6-25:勇者に授ける武器 上
ウフル山の火口から下山し、ドワーフの街に戻ったころには夜も更けていた。そのため、ダンに会いに行くのは翌日ということになった。
次の日の朝、遅起きのレイブンソードを早めに起こしてダンの邸宅に向かったのだが、家政婦曰くすでにダンは工場へと向かっているとのこと。夜まで待つには時間がありすぎるので、こちらから工場を訪問することにした。
坂を降りて路面電車に乗って――乗るときの作法に若干ビビりながらも、そもそも乗車料金はなく、好きな場所で乗って好きな場所で降りられるので作法もなにもなかったのだが――工場地帯の近くで降り、先日の記憶を頼りに工場へと向かう。
だが、工場に着いてもダンはいなかった。先に働きに出ていたドワーフが言うには、まだダンは工場には到着していないとのことらしい。こちらには途中歩きの時間もあったし、路面電車はそんなに速度も出ていなかったことを鑑みれば、自分たちが先につく可能性は低そうだが。
「……まさか、交通事故にでもあったんじゃないか、あのジジイ」
とはいえ、あんなに空いていて広い道で事故を起こすこともなさそうだが――そう思いながらしばらく待っていると、ダンが休憩室に入ってきた。
「おぅ、重役出勤だなジジイ」
「テメェ……重役出勤も何も、文字通りオレは重役なんだよ。たく、口の減らねぇガキが」
「事故ったんじゃねぇかって心配してやったのによ……それで、俺たちの方が後から出たのに、なんでこんな遅くなったんだ?」
「ちぃっと野暮用でな……」
ダンは自分と会話しながら荷物を預け、最後には乱暴にロッカーの扉を閉めた。そしてずんずんと歩き出し、先日と同じ場所に座った。
「話は聞いている。レッドダイヤを回収できたんだってな?」
「あぁ、なんとかな……ほれ、コイツだ」
懐から回収した巨大な赤い宝石を取り出し、ゆっくりと慎重にそれを机の上に置く。宝石だから投げても傷などつかないと分かっていても、昨日クラウと「これを売ったら一生遊んで暮らせるのでは?」みたいなくだらない話をしていたせいで、少々扱いにビビってしまったのはここだけの話だ。
ともかく、ダンは赤い宝石をひょいっと持ち上げ、昨日と同様に胸ポケットからルーペを取り出し、しばらく蛍光灯の明かりの下でそれを眺めていた。
「……うん、間違いない。コイツはレッドダイヤだ。不死鳥退治は苦労したんじゃねぇか?」
「…………あぁ、滅茶苦茶大変だったぞ」
「なんでぇ、妙な間があったな?」
苦労したのは間違いないのだが、自分は登山中も不死鳥討伐にもほとんど貢献していない。やったことと言えば、上から落下してくるソフィアを受け止めたくらいだ。とはいえ、ダンにそれを素直に言うのはなんだか憚られて少し返答が遅れた。
「あはは、ダンさん。アラン君はほとんど何もしてないですから」
「おま、クラウ!」
クラウが笑いながら自分の方を指さしているのに対し、ダンはぽかんとした顔でしばらくこちらを見つめ――先日、大型の相手は苦手と言った時と同様、嬉しそうに目尻を釣り上げた。
「なんでぇ、十人目の勇者のくせに何もしてなかったのか?」
「い、いや、火口でそいつを回収したのは俺だぞ? それはもう、緊張と感動の大スペクタクルでな……」
「それで、回収して戻ってくる間にフェニックスに襲われて、アナタは必死に崖を昇ってたのよね?」
「ぐぅ……」
エルに退路を塞がれ、ぐうの音も出ない気持ちになる。いやぐうの音は出たのだが――そんな自分の調子がおかしかったのか、ダンは眼を右手で抑えて大きな声で笑い出した。
「がっはっはっは! まぁいいじゃねぇか……頼りになるお供に恵まれたってことでよ!!」
手で抑えるなら眼じゃなくて口を抑えろよ――髭の間の口からまた唾が飛んでくるせいで、思わず心の中で突っ込んでしまう。ひとしきり笑った後、老ドワーフが手を下ろすと、そこには打って変わってどこかしんみりした表情が浮かんでいた。
「……それにまぁ、冷静に考えりゃ、勇者様の武装じゃ空飛ぶ不死鳥相手には厳しいからな」
ダンはそう言いながらレッドダイヤを懐にしまい、改めて自分たちの方を見回す。
「ともかく、これで宝剣ヘカトグラムの修理は出来る。ご苦労さんだったな、お嬢ちゃんたち」
「お、おじょ……いや、俺は?」
「テメェは何もしてなかったんだろ?」
皮肉気に吊り上がる瞳で一瞥され、ダンはすぐにエルやクラウの方へと視線を戻す。
「いやでも、マグマの付近まで回収しに行くのも、すごく危険な作業だったと思うんだ、俺……」
「うんうん、そうだよね。アランさんもお疲れ様だよ! えらいえらい」
しょぼくれている自分に対し、ソフィアがすすっと寄ってきて背伸びしつつ頭を撫でてくれ、そしてまたすすっと離れていった。恐らく離れたのは、ダンからの飛び道具を避けるためだろう――我らが准将殿は、意外とこういうところはちゃっかりしているのだ。
「……しかし、宝剣の修理にグロリアスケインの修理、それにもう一つ作らなきゃならねぇから……お前さんたちにはしばらくこの街に滞在してもらうことになるだろうな」
声に顔を上げると、ダンは指を折りながら何かを数えているようだった。
「……うん? もう一つ、何か作成する物があるのか?」
「うっ、それは……クソっ、口に出ちまってたか……」
ダンは右手で頭の後ろを乱雑に掻く。
「……そう言えば、ドワーフは魔王討伐に際して、勇者に聖剣を与えるものよね?」
「おぉ! それならまさか、アラン君に聖剣をお与え下さるのですか!?」
エルは何の気なしに呟いた様子だったが、それに乗じてクラウが食い気味にダンに詰め寄っている。それに対し、ダンは「違う違う!」と乱暴に頭を横に振った。
「アラン・スミスのことはレムから聞いている……曰く、聖剣を使うような勇者じゃないってな。そうじゃなしにしても、勇者シンイチが魔王征伐の際に聖剣を捨ててきちまったから……どの道渡すことは出来ねぇよ」
「えっと……それじゃあ、ダンさんはもう一つ、何を作る予定なんですか?」
首を傾げるソフィアに対し、ダンは少々狼狽した様子を見せ、少し間があってから首を振る。
「いいや、さっきのは言い間違いだ。お前さんたちと関係ないもんだったんだ。それに、勇者に武器を授与するにはだな、調停者の宝珠をレア神から授かってこなけりゃ……」
「なんだ、それなら持っているぞ?」
「かーっ!! そんなん駄目だ! それはテメェが前代勇者から譲り受けたもんだろう!? もっとこう、通過儀礼的に、レア神に認められてこねぇとダメなんだよ!!」
「でも、今回は古の神々の征伐です……例外的に対応していただいて、アランさんに何か強力な武器を授けてくださってもいいのでは……?」
ソフィアの言葉に、ダンは「うっ」と声を漏らす。少女の言うことは至極正論だし――そもそも今回はルーナ神の信託として直々にこちらに直で来たのだから、もしレア神に認められてからでないと武器を授けられないというのなら、そっちから行けば良かったとなってしまう。
少女たちに問い詰められ、ダンは組んだ手の甲に額を当てて俯き、しばらく押し黙り――ふと、顔を上げて自分の方へと視線を向けてくると、そこには仇敵を見るかのような鋭い目線があった。




