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6-26:勇者に授ける武器 下

「オレは……オレはまだ、テメェを認めた訳じゃねぇんだ、アラン・スミス……テメェが七柱の創造神のために戦うとは、オレは信じられねぇんだからな」


 アラン・スミスのことを信じているわけではない――絞り出すような老人の言葉に、自分はハッとした。今まで調子の良い老人なので忘れていたが、ダンには鍛冶の神の――確かヴァルカン神と言ったか――声が聞こえているとするのなら、自分が原初の虎であるということを知っているのかもしれないのだ。


 そうなれば、元々七柱が所属していた組織、DAPAと敵対していた自分を信じられないのは仕方がないし――もっと言えば、ダンはある意味ではこちらの真意に気付いているのかもしれない。自分はあくまでもシンイチの弔いのために勇者という立場を継承したのであり、最終的に七柱と敵対する可能性もあると考えているということを。


 だからこそ、自分は黙るしかなかった。実際、自分はDAPAとやらと敵対していた時の記憶など無いのだが、確かに向こうとしては敵対するかもしれない相手に強力な武器を与えられないのも頷ける。


 もちろん、敵の敵は味方理論で、ひとまずゲンブたちと敵対しているのだから協力してくれても良いとは思うが――ダンからすれば、ヘカトグラムとグロリアスケインの修復で十分と言ったところなのだろう。


 そんな自分の思考をよそに、ソフィアとエルが椅子から身を乗り出し、老ドワーフに詰め寄った。


「そんな……むしろアランさんは、勇者としての使命を受ける前から、レムリアの民のために尽力してくれていました」

「そうね。アランはいい加減だけど、正義感だけは人一倍あるわ。それは私たちが保証を……」

「だぁーうるせぇうるせぇ!!」


 詰め寄る二人に対し、ダンは立ち上がりながら大声を出した。そして、まずエルの方を睨んで指を指す。


「ヘカトグラムは直す!!」


 次いでソフィアの方に向き直って、今度は少女を指した。


「グロリアスケインも直す!! オレの仕事はそれで十分だ!!」


 自分の思った通り、できるのは少女たちの武器の修復までか――老人の怒声に、詰め寄っていた二人は呆気にとられている。水を打ったかのように静まり返ったせいか、ダンはハッとした表情をして、また目元を右手で抑えながら椅子に勢いよく腰を落とした。


「はぁ……悪かったな、お嬢さんたち。ともかく、仕事はするさ……仕上がったら寮に使いを出すから、それまでノンビリ、ドワーフの街を観光でもしててくれ」

「で、でも……」

「いや、いいんだソフィア。ひとまず、今日の所は退散しよう」


 なんとか願い出ようとするソフィアを手で制止し、先ほど大声を出した余韻がまだ残っているのだろう、肩で息をする老人の方へと向き直る。


「ダン、アンタが言ったことだ……二人の武器は、キチンとやってくれよ?」

「あぁ、言われなくともな……さ、行った行った。お前さんたちがいると、仕事に集中できやしねぇ」


 ダンは手の動きに合わせてしっしっ、と言いながら、自分たちが出ていくように施した。少女たちはあまり納得いっていないようだったが、自分が先導して部屋を出ていくとその後を着いて来てくれた。


「……アラン、良いの?」


 工場の外に出ると、真っ先にエルが隣に並んで声を掛けてきた。


「はは……まぁ、信用されてないんじゃ仕方ねぇやな」

「そうは言うけど、ダンのアレ、ハッキリ言って癇癪を起こしてるみたいだったわ。それでアナタは納得するの?」

「頑固なジジイなんかあんなもんだろ。納得する仕事しかしたくないのさ、あのとっつぁんはよ」


 実際には、彼女たちが思う以上に自分とダンの間に溝がある、というのが正しいのだが――自分があっさりと引き下がったのが納得いかないのか、エルとソフィアは困ったような顔を浮かべている。


 それに対し、クラウは比較的あっけらかんとした調子で、新たに自分の横に並びながらこちらを覗き込んできた。


「アラン君、ドワーフ製の武器は欲しくないんですか?」

「いや、欲しいっちゃ欲しいぞ。タダでもらえるものはなんでももらうが信条だからな」

「ほうほう……それじゃあこのクラウさんに任せてみませんか? 何個か良い作戦があるんです」


 クラウはくるりと回りながら自分たちの前に出て、自身の顔を両の人差し指で指しながらにっこりと微笑んだ。


 ◆


 アランたちが出て行き、気配が遠ざかってから、改めてソファーに深く座りなおす。だが、すぐに痛みが腰から出てきたせいで耐えられずに前かがみになり、右手で患部をさする――先ほど勢いよく立ち上がったせいでやってしまったのだろう。


『……ヴァルカン、話が違うではありませんか?』


 腰をさすっているうちに、脳内にレムの声が響き渡る。ドワーフの脳にも内蔵されている有機チップは、この星のバイオコンピューターオペレーションシステム、レムに直結している。それ故にレムは人類の思考を解析できるし――自分は権限的に思考傍聴は遮断も可能だが――会話も可能だ。


『ふぅ……そうは言ってもな、理屈じゃねぇんだ。アイツとオレは、一万年前にバチクソにやり合った仲だからな……まぁ、オレは後方で、自分の作ったもんをぶっ壊されているのを見てただけだが』


 そう言葉にした瞬間、当時の感情がふつふつと湧き上がってくる――自分が丹精込めて作った諸々の機械をあざ笑うかのように突破し、破壊していく原初の虎という存在――思い出しただけでむかっ腹が立ってくる。


 しかし同時に、怒り以外の感情も間違いなく併存しているのだ。それを一言で言い表すのは難しいが、敢えて表現するなら――。


『……恐怖、ですか?』


 レムが自分の思考を先読みしてくるが、それがおかしくて、つい口元から笑みがこぼれてしまう。


『アイツが怖いだ? バカを言っちゃいけねぇ……それなら、オレは一万年前にDAPAから逃げ出していたよ。まぁ、丸きり恐怖感が無いと言えば嘘になるが……』

『……それでは?』

『まぁ、そうだな……一言で言えば、アイツはオレの宿敵……いや、超えなきゃいけねぇ壁なんだ』


 こちらは一万年の時を生きたのに対し、向こうは記憶のない状態で蘇ったのだから、せいぜいその感性は二十歳前後。そのうえ自分のことを覚えてなどいないことを加味すれば、ジジイが勝手な因縁を押し付けていると言われればそれまで――しかし、この一万年間、ふとした時には常に自分は虎と戦っていたのだ。


 もし奴がもう一度蘇って自分と敵対したのなら、虎とどう戦うべきか。どんな武器があれば超えられるのか、ずっとそんなことを考え続けていた。残っている映像資料を何万回、いや何百万回と見直し、それを元に奴ならどう動くか考え続け――そして何度戦っても、常に奴は自分の上を行く。


 原初の虎という存在は、自分にとっては理屈ではない。それをレムは理解していないのだ。


『……そんな相手によ、簡単に塩を送るのは、オレには出来ねぇんだ』

『ふぅ……まぁ、まだ時間もあります。その間に、どうかアナタが思い直してくれると良いのですが』

『いいや、答えは変わらねぇよ』

『本当ですか? もちろん、彼を見るアナタの敵愾心を気付いてなかったわけではありませんが……実際に話してみて、思った以上に好印象でもあったんじゃないですか?』

『……そうだな、それは否定しねぇ』


 一万年前、虎と通信で何度か話したことはある。だが、それは敵対している上での会話で――フラットな状態で見てみると、奴だってどこにでもいるような、親しみやすいただの青年なのだとも思った。


 結局、立場の問題なのかもしれない。元々は互いに敵対組織に所属していただけで、性根の部分では相容れない訳でもないのだろう。出会い方も違えば、もっと違った関係になっていたかもしれないのも間違いない。


『……ともかく、そろそろお仕事の時間だ。オレには宝剣を直す仕事があるんだ。おめぇさんに覗かれてちゃ集中も出来ねぇからな』

『あ、ちょ……』


 通信を一方的に切り、同時にレムのリーディングを遮断した。ここからは、レムに心の内を読まれたくない――自分と向き合う時間だ。


「オレは一万年間、お前と戦ってきたんだ……」


 再び手で眼を抑えて、誰にも聞こえないようにぽつりと呟く。一万年戦い続けてきた、それは自分は誰よりも原初の虎を知っているということを意味する。


 そして、ゆっくりと休憩室の裏手を見る。そこには、一つの扉があり――自分が最近、この工場に籠っていた理由はこれだ。原初の虎がこのガングヘイムに来る、そのために自分が出来ることは、していたことは――。

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