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6-22:火口に輝く赤き宝石 下

 頂上にたどり着いて背後を見ると、南大陸の壮大な山稜が見渡せる。雲が下に見えるほどの高所で、日の光を浴びて雲海が輝いて見える――一方で、火口の中は地獄のような様相だ。地獄の窯の様にポッカリと空いた穴の下には、ぐつぐつと煮えたぎる溶岩が蠢いている――まだ距離があるおかげか文字通りの燃えるほどの暑さではないものの、顔を皮膚を熱気がピリピリとあぶってくる感じがする。


「……アラン、大物の気配は?」

「俺のレーダー内には無いな」

「れー……? まぁ、ともかく、今はどこか別の所にいるのかしらね」


 火口に着いた瞬間に戦闘になるかと思っていたから拍子抜けをしてしまったものの、不要な戦闘を避けられるならそれに越したことはない。そう思いながら、火口の中を改めて注視してみる。ダンが言うには、溶岩の近くに赤く光るダイヤがあるとのことだが――。


「……アレか」

「え、えぇっと……どれですか?」


 隣に並んだクラウのために、宝石のありかを指さす。溶岩のやや上の部分の岩盤に埋まっているそれは、この距離から目視するにはかなり小さくはあるのだが、真昼でもなお反射する煌めきを見せるので、クラウの方でも目視できたようだ。


「どうしましょう、結界が使えますし、私が取りに行くのが良いですかね?」


 そうクラウに提案される。実際、熱から身を護るにも、飛んだり跳ねたりするにも、クラウが一番適切とも言えるかもしれない。しかし、少し考えてから自分は首を横に振った。


「いや、俺が行ってくるよ。不死鳥を倒せる火力があるソフィアの援護に一番適しているのはクラウだ。クラウが火口に降りている時に魔獣が戻ってきたとして、空飛ぶ相手にはADAMsも通用しないし、一番戦力的に役に立たないのは俺だからな」


 実のところ、女の子をマグマの近くに行かせるのも気持ち的にはばかられるのが自分の中では一番の理由だったりする。もちろん、それは言ったところで納得してもらえる訳でもないだろうから口には出さないでおくのだが。


「でも逆に、魔獣が接近して来るのを判断するのが遅れるかも……」

「いや、これだけ見晴らしが良いんだ。大型の魔獣で、それこそ火を纏っているような奴が相手なら、三人で別方向を見てればすぐに気付けると思うぞ」

「ふむぅ、それは確かにそうですね……」

「それで、行きかけの駄賃代わりに、短剣に結界を仕込んでおいてくれると助かる」


 そう言いながら腰から短剣を三本抜き、刃を持って柄をクラウの方へと差し出す。下りはゆっくり行けばいいが、戻ってくるときに跳躍できるとありがたい。クラウは「了解です」と言って短剣の柄を握り、一本一本に結界を仕込んでくれる。そしてそれらの三本を返してもらうて後、最後の仕上げだろう、クラウは差し出した手をそのままにし――自分の体が薄い光の膜に覆われた。


「じゃ、ちょっくら行ってくる」

「うん……無理しないでね」

「頼んだわよ、アラン」


 そう言いながら少女たちに向かって手を振ると、ソフィアは心配そうにこちらを見つめており、エルは微笑を浮かべながら頷き返してくれた。


 命綱をベルトに巻き付け、壁を蹴りつけながら徐々に下へと降っていく。降っていくほど熱さが増していき、徐々に燃え盛るマグマも近づいてくる――綱の長さが最下部への高さに足りないが、最初ほど傾斜がきつく後は比較的緩やかなので足で移動は可能だ。


 そして、綱を身体から離して歩みを進めていく中であることに気づく。


(……息したら肺を火傷するな)


 体は結界に護られているものの、溶岩が近くなるに従って、空気の温度も上昇しているのだ。こうなれば、宝石の入手までは一呼吸で一気に行くしかないだろう――宝石までの距離はすでに数十メートルほど、足場の悪さを考えれば容易な距離でもないが、小走りに進んで往復できない距離でもない。


 数歩下がってまだ吸える空気を肺一杯に吸い込み、呼吸を止めて前進を始める。進むほどに地獄の窯が近づいて、荒れた海の潮のように跳ねる溶岩が波打っているのが間近に迫ってくる――レッドダイヤがあるのは穴の少し下で、あんなところにロープを張っても燃えてしまうし、なにより呼吸が持たない。


 それならばと、結界を仕込んだ短剣を取り出し、それを宝石のやや下方へと投擲する。崖の切れ目に突き刺さってくれたそれを目指して、自分の体を崖から滑るように移動させ――。


『……助言はいるか?』

『良い助言はあるか?』

『いや、特にないな。生身で火口に突っ込むなどと、呆れているだけだ』


 そいつはどうも、とべスターに返そうと思ったタイミングで宝石の位置に到着し、結界の仕込んでいない短剣をまた岩に突き立てて落下を止める。結界が無ければ、今頃体全体が燃えているだろう――空いた左手で宝石へと伸ばして、岩間の切れ目にあるそれを外そうと試みるが、簡単に外れてはくれない。


 仕方なしにもう一本、短剣を腰から取り出し、その切っ先で隙間の付近を突っついてみる。少しずつ岩の端を削っていくのだが、如何せん段々と息が窮屈になってくる。


(……一度引き返したほうが良いか?)


 思考がボンヤリする中でそんなことを思っていると、意外な手ごたえにぶち当たる。短剣の刃が折れるのと岩も少し大きくえぐれて、落下する切れ端が溶岩に呑まれるのと同時に、奥に挟まっていた宝石が転がりだし――。


『……やべぇ!?』


 このまま行くと、宝石が溶岩の中に落ちてしまう。左手を伸ばすが、慌てていたせいか左手から宝石がすり抜けてしまった。


『クソが!!』


 仕方なしに、宙ぶらりんになっている足で落ちてきた拳大の宝石を蹴り上げる。そのまますぐに自分自身も僅かに落下し、先に岩の切れ目に差していた短剣を踏み込み、結界を発動させる――そのまま勢いのままに跳躍し、炎を吸って煌々と輝いて飛んでいる宝石を中空でキャッチし、一気に崖の上まで飛んだ。


 変な姿勢で飛んだせいで、着地は無様に背中からになる。酸素が足りず、ぼぅっとする意識の中でなんとかゴロゴロと回りながら崖から離れ、呼吸が限界になる前に立ち上がってフラフラと溶岩から離れる。


 呼吸が出来るようになる場所まで移動して上を見ると、緑髪がこちらを見て手を振っている。相手に見えるように左手に抱えていた宝石を掲げる――と同時に、何物かが急速にこちらに飛来してくる気配を察知した。


「クラウ!! 魔獣がきたぞ!!」


 谷が拡声器のようになり、恐らく上まで自分の叫びが届いたのか、クラウはすぐに振り向いて敵襲に備え始めた。

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