」


 そう言いながら、目の前の女は――年齢的には少女という分類なのだろう、恐らく前世でいうなら高校生くらいの印象だが――不敵に笑っている。しかしその後、数秒の沈黙が続き、緑髪の女は所在なさ気に辺りを見回し始めた。


「……えーっと、座っていいです?」

「いや、なんだろう、アナタと話がしたいんですよって言ったら、普通はなんかこう、ずけずけと勝手に座るもんじゃないか?」

「はっ……! 確かに……!!」


 女は文字通りはっとした表情をすると、盆を対面に置いていそいそと座り始めた。多分、こいつは変な奴――いやよそう、初対面の人に早々と変のレッテルを張るのは失礼だ。親しみやすい感じがする、くらいに留めておくことにする。


 緑の女は席に着いたのは良いものの、その後は食事に手を付けず、司令官がやるみたいな腕の組み方で口元を抑えてこっちを見ている。しかしポージングに専念しているのか、一向に切り出してこないので、仕方なしにこちらから声を掛けることにする。


「……んで、話ってなんだ?」

「ふっふっふっ……よくぞ聞いてくれました」


 ふっふっふって口に出す奴を現実で初めて見た。いや、記憶喪失なので、もしかしたら以前にこういう奴もいたのかもしれないが。ともかく、また不敵な雰囲気で笑っている怪しい――いや、失礼失礼――不思議な女の次の言葉を待つことにする。


「アランさん、私と組みませんか?」


 一瞬、何のことだか分からなかった。漫才コンビでも組みたいのだろうか、しかしそれは勘弁願いたい。


「……アランさん、聞いてます?」

「聞いてます聞いてます」

「ほんとですか? こほん、もう一度言います。むしろ、もう少し丁寧に言い直します。アランさん、私と冒険者としてパーティーを組みませんか?」


 今、やっと理解できた気がする。自分がパーティー入りを断られていた理由が。自分が声を掛けていた連中はこういう気分だったのだろうと。名前も知らない素性も知らない怪しいやつが、唐突に組もうぜと言ってきても、本当にコイツ大丈夫かと不安になることがよく分かった。


 もちろん、目の前の女性は見目麗しいので、自分より印象はだいぶ良いだろうが。それでも、そのどことなく漂う胡散臭さが、折角の長所を打ち消している。


「えーっと、確かに絶賛、俺もメンバー募集中なのでありがたい提案なんだが……俺は君の素性が全く分からないので、少し自己紹介をしてもらえるかな?」

「えぇ、えぇ、構いませんとも! 耳の穴をかっぽじって良く聞いてください!」


 耳の穴かっぽじってとかいう表現を現実で初めて聞いた。緑髪の少女はドン、とお盆が跳ね上がる勢いでテーブルに手のひらを当てて立ち上がると、そのなかなか豊満な胸に手を当てて、むっふー、と息を吐き出した。


「私こそが大聖堂の異端者【カテドラールハエレティクス】にして……」


 その後、両腕をそのなかなかにたわわな胸部の下で組みなおし――。


「旋風の錬金術師【アルケミスタウェルテクス】! クラウディア・アリギエーリです!!」


 最後は、ビシィ、と指を虚空に向けて叫んでいた。確かに、言われてみれば毛皮の外套は錬金術師風、中に着ているは聖職者風、しかし動きやすさを重視しているのか、肩は露出して下はスリットが入ってるようだった。


 とはいえ、彼女の自分語りに対しては、なるほど、そういうことか――同じ力を持つものは引かれ合うのかもしれない。そう思い、彼女に見合う返答を考えることにする。


「そうか……俺は…………………漆黒の断罪人【ブラックエクスキューショナー】のアラン・スミスだ」

「アランさん、今めっちゃ考えてましたよね? それ、即席ですよね?」

「う、うるさい! お前のだってどうせ自称だろ!?」

「は、はぁ!? 自称じゃありませんし! 地元じゃそう呼ばれてましたし!」

「はぁーお前の地元どこだよ? 今度行ったときに聞いて回ってやる!」

「や、やめてー! それは恥ずかしいから止めてください!」


 エキサイトしてしまった結果、お互いに肩で息をしている状態だ。少し落ち着くと、クラウディアと名乗った女はゆっくりお盆の前に座り直した。


「……なかなかやりますね、流石私が見込んだだけの人です」

「お褒めに預かり恐縮、いやそもそも褒められてんのかもわからんが、今回はご縁がなかったということで……」

「ちょ、ちょっと待って、待ってくださーい! どこに断る要素がありました!?」

「断る要素しかなかったと思うが……そもそも、自己紹介してって言って、唐突に自分で考えた最強の二つ名を語られてもな。胡散臭いというか」

「それに関しては、アランさんも同等だと思いますが……?」

「ぐぬっ……そもそも、なんで俺に声を掛けたんだ? 自分でいうのも何だが、もっと良い奴はたくさんいるだろう?」


 そう、結局一番知りたいのはそこだ。俺の何に価値を感じてくれたのか――それ次第では、持っている技能の相性などは二の次でひとまず組んでみたいと思う。不人気の自分がこう思うのもおこがましいのかもしれないが、向こうから切り出してきたのだし、これくらいの裁量はあってもいいだろう。

 

「まぁ、色々と理由はあるのですが……」

「ふむ」

「正直言えば、別に誰でもいいんです。暇そうな人なら……」

「……やっぱり、ご縁がなかったということで」

「はむー! おまちをー!」


 はむーとかいう鳴き声は流石に初めて聞くどころか、その概念すらこちらの脳内には無かった。


「あのあの、アランさん、少し口を挟まずに話を聞いてくれません? その上でお断りというのなら、無理でいいですから」

「うん、分かった」


 お互いの言葉がキャッチボールでなくドッジボールなので話が進まないのも確か。ひとまず頷いて、話を聞くことにする。


「改めまして、私はクラウディア・アリギエーリと申します。神聖魔法のスペルユーザーとアタッカー、クリエイターを兼任しています」


 なんだか凄いことを言い出した。本当かもわからないし、仮に本当だとしても、一つ一つは中途半端とか――とはいえ、口を挟むと話が進まないので、再度とりあえず頷くことにする。


「あ、今、こいつ凄いな、とか思いましたね?」

「否定はしないが、そういう脱線をするから話が進まないんだぞ?」

「あ、はい、そうですね……それで、諸々の理由があって、中々私と組んでくれる冒険者の方、いないんですよ。ただ、一人では冒険に出れない、それはやんごとなき理由があってですね……」

「……諸々とかやんごとなきとか、ふわっとしすぎてて全然わからんぞ」

「だー! アランさん結局口を挟んでるじゃないですか!?」

「いや、何も伝わってこないから聞いているだけなんだが……」

「……楽しそうだな、アラン。こいつも混ぜてやってくれないか?」


 最後の声は、横から聞こえてきた。そちらを見ると、ちょうど掲示板の辺りにいる冒険者ギルドのバーンズが声を掛けてきたようで、エルがその横にいた。


「ちょっ……バーンズ、やめてよ」

「そうは言うがな、ここ最近、心配そうに小僧のほうを見てただろう? 代わりに声をかけてやったんだ」

「はぁ……そんなこと言われて、変な勘違いされたら困るでしょう」


 会うたびにため息をついている黒衣の女剣士は、仕方なし、という感じでクラウディアの横に座った。その向こうで、やれやれ、と肩をすくめて、バーンズもギルドのほうへと戻っていった。


「あのね、一応スカウトをアナタに勧めたのは私だから……それで仕事にあぶれてるようなら、その……」

「申し訳ないってか? レイヴンソード」

「なっ……! ちょっと、その呼び方止めて頂戴。勝手に名づけられて、恥ずかしいんだから……」

「ほら、見たかクラウディア。これが手本だ。二つ名ってのは自称するものじゃ……」


 ない、そう言い切る前に、エルが横の緑髪に抱きつかんばかりの勢いで迫られていた。


「エルさん! エルさんが居てくれたら、こんなの居なくても大丈夫なんですよ!」


 こんなの、はあからさまにこちらを指さしていた。


「こ、こんなの!?」

「あー暑苦しい、クラウディア、離れなさい!」


 自分とエルが声を荒げて、いやこちらは無視されたのだろうが、ともかくクラウディアは一旦エルから離れた。


「いやーエルさんいたら分け前は減りますけど、その分大きい仕事が出来ますからね! 何度もお誘いしてますけど、美少女コンビで頑張りません?」

「はぁ……だから、私は一人が性に合ってるの」

「ふはーカッコいい! エルさんじゃなかったらイタい奴だけど、エルさんだからカッコいいー!」

「あーうるさい! あと、自分で美少女言うな、そしてしれっと私を入れないで」


 視界の右端で緑髪がぴょんぴょん跳ねているのを無視し、エルに話しかける。


「なんだ、その緑、お前のファンなのか?」

「いえ……まぁ、たまに会うとこれね。一応、この子の実力は本物よ。この子のあだ名は、狂僧侶【バーサークプリースト】、または銭ゲバ僧侶【マイザープリースト】のクラウディア……理由として、冒険での分け前は獲物を倒した分でキッチリ分ける。それでいてアタッカーとしても強力だから、ほとんど一人で倒しちゃうのよ。それで、周りは稼ぎがなくなるから、誰もパーティーを組みたがらないのね」


 あまり本人の前で言うのもどうかという肩書をバラされたわけだが、クラウディアはへこむ様子ではなく、どちらかと言えば冗談みたいに頬を膨らませている。


「えー、エルさんもそういう感じじゃないですか」

「仮にパーティー組むならもう少し加減するし、そもそも私は一人でやってるじゃない」


 女性二人がキャッキャ、いや一人が異様にテンションを上げているだけか、ともかく思いついた疑問を刺しはさむことにする。


「お墨付きの強さなら、エルみたいに一人でも大丈夫なんじゃないか?」

「いやーそれは、そのぉ……」


 クラウディアの目があからさまに泳いでいる。先ほど銭ゲバとか狂戦士とか言われても狼狽えなかったことを考えると、一人では冒険に出れないとかいうやんごとなき理由は、自分でも弱点と思っているという事か。


 それなら、ぜひ聞いてみたい――ここまでさんざ振り回されたのだから、弱みの一つでも握ってやりたい。そう思っているうちに、エルがあきれた表情でクラウディアを指さして口を開いた。


「この子はね、極度の方向音痴なの。だから、一人じゃ街の外に出られないのよ」

「あーやめて! 私の秘密を勝手にばらさないでくださーい!!」


 顔を赤くして手をぶんぶん振っているクラウディアを無視し、俺はエルに確認を取る。


「成程、諸々はケチだからで、やんごとなきは方向音痴、そういうことだな?」

「そういうことね」


 二人で頷き合っていると、緑髪があうぅ、と少しへこんでいるのが見えた。振り回された分、胸がすく気持ちと、流石に意地悪だったかという反省が同時に起こり、ひとまずはフォローでもないが、話をまとめることにする。

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― 新着の感想 ―
前話の伏線回収早いっ! アランの視線に同意するしかないわなw クラウディアもそうだけど、イラスト化が楽しみになりますね(迫真)
[良い点] はむー! [一言] はむー!(๑˃̵ᴗ˂̵)
[一言] やっぱり面白そうだな
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