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6-31:地下工場での晩酌 上

 少女たちが寮に帰って来て、自分が夜間に工場へ招待されていることを聞かされた。ダンと一対一で話すとなると、多少は緊張するが――自分が好かれていないことに加え、相手は自分の正体を認識している可能性が高い。恐らくはレムが自分に手を出さないようにと言ってくれているだろうが、それでも何かしらの危害をくわえてくる可能性は否定できない。


 とはいえ、ある種チャンスでもあるように思う。少女たちが居ない状況なら、色々と話も引き出せるかもしれない。それに危険があったとしても、少女たちを巻き込むこともない。虎穴に入らずんばなんとやら、以前にアガタにそう言われて笑われたことを思い出しつつ、ともかくダンの招待を受けてみることにした。


「……アレ? でも、設備を使えるか聞きに言ったんだよな?」

「うっ……色々と話しているうちに、そのことをダンさんに相談するのを失念しておりまして……」


 自分の質問に対してクラウはなんだか歯切れの悪い返事を返してきた。そうでなしにしても、帰って来てからなんだかそわそわしているような――これはクラウだけでなく、エルもだが――というか、自分が夜に招待されたという話をしただけなら、色々と話してきたというクラウの論証とも矛盾する。


「……おい、大丈夫か? なんかダンに変なことを言われたんじゃないだろうな?」

「そ、そんなことないですよ!? ねぇ、エルさん?」

「えぇ……ちょっと世間話が立て込んだだけよ」


 クラウの狼狽を見ると、何もなかったというのは嘘っぽい。エルはいつものように腕を組んで答えたが、なんとなく緊張した面持ちなような気がする。女好きのオヤジのことだ、彼女たちは何かセクハラじみたことでもされたのかもしれない。それを酋長の権力でもみ消しているとか――それなら、ダンにはガツンと言ってやらねば。


 ともかく、次第に夜になり、一人で工場へと向かった。淡い光を映す湖面を見ながら坂を降りてバスに乗り、夜間の街並みをぼうっと窓から眺めると、等間隔に置かれた街灯や信号、路面に並ぶ建物からの橙色に近い蛍光灯の明かりが眼に入って、なんだかまた懐かしい様な心地がしてくる。


 自分の中の前世の知識としては、すでに蛍光灯やネオンなどほとんどなく、フィラメントの燃えるような明かりなどはあまり馴染みがなかったように思う。それもでこれらをどことなく懐かしいように思うのは、写真や映像の中でそれらを見ていたからからだろう。自分が直接見たことのない光景でも、自分の――正確には自分のオリジナルの――祖先が残した記憶が、自分の体の奥底に染み付いていて、それが郷愁の念を想起させるのかもしれない。


 この世界で目覚めて、何度もそんな光景に出くわしてきた。今までは自然の美しさや街並みの懐かしさから心を打たれていたが、この景色もやはり悪くない。そしてバスを降り、星のない真っ暗な空洞のドームを見つめながら歩いていると、いつの間にか工場に着いていた。


 工場の明かりはほとんど消えており、中に入ってみても昼間のうるささが嘘のように静かだった。どうやら、ドワーフの工場は交代制の二十四時間稼働などではないらしい。そもそもそこまでドワーフ人口も多くなさそうだし、輸出して外貨を稼ごうなどという気もないのだから、昼間の稼働だけで事足りるのだろう。


 何度か足を運んだおかげで見慣れてしまった階段を昇り、二階にある休憩室の扉の前にたどり着く。一応気配を手繰ってみるが、感知出来る息遣いは中に一人分――それこそ、第五世代型アンドロイドとやらが待ち構えていたら呼吸はしないだろうが、中には一人の他に動く気配は感じない。とりあえず、目立った危険はなさそうだ。


「……おい、ダン。来てやったぞ」

「本当に口が悪いな、てめぇはよ……まぁいい、入んな」


 扉を開けて、一瞬隙間から中を覗く――やはり、ダン以外には誰もいないようだ。肝心のダンは、また面白くなさそうな視線をこちらへ向けてきた。


「けっ、まさかオレが、勇者様を闇討ちするとでも疑ってんのか?」

「あぁ、大分嫌われてるみたいだからさ。用心するに越したことはないと思ってな」


 皮肉を返しながら中へと入り、自分も定位置であるダンの真正面にドカっと腰かける。皮肉を返されたのが面白くなかったのだろう、ダンは手をひらひらさせながら大きくため息をつく。


「はぁ……あぁ言えばこうだ。あのな、テメェはオレにお願いする立場なんだぞ? 媚びへつらって土下座の一つでもしたらどうなんだ、え?」

「クラウから聞いたぞ。レムから武器作成の依頼されているのに、お前がボイコットしてるらしいじゃねぇか……そういう意味じゃ、むしろテメェの方が俺に詫びを入れるべきなんじゃないのか?」

「ちっ……」

「……招待したのはダン、お前の方なんだ。俺と何を話す気だったんだ?」

「まぁ、そう急かすな……男と男が腹を割って話すって言えばよ……コレよ」


 ダンはそう言いながら、座っているソファーの足元に手を伸ばす。そして何かを握って、それをドン、と机の上に置いた。それは酒瓶だった。それも、偉く度数の高そうなやつで――改めてみれば、空のグラスが机の上に二つ並べてある。


 以前ワインを飲んで潰れてしまったことを思い出していると、ダンがこちらを見る表情が見る見るうちに楽し気なものに変わってくる。恐らく、自分が引きつったような顔をしてしまっているのが彼にとって愉快だったに違いない。


「……お、お? アラン・スミスさん、まさかお酒が飲めねぇってのかい?」

「あ、あのなぁ……酔っぱらってちゃ、真面目な話し合いなんてできないだろ?」

「かぁー! 分かってねぇな!」


 ダンはまた、自らの目元を右手でパン、と叩いて覆って見せた。


「むしろ、酔っぱらってなきゃ話せねぇことだってあるってもんよ……それに思い返してみろ、オレ達が素面で、どれだけ建設的な話が出来るってんだ?」

「……一理、いや百理あるな」


 今まで素面で対面すれば、憎まれ口を叩き合って話も進まなかったのだ。そう考えれば、何かしらの緩衝材は――それが酒というのは、以前泥酔した記憶がある自分としては本当は勘弁してもらいたいのだが――必要かもしれない。


 そんな風に思っている傍らで、先ほどの自分の意見を肯定と受け取ったのだろう、ダンが身を乗り出してこちらのグラスに琥珀色の液体を注ぎだした。


「ちょ、ちょっと待て! 俺はまだ飲むとは……というか、そんなになみなみと注ぐな!」

「はっ、景気よく行こうぜ……ま、そんな無理に飲ませる気もねぇよ。テメェはちびちびとやればいい」


 そう言いながら、ダンは彼自身の前にあるグラスに琥珀色の液体を注ぎ込んだ。こういう強い酒は、そもそも割って飲むモノなんじゃないか――そんな風に思ったが、ダンはこちらの気持なんかお構いなしに、注ぎ終わったグラスをずい、とこちらに押し出した。


「ほら、テメェもグラスを持ちな」

「……あぁ」

「それじゃ、一時休戦だ……さて、何に乾杯するかな?」

「ふぅ……そうだな。それじゃ、ガングヘイムに」


 ここに来るまで見た光景は、間違いなく自分にとっては感動できるものだった。だから、これは嘘偽りのない音頭になる――ダンは自分の口から出た言葉が意外だったのか、最初こそ驚いた表情をしたが、またすぐに口元をあげてグラスを軽く突き出してきた。


「あぁ、ガングヘイムに……」

「乾杯」


 グラスのぶつかる乾いた音が狭い室内に響き、男二人でグラスの液体を口へと運ぶ。以前の経験から一気に口に含むのは危険と知っていたので、本当に少量だけ液体をあおる――しかし、少量とは思えないほどの刺激が舌を走り、鼻の奥から強烈なアルコール臭が突き抜けてきた。


「……酒くせぇ」

「当然だ、酒なんだから……だが、それが良いんだよ」


 ダンは乾杯で一気にグラスを空け、再び自分でアルコールを注いでいる。


「……で、乾杯したぞ? 改めて、何を……」

「落ち着けよ……大丈夫だ、次第にそういう感じになってくる。それまで、そうだな……お嬢ちゃんたちの話でもするか」

「はぁ、エルたちの?」

「あぁ、そうだ……で、お前さん、誰が好きなんだ?」

「……あぁ?」

「なんでぇしらばっくれやがって。あんなにかわいい子たちを三人も連れてるんだ、色っぽい話の一つでもあるんじゃねぇのか?」

「いや、とくに無いが……」


 そう言いながら、アルコールを口に含む。しかし、ダンの言うことはもっともだ。あんなに可愛い子たちと寝食を共にしているのだから、もう少し色っぽい話の一つでもあってもいいんじゃないか?


 実際、一目見た時から全員可愛いと思ったし、魅力的だと思っている。そして実際の所、彼女らからの好意も自覚がない訳でもない――しかし何故だろうか、親愛の情は大いにあるのだが、自分からは異性愛的な気持ちを彼女たちに抱いていないことに今更ながらに気づいた。


「はぁ……なんだよ、照れてねぇで話したらどうなんだ?」

「いや、違うんだ……そうだな、あの子たちのことは、なんというか……」

「……なんというか?」


 適切な言葉が思い浮かばない――乾いた口にアルコールを含み、彼女たちに抱いている想いを言語化しようと試みる。幸い、ダンは催促しないで、腕を組みながらじっと待っている。


 ちびちびと舐めるようにしているうちに、気が付けばこちらのグラスも半分以上減っていた。


「……妹みたいに思っているのかもしれない」


 それは、あまり考えないで出た一言だった。とはいえ、口にした後に妙にしっくりときたのも確かだ。それぞれ性格も出自も違うが、優しくて強く、同時に脆さを抱えている三人の少女たち。自分はあの子たちを――。


「俺はあの子たちを守ってあげたいと思っているのかも……」

「けっ、今日日流行らねぇぜ、そういうの……守ってあげるなんて上から目線はよ。それとも何か、テメェは自分のことはご立派にやってて、他人に気を使えるほど余裕があるっていうのか、え?」

「……違いない」


 全くダンの言う通りで、反論の余地すらなかった。半分は居心地も悪いが、半分は心地が良い。自分の未熟さを指摘されるのはバツも悪いが、この世界であまりこういう風に注意してくれる人も居なかったせいかもしれない。


 気が付けば、なみなみと注がれていたはずのグラスはいつの間にか空いていた。それを見て、ダンは無言で注いでくる――しかし、言われっぱなしは癪に障る。少し言い返してやらなくては。


「……あのな、今日あの子たち、帰って来てからよそよそしいんだ。テメェがセクハラまがいのことでも言ったんじゃないのか?」

「いや、そんな記憶はないが」

「本当か? 怪しいな……テメェみたいなスケベなジジイは、思考が硬直化してて、客観的に自分を見れなくなってる可能性があるからな」

「けっ……まぁ、否定はしないけれどよ……」


 ダンはダンで憎まれ口は変わらないが、いつもと比べると態度も口調も柔らかい。なるほど、これが緩衝材の力か――そんな風に思いつつも酌は続く。


 その後、ちょっとした雑談が続いた――ように思う。口寂しさを紛らわすために含んでいたアルコールが回ってきたのか、段々と思考が回らなくなってきているせいか、あまり会話の内容が頭に入ってこなくなっていた。

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