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6-30:十代目勇者に対する疑念 下

「ちょっと待ってください……アランさんは、異世界から女神レムが転生させてきたと聞いています。それに対して、ヴァルカン神が古の神々と戦ったのは遥か昔のことなはずです。そうなれば、仮にアランさんが古の神々の何者かであったとしても、時間的な断絶があるはずです」

「そ、そうですよ! それに、そもそもレムからしてみたら、敵対者を復活させる意味もないじゃないですか!?」


 ソフィアと比べると、クラウは大分慌てた様子だった。それもそうだろう、彼女からしてみるとアランが古の神々と関係があるのは、信じる神々との敵対を示すのだから――もちろん、そもそも二人が疑問にしたことがもっともで、似ているとしても彼が古の神々と無関係という方が真っ当なのだが。


 だが、恐らく自分たちがダンの言葉を単純に流すことが出来なかったのは、彼があまりにも異様な存在だったからだろう。記憶を失っているというのは嘘ではないと思うし、彼を悪い人だとは思っているわけではないが――同時にあの異常な能力と戦闘のセンスは、清廉な勇者というより野生の獣だ。


 それを本能的に扱うことが出来る背景には何か尋常でないものがあるのを察していたからこそ、ダンの言うことが荒唐無稽であっても、どこかそれが真実であるように思われてしまったのだ。


「……お前さんたちの言う通り。だから、アイツとはここで初めて会った。言っただろう? 似てるってだけで、本人とは言ってねぇ……ただ、似てるから気に食わねぇ、それだけよ」

「ちなみに、古の神々のうち、どれに似ているっていうの?」


 もちろん、自分は神話について詳しい訳でもないし、そもそも教典には古の神々の名は原則として刻まれていない。そうなれば、名前を聞いたところで分かるはずがない。自分としては、どんな神に似ていたのか、それが気になって聞いただけだったのだが――ダンは自分たちを覗き込むようにこちらを見上げ、ゆっくりと口を開く。


「……邪神ティグリス、だ」


 まさか、唯一知っている神の名前が出てくるとは。同時に、ある意味では最も聞きたくなかった名前かもしれない。さすがのことに、ソフィアもクラウも言葉を失っているようだが――ダンは驚く自分たちを見て「ふっ」と噴き出して後、すぐに大きな声で笑い出した。


「ははは! 冗談だ冗談!」

「ちょっと……どこからどこまで冗談なのよ」

「さぁ? どうだろうな? ともかく、オレがアイツのことが気に食わねぇのと、腹を割って話す気があるのは本当さ。だから、さっき言った通り、今日の夜にいつもの工場に来るようにアイツに言っておいてくれ」

「はぁ……まぁ、分かったわ。彼にはそう伝えておくわね」

「あぁ、頼んだ……それじゃ……」


 ダンは手を振りそうになる前に、何かを思い出したのだろう、上げたまま手をそのまま握って、人差し指だけピンとたてた。


「あぁそうだ、ソフィアのお嬢ちゃん。グロリアスケインの修理は完了したぜ。まぁ、お渡しは宝剣と一緒にするつもりだが、オレの家に完成品はあるから……そうだな、帰りにアイツに持たせることにしよう」

「わぁ、本当ですか? ありがとうございます!」


 そこまで話して自分たちは工場を後にした。帰り道でも先ほどのショックが自分の中に残っており――アランが邪神ティグリスに似ているということ――少し周りの意見も聞きたくなった。


「……さっきの話、どう思う?」

「どう思うも何も、アラン君が古の神に似てるなんて、ある訳ないじゃないですか……」


 そう真っ先に言ったのはクラウだ。しかし、その尖った唇から出る言葉には力もないし、歯切れも悪い。どちらかと言えば、自分にそう言い聞かせている、という雰囲気だった。きっと、彼女も自分と同じだ――あり得ない、そう思っても、ダンの言うことにどこか信憑性があるような何かがアラン・スミスにある、そういうことなのだろう。


 そして今度はソフィアが自分の隣に並び、こちらを見上げてきていた。ソフィアの顔には悩みも不安も見受けられない。


「そうかなぁ? 似てるだけならありうるんじゃないかな?」

「ま、まぁそれは確かにそうですけれど……でも、古の神々と、邪神ティグリスとは無関係ですって!」


 ソフィアの言うことを、クラウが傍から否定した。


「それに、ソフィアちゃんが言ったんですよ? 時間的にあり得ないって」

「うん、そうだね……だから、私もアランさんが邪神ティグリスだとは思ってないよ! でも、性格が似ていることだけは、別におかしくはない……だから私としては、アランさんの性格が古の神々のうちの誰かに、もしかすると邪神ティグリスに似ていたのかもしれないけれど、それだけ。アランさんと古の神々とは無関係……そう思うかな」

「うっ……まぁ、なんか凄くそれっぽい意見……」


 実際、ソフィアの言うことはそれなりに理にかなっているように思う。そして、理性的なソフィアはそれで自分を納得させられるのだ。対して自分とクラウがそれでも落ち着けないのは、やはり大切な仲間が――想い人が――神々最大の仇敵に性格が似ているというのが、今まで信じてきた神々との対立を連想させるので、気持ちの上で納得しきらないからだろうか。


 端的に言えば、性格的に似ているというのすら嘘であって欲しいのがクラウの本音だろう。しかし、自分はどうか――先ほどから胸がざわついているのは確か。だけど、それが嫌悪というのはまた違うような気がする。


 ともかく、こうなってしまえばむしろ本人に真相を聞いてみたい。とはいえ、聞いたところで徒労だろう。何せ――。


「……まぁ、本人に聞いたところで分からないでしょうしね。記憶喪失っていうのは嘘じゃないでしょうし」

「そ、そうですよね、うん、そう……あぁぁあああ!?」


 自分の言葉に頷いていたクラウが、唐突に両手で頭を抑えながら絶叫を始めた。


「ちょっと、どうしたのよ……素っ頓狂な声をあげて」

「そもそも、ダンさんの所には設備の許可を取りに行ったのに、それがうやむやのまま終わってしまいました!」

「そういえばそうだったわね……まぁいいんじゃない? アランが上手くダンを口説ければいいんだろうし」

「それも、そうなんですけど……うぅん、ちょっと複雑です……」


 クラウとしては、自分の作った武器をアランに使ってほしかったのかもしれない。同時に、ダンに自分のアイディアを否定されたのが幾分か堪えていたのかも――ともかく、今更戻って許可を取りに行くのもバツが悪いということで、今日の所は寮に引き返すことに決まったのだった。

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