6-19:ドワーフのダン 上
「はぁー!? なんだとシモンの馬鹿、オレに顔も見せねぇで去っていっただと、あの大馬鹿野郎!!」
通された応接間のような所で――というより、工場の休憩室か――ドワーフの長、ダン・ヒュペリオンは大きく叫んだ。むしろ叫びすぎて、真正面にいる自分の顔に唾が飛び掛かるほどだった。
「うぉ、きたねぇな!? 唾を飛ばすな唾を!!」
「あぁ!? テメェ、年配に対する敬意はないのか!?」
「はっ、テメェみたいな乱暴なジジイに払う敬意はないね!」
「んだゴラ、やんのか!?」
やおらダンは拳を握ったまま立ち上がるが、恐らく老体に応えたのだろう、すぐに「いでで……」と呟き、握っていた拳を開いて腰を押さえながら椅子に座り込んだ。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
ソフィアが身を乗り出して老人に声を掛けると、ダンは表情を緩ませてニコニコとした笑顔を少女に返す。
「あぁ、大丈夫大丈夫……お嬢ちゃんがソフィアちゃんかぁ、可愛いなぁ」
「あ、え? その、腰……」
「あぁ、腰は大丈夫だ、唾でもつけとけば治るさ」
唾なんぞつけてもケガが良くなるものでもないし、筋肉だか骨ならなおさらだ。しかしコイツ、ソフィアに対してデレデレとしている。先ほどシモンが言っていた女好きは本当なのか。一応、女好きと言っても単純に下品なだけで、自分から見ればそこまで下品ないやらしさは感じないのは幸いだが――しかし、目に見えてソフィアが困っているので、助け船を出すことにする。
「ゴホン! ともかく、自己紹介だな……知っているかもしれないが、俺はアラン・スミスだ。ひとつよろしく」
ダンは一瞬だけこちらを見るが、しかしすぐにぷい、とそっぽを向いてしまう。いい歳したジジイがそっぽ向くのは可愛らしさの極致、もはや憎たらしさしかない。
「……てめぇ、こっちが下手に出れば調子に乗りやがって!!」
「どうどうアラン君、落ち着いてください! お相手はヴァルカン神の加護を持つ現人神なんですよ! 失礼の無いようにしないと……!」
なんと、普段は一番失礼な緑に制止されてしまった。なんやかんやクラウは信心に厚いので、目の前の失礼な老人にも敬意を払っているということか。ひとまずクラウに免じて振り上げた拳を収めて座ると、ダンはなんだかキリッとした顔を――実際はキリッとした風なだけで全然様になっていないのだが――し始める。
「君がクラウディア・アリギエーリか……ルーナのことでは苦労したようだね」
「い、いえ、そんな……」
「それに何やら、クリエイターとしての技能に興味があるとか!」
「あ、はい、そうですね……」
「いやぁ、オジサンと気が合っちゃいそうだなぁ……どうだい、向こうでお茶でも」
「あ、いえ……」
珍しく押され気味のクラウに対して、ダンのテンションは上がっていき、最終的にはガラスの向こう――要するに階下の工場内を指さした。そこはお茶するのには適している場所じゃないし、そもそも自分には茶の一杯も出さないのか、やはりコイツはなかなかむかっ腹が立つ奴だ。
そう思っている横で、いつものようにエルがため息をついた。初対面相手にため息も本当は無いはずだが、今はそんな彼女が頼もしい。
「ふぅ……あのねダン。私たちは遊びに来たわけではないの」
「あぁ、分かっている……」
今度ばかりは空気が一転し――流石に本題になれば真面目にもなるのか、ダンは真剣な面持ちでじっとエルの方を見ている。エルも腰に下げていた宝剣の柄に手をかけた。
「そう、この宝剣の……」
「……クールアンドビューティー」
あまりに真剣な表情でダンがぼやいたので、冗談を言ったと理解するのがこの場にいる全員が遅れた。いや、言った本人は滅茶苦茶に真剣なのかもしれないが。ともかく頼りのレイブンソードもお手上げなのか、柄に掛けていた手をそのまま上げて、眉間をつまんで黙ってしまった。
「……だー! 俺たちはジジイを構いに来たわけじゃねぇんだよ!!」
「あーうるせーうるせー!! いいじゃねぇかちょっとくらい! たまに来る美人が目の保養なんだよ!!」
そして再び自分の顔に唾が飛んできて、再び拳を上げてテーブルから乗り出そうとした瞬間、ダンは今度こそ少し落ち着いた雰囲気を顔に浮かべた。
「ま、要件は分かってる……宝剣へカトグラムと魔術杖グロリアスケインの修理だろ?」
そう言いながら、ダンは机の上に置いてある包みを彼だけが見えるように開いた。アレは、シモンが第二十七号遺跡から持ってきた何某かのパーツだ――ダンは中身を見て頷き、それを彼自身の傍らに置いた。
「……さて、とりあえずレムから事情は聞いているが、実物を見ないとな……ハインライン、宝剣を出しな」
「え、えぇ……」
エルは腰から鞘ごと外し、宝剣を机の上に置いた。ダンはそれを左手で取って、右手で胸ポケットから小さなルーペを取り出し、それを通して宝石の部分をしばらく眺めていた。そしてルーペを仕舞って後、小さくため息をつく。
「……残念だが、やっぱりここにある機材だけじゃ修復は不可能だな」
「……どういうこと?」
「剣の機構自体は修復できるが、問題は核の部分だ。宝剣へカトグラムに利用されていたのは、神話の時代……ここではない世界で発見された超希少なレッドダイヤだ。超高純度な透明性と複雑なカットとで周囲の光を集めて屈折させ、擬似的な重力場を発生させる装置なんだが……」
ダンは左手に持ったままの宝剣をこちらに見えるようにかかげ、空いた右手の指で宝石を指して見せる。
「……表面の一部がかけちまっているだろ? シモンの馬鹿が修理のための部品を持ってきてくれたが、これじゃ従来通りに光を屈折させることができん。適当な手斧で振りぬかれただけと聞いてたから、まさかレッドダイヤを傷つけるなんてことは出来ないと思ったが……これを割ったT3とやら、相当な執念の持ち主だったんだろうな」
そう言って、ダンは宝剣を机の上に置いた。
「それじゃあ、もう宝剣は元には戻らないの……?」
エルは俯き、形見の剣を見つめながら小さく呟いた。
「いいや、コイツと同じ程度のレッドダイヤが見つかれば修復は可能だ。何せ、こいつを作ったのはオレ……を加護しているヴァルカン神だからな。同じものを作るなんて朝飯前だぜ」
修復は可能、その言葉に希望を持ったのかエルは瞳を輝かせながら顔を上げた。それに対し、ダンは口髭の周りに一杯の皺を浮かべながら自分の胸を親指でつついていた。
「ダンさん、そのレッドダイヤは、どこかにあるんでしょうか?」
今度はソフィアが質問すると、ダンもそちらへと向き直る。
「あぁ、万が一ヘカトグラムが故障したときのことを想定して、どこにあるかは調査してある。しかし、それのある場所が危険なんで、入手は出来ていねぇ」
「なるほど、それなら俺たちがそれを取ってくればいいんだな?」
自分がそう言うと、ダンは眼を額で覆って「かーっ!」と叫んだ。
「簡単に言ってくれる……一応な、三千年の間、ヴァルカン神が断続的に入手は試みてたんだぞ?」
「だけど、アンタも無理とは言わなかったんだ。可能性はあるってことだよな?」
「まぁ、そうだな……お前さんが本物の……」
ダンはそこで言葉を切って、こちらをじっと見つめ始める――ここに来て、自分は初めてこの老人と真摯に視線をかわすことになる。相手の視線はこちらを品定めするような、訝しむような、しかしどこか信頼してくれているような――きっと彼の胸中には複雑な感情があるのだろうと推察できるが、それをどう表現していいものかと悩んでいる風でもあった。
「けっ、しゃらくせぇ! 野郎にじっと見られたって気持ちわりぃだけだってんだ!!」
「はぁ!? クソジジイが、テメェがこっちを見てきたんだろ!?」
「あーうるせぇ! テメェなんかと会話はしたくねぇんだ、こちとらな!!」
「やんのか!?」
「あぁ!?」
真面目な雰囲気はどこへやら、ダンが再び憎まれ口を叩いてきたので互いに席を立って机を挟んでにらめっこになる。しかしやはり腰が悪いのか、ダンの方が「いでで」と席に着き、それにこちらも攻めん気を削がれて腰かける形になった。
そして自分達二人が落ち着いたのを見て、ソフィアが申し訳なさそうな表情で小さく手を上げた。




