6-28:継承の儀式について 下
「シモン、さっきのは無しだ……あとでこの緑のアレにはきつく言っておく。なのでワンモアチャンス、プリーズ」
クラウを指しながら――シモンにも見えていないので我ながら全く無駄な行為なのだが――そう言うと、なんやかんやでシモンは扉をもう一度開けてくれた。案外律儀な奴だ。
「……どうせこの場の思い付きで何とかする気なんだろうけど……なんだい?」
「あぁ、そうだな、いやそうじゃない、ちなみにそうじゃないというのはその場の思い付きで何とかする気なんだろうという疑問に対してだ。えーっと……」
無駄に言葉を重ねながら、なんとかシモンを誘い出す文句を考えることにする。
「はぁ……いいよ。どうせ親父に言われてここに来たんだろう?」
「はぁ? 何のことだ?」
「僕に親父に会うように、説得しに来たんじゃないのかい? 親父に言いつけられてさ」
シモンは若干勘違いをしているが、実際の所の要件はそれに近い。ここまで彼自身が察しているのなら、どうせ取り繕ったところで無駄だろう――そう思い、本題を切り込むことにする。
「ダンに言われた訳じゃないが、まぁ概ねその件で来たのは間違いない」
「ふぅ……悪いけど、帰ってくれ」
シモンはそう言いながら、再び扉を閉じてしまった。とはいえ、一応扉の前には居てくれているらしい気配を感じるので、気にせず話を続けることにする。
「別に、俺たちはダンに会えって言いに来たわけじゃない……ただ、どうして親父さんを避けているのか、事情を聞きに来ただけだ」
「……親父から何も聞いていないのかい?」
「あぁ、聞いてない。お前さんとダンの態度から、お互いに気まずそうだから、事情を知りたいと思って聞きに来ただけだ」
本当は仲直りさせることまで考えていたのだが、そもそも気まずい事情も分からないのだし、自分が言ったこともあながち嘘でもないはずだ。
「それなら、親父に聞けばいいさ……」
「ところがなぁ、俺が嫌われちまっているらしくてな。多分、ダンに聞いても教えてくれないだろう」
「はぁ? アランの旦那、親父に何か言ったのかい?」
「そうだな、クソジジイとか言ってしまったような気がしないでもないような気が……」
冷静に考えれば、自分が前世でDAPAとやらと敵対してたというのを差し引いても、割と好かれることはしていないのを思い出す。いや、元々向こうの態度が悪かったのだ、自分のせいではない――と思いたい。
「いや、違うんだ。向こうが最初っから喧嘩腰だったんだよ、うん」
「はは、まぁ親父はそういう奴さ……言っただろう、偏屈だって」
自分の言い訳が面白かったのか、シモンの緊張が少しほぐれたようだ。扉こそ開かなかったが、シモンは扉を背にその場に座ったようだ。
「僕が親父を避けている理由、話すよ。ただ、悪いけどこのままで話させてくれ……人の顔を見ながら話をするような気分じゃないんだ」
「……あぁ、それでいい。事情を聞かせてくれ」
「僕が親父を避けるのはね……親父、ダン・ヒュペリオンが僕の体を狙ってるからだ」
「は、はぁ?」
「おっと、変な意味じゃない……だけど、文字通りの意味なんだ。キチンと事情を言えば、ドワーフには継承の儀式というものがあるのさ」
そこでシモンは一旦言葉を切り、しばらく黙ってしまう――継承の儀式とは何か知っているか、周囲を確認し少女達を見たが、みな一様に首を横に振った。
「継承の儀式というのは、表向きにはヴァルカン神の加護を次の世代に継承するというものなんだけど……実態はそうじゃない。要するに、ドワーフの酋長の意識を、血縁者に継承するものなんだよ」
シモンの言うことはイマイチぴんと来ない――そう思っていると、自分のすぐ隣、扉の前にソフィアが並ぶ。
「……つまり、シモンさん、継承の儀式を行うと、アナタの肉体がダンさんに乗っ取られるということですか?」
「あぁ、そういうことさ」
シモンの肯定により、やっと事態は吞み込めた。同時に、シモンは自分の体は大事に思われているが、自分自身のことはどうでもいいと言っていた理由も――体が他人に乗っ取られるとなれば、それは端的に言えばおぞましいと思う。
そんなことを思っているうちに、今度は自分たちの後ろにいるエルが一歩前へ出た。
「……その時、もし継承の儀式を行ったとして……アナタの人格はどうなるの……?」
「分からない……ただ、継承の儀式を終えた者は、人が変わったようになると……元々の酋長の性格そのものの人物になると聞く。元々の人格が消えるかは分からないけれど、体の主導権は無くなってしまうのは、恐らく間違いない。
だから、僕は逃げてたのさ。老いていく親父を見るのが耐えられなくなって。親父が老いて体を動かすのが困難になれば、継承の儀式が行われる……その未来が近づいてくるのを直視できなくて、自分の体が自分の物でなくなるのが怖くて、それで……」
「それで、人里で暮らしてたのか……だが、お前さんは戻ってきた。それは、俺たちをここに案内するのがきっかけだったかもしれないが……ここに戻ってくるのが嫌なら、案内役を断ることもできたんじゃないか?」
「そうだね……でも、断ったところであまり意味もないさ。もう親父の寿命に後が無くなれば、縛ってでも連れ戻されるだけだからね。それに、外の世界にも居場所を見つけられなかった。それで世界の窮地となれば、最低限の協力はしようと思って案内役は買って出たけど……でも、やっぱり親父に会うのは怖くてさ」
要するに、彼が自分たちを案内してくれたのは消極的な理由で、ある種の諦念だったのかもしれない。どうせいつかは自分の体が奪われてしまうのなら、まだ戻ってくる理由がある時が良かったと。
そして同時に、彼が未だ踏ん切りが着かないのも分かる。別に目先でダンが体をよこせと言ってくるかは分からないし、それはまだ当分先かもしれないけれど――しかし、脳裏に今まで見たダンを思い浮かべると、体の調子は悪そうだった。そうなれば、遠からぬ未来に、継承の儀式をすると――体を差し出せと言われるかもしれない。それに納得がいかないのも、恐怖するのも致し方無いことだとも思う。
「……親父、今朝ここに来たんだ。扉の前で、相変わらず馬鹿だのなんだのと罵ってきたけれど……声に以前の活力はなかった。君たちから見て親父はどうだった? まだまだ元気そうにしていたかい?」
シモンの方からきた質問に少々びくりとしてしまう。今しがた、ダンの調子が悪そうと思ったばかりだから――しかし、変に不安にさせることもないはずだ、嘘でない範囲で取り繕うことにしよう。
「……そうだな、ちょっと腰を悪そうにしているが……まだピンピンしてるぜ。なにせ現場に立ってまだまだ仕事をしているくらいなんだからな」
「そうかい……まぁ、仮に元気なさそうでも、今の僕に対してはそう言わざるを得ないだろうけれど」
シモンはアンニュイな奴だが、こういうところは妙に察しが良い――少しだが、シンイチに似ているのかもしれない。頭が回って色々と気付きたくないことも気付くから、厭世的になってしまうのだろう。
「……苦手ではあるんだけどさ、半分は親父のことを尊敬しているんだ。口は悪いけど技術は確かだし、根っこの部分は悪い人じゃない……でも、それとこれとは話は別だろう?
いくら尊敬する人相手だって、自分の体をおいそれと差し出せる勇気は、僕にはないよ……ともかく、そんな訳だからさ。ちょっと外に出る元気はないかな。正確には、親父に会う元気は、だけど」
物理的に言えば扉を破壊して無理くり連れ出すのも不可能ではないが、それは当然自分もシモンも――恐らくダンも望まないだろう。それを望むくらいなら、すでにダンがこの扉を開けてシモンを連れ出しているだろうから。
この作戦の立案者であるクラウを見ても、目を伏せて意気消沈しているようだった。彼女も自分の内にもう一つの人格があるが故、思うところもあるのかもしれない。クラウはティアと上手く共存しているし、むしろクラウという人格の方が表に出ている。だが、もし自分が完全にティアに乗っ取られて、自由が無くなるとしたら――そんなことを思えば、シモンを外に連れ出す気力も失せてしまったのだろうと推察できる。
「……すいません、シモンさん。事情も知らずに押しかけてしまって……」
「いや、良いんだクラウディアさん。役に立たなくてすまないね」
「あの、それで、これも不躾なのは承知なんですけど……どこか私でも利用できる設備は無いですかね? 船上で相談していた武器を、自分で作ろうと思ってるんですが……」
なるほど、それが次善策か。クラウはシモンの所に来る前に、何個か案があると言っていた。ダンからの信頼を勝ちえない時には、自作しようと考えてくれていた訳だ。
「残念ながら。この街の設備を新たに使うには、親父の許可が必要だよ」
「そうですか……それじゃあ、私が許可を取ってきます。それで許可が出たら、出来ればシモンさんにもお手伝いをお願いしたいのですが……もちろん、ダンさんに会ってもらうことは無いようにします」
「ふぅ……分かった。ただ、明日以降にしてくれ。その時気分が悪くなかったら協力するよ。それで、許可がとれたら来てみてくれ。そもそも、取れないかもしれないしね」
「分かりました……それでは、お邪魔しました」
クラウのその言葉を最後に、自分たちはシモンのアパートを後にした。なんとなくずっと気配は手繰っていたが、自分が感知できなくなるまで、シモンはずっと扉の近くから動くことはなかった。




