6-18:ガングヘイムの街並み 下
「僕らドワーフは、レムリアの民と比べれば機械いじりは得意だ。でも、言ってしまえばそれだけ……僕は今年で八十歳になるが、生まれた時からこの街の風景も、技術も、何一つ変わっていない」
八十歳という年齢に今更ながらに若干衝撃を覚えつつ――そういえば、ドワーフもエルフと並んで長命種らしい――同時に強烈な違和感に襲われた。それは恐らく、この車のせいだろう。
本来、一世紀近い時があれば、技術は飛躍的に進歩するはずなのだ。ちょうど、人が手で動かしていた車が、一世紀の間にどんどんコンピューターによる制御に代わっていったように。ドワーフは技術に関する基礎があるのだから、それを応用するなどは簡単にできそうだが。
「……僕らドワーフは、新しい物を作り出すことが出来ない。それは、呪いの様に……ヴァルカン神から授けられた科学技術を理解して使うことが出来ても、その枠を抜け出すことが出来ないんだよ」
そういうシモンの声色には、傍観の念がたっぷりと込められていた。しかし成程、それは二つの意味で納得が出来る。一つはこの世界のルールから逸脱していないこと、もう一つはドワーフの街の技術レベルがあべこべで併存していることだ。
まず、どのように制御しているのかは分からないが、七柱はドワーフという種族には技術と知識を与える代わりに、新しいものを作る思考を与えなかったのだろう。あくまでも彼らはこの星の技術の保守点検の担い手であり、新しいものを作る必要はないのだから――そうなれば、進化を防ぐというルールを守り続けることができる。
また同時に、彼らドワーフが新しいものでなく、技術的に古い物にこだわりを持つのは、進歩がないからだ。言ってみれば、新しい本が永久に並ばない図書館のような世界――その箱庭の中の最先端だけ見続けても飽きてしまう。最後に新刊が並んだのは三千年も前であって、それを繰り返し見るくらいなら、古い本を手に取る方が建設的だろう。
だから、長命な彼らは、持てる知識の中で何でも作り、使うのだろう。それが、長命種として生まれ、長く退屈な人生を少しでも紛らわすための術だったのだろうから。
「なんとなく、この停滞感を打破したくて五年前から外に飛び出して……最初の内こそは、レムリアの民と比べて進んだ技術を持っていることに優越感を覚えたけど、次第に変わらないって思うようになった。僕らも、レムリアの民も、結局は決まったルールの中で生き続けているだけなんだからさ……」
なるほど、確かにシモンの言う通りかもしれない。前世的な立場から見れば、ドワーフの方が技術的に優れていても、発展が無いのならレムリアの民と大差が無いとも言える――人工の太陽に照らされた景色は、いつの間にか市街地を過ぎ、車は文字通り前世的な工場が並ぶ地区へと入っている。
そして工場の一つに入り、シモンは駐車場に車を停めた。
「さ、着いたよ」
「えぇっと……俺たちはここでどうすればいいんだ?」
「ドワーフ族の長、ダンに会えばいい」
「長に会えって……」
「はは、もっと立派な宮殿みたいな所にいると思ったかい? 彼にとっては、ここが王宮なんだよ……手を動かしていないと落ち着かないのさ。さ、行った行った」
言われるがままに少女たちと共に車を降りると、肝心のシモンが降りてこない。それどころか、再びエンジンをまわし始めた。
「お、おい! 案内してくれるんじゃないのか!?」
先ほど開けていた窓の隙間に腕を入れて声を掛けるが、シモンはレバーを動かし続ける。そして、細長いレバーに手を掛けたタイミングでシモンはやっとこちらを見た。
「僕はここまで……旦那との旅、悪くなかったよ。お嬢さんたちもね。そうだ、一個だけ忠告をしておくよ。ダンは偏屈なジジイだから、会話するのには難儀するかもしれないけれど……種族を問わずに女性が好きだから、困ったらお嬢さん達に任せるといい。あとそうだ、これをダンに渡してくれ」
シモンは腰から何やら包みを取り出し、こちらが伸ばしていた手にそれを掴ませる。そして微笑みを浮かべて自分と少女たちに手を振ると、車をバックさせ始め――自分は慌てて窓から腕を抜き去ると、シモンはそのまま去っていってしまった。
「はぁ……なんだかあわただしく行っちゃいましたねぇ」
「そうだね……ちゃんとお礼もしてないのに……」
クラウとソフィアは、去っていく車をしばらく見送っていた。
「まぁ、機会があればまた会うこともあるでしょう……さ、行きましょうか」
エルはすでに気持ちを切り替えたのか、踵を返して工場の入口の方へと歩き始めている。それを追い、エルと並んで工場の入口に着くと、中からはけたたましい音が聞こえる――重い扉を押すと、その音はより一層大きくなった。
何を作っているのかはさっぱり分からないが、ひとまずベルトコンベアで金属の塊が運ばれ、ロボットアームがそれらを組み立てているようだ。吹き抜けの二階にはそれらを監視するように幾人かのドワーフが居り、こちらの存在に気が付いたのだろう、そのうちの一人がこちらを見て驚愕の表情を浮かべて奥に引っ込んでいった。
「……何やら驚いていたみたいね」
「釣り目の誰かさんがにらみつけたんじゃないか? それでビビッて逃げていったとか」
「あのねぇ……こっちとしては、物珍しくて中を色々見てただけよ。むしろ、目つきの悪い誰かさんにビックリしたんじゃないかしら?」
隣のエルは、腕を胸の下で組みながらこちらを睨みつけている。この視線に晒されたら誰だって逃げるだろうがよ――などと思っているうちに、先ほどはけたドワーフが入っていった扉から、また別のドワーフが現れた。
そのドワーフは、臆することなく真っすぐにこちらへずかずかと――どかどかという擬音の方が正確かもしれない――お世辞にも長いとは言えない足で階段を降りてきた。見たところ、ドワーフの中でも年配という感じだ。髭も頭髪も白く、立派な顎のものは前で、長い髪は後ろで結って、くたびれた作業着に身を包んでいる。
その男は一度だけ、躊躇したように立ち止まったが、だがすぐに小さく首を横に振って、またどかどかと歩き始め、一気に自分の目の前に立ちはだかった。
「……お前さんが十人目の勇者だな? オレがダン・ヒュペリオン……ドワーフ族の長だ。それで、シモンの馬鹿はどうした?」
ダンと名乗った男性は、そう言いながら扉の外を覗き見て、先ほど去っていったシモンを探しているようだった。




