6-16:砂漠の旅路 下
「……旦那も滅茶苦茶だと思ってたが、あの子たちも大概だな」
船上の旅を終えて陸路を行くようになってから、いつの間にかシモンの自分に対する呼び方がアンタから旦那に代わっていた。曰く、やたらと強い少女達に戦闘を任せて自分はノンビリしているからということらしい。
「旦那はやめろって……しかしホント、ヒモみたいで若干気が引けるんだけどな」
「ははは、若い子を三人も侍らせて、良いご身分だ」
「ごもっとも……しかし、皮肉を言うためにわざわざ声をかけたのか?」
「いいや、旅程についての報告さ。もうじき、徒歩での旅も終わるっていうね」
シモンはそう言いながら、南東の方角を指さす。その先には遥かにそびえる高い山脈が連なっているのが見えた。
「あそこが我々、ドワーフが拠点とするウフル山脈だ。麓にまで行けば、僕たちしか使えない秘密の地下道がある」
「ふぅん……地下道を使えるなら少しは楽できそうだが、目的地はあの山脈の中央だろ? 結局、結構歩くんじゃないか?」
「いいや、採掘用の地下鉄がある。だから、麓まで着けば移動の手間は大分省けるよ」
「地下鉄! しかし、それをあの子たちに見せても大丈夫なのか?」
前方を歩く少女たちの背中を見つめながらシモンに問う。第二十七号遺跡の内部を見せられなかったのなら、その他の科学技術の粋を見せるのはマズそうだが――そう懸念したのだが、シモンは耳打ちをするためだろう、こちらに一歩近づいてくる。
「見られるとまずいのは第五世代型アンドロイドの存在だ……そもそも、異世界の勇者とそのお供はドワーフの都の中に入るんだ。地下鉄くらいどうってことないよ」
「へぇ、それじゃあドワーフの都とやらは、俺の故郷に近いのかな?」
「半分は正解、半分は不正解かな……歴代の勇者は、ドワーフの都を見ると大層驚くって聞くよ。まぁ、細かくは見てのお楽しみさ」
翌日には砂漠を抜け、岩肌の続く荒野を進むこと数日後、ウフル山脈の麓に着くとシモンの案内で地下道へと入った。入口もちょっとした草木でカモフラージュされていて分かりにくいことに咥えて、入り口付近に取り付けられた機械にはどうやら網膜認証があるらしく、ドワーフにしか開けられない扉だとのこと。そうなると場所が分かっているアガタたちが居ても、どの道ドワーフの案内は必要だったのかもしれない。
地下空間の空間は、第二十七号遺跡で見たような未来的な――というほど技術を進めている調子ではなく、少しレトロな雰囲気のトンネルという印象だった。明かりは蛍光灯の様で橙色に輝き、それらがトンネルの両壁に定間隔で設置されている。
「ウフル山脈の地中には、血管の様に鉄道が走ってるんだ」
シモン曰く、山脈の至る所で取れる資源を搬送するための地下鉄だということ。そのためかトンネルも幅広く、恐らく荷台が通りやすいように配慮されているのだろう。
しばらく進んだ先にある鉄道には、これまた前世の当代からもう一世紀以上前に使っていたような貨物列車があった。とはいえ、レトロなのは見た目だけらしい――自動操縦でダイアグラムを調整してくれるらしく、シモンが運転席の機械を少し操作しただけで、あとは目的地まで勝手に向かってくれるようだった。
「……鉄の箱が動いているとか、なんだか落ち着かないわね」
「でも、凄いよね! これ、何で動いているんだろう?」
通路を挟んで向こう側で腕を組んで座るエルに対し、隣の窓際に――と言っても写るのはトンネルの壁ばかりだが――座るソフィアが、眼を輝かせながらこちらに振り向く。対面のシモンに聞けば早いのだろうが、お疲れらしく手すりに手をかけて眠ってしまっているところだ。
「多分、電気かリニアモーターかどっちかだな」
見た目は蒸気機関車っぽくあるのだが、煙が出てないところを見るに石炭で動いている訳でもあるまい。自分が返答したのが嬉しかったのか、ソフィアはまた眼を一層輝かせている。
「アランさん、知ってるの!?」
「あぁ、いや……前世に似たような機械があったんだよ。だから、この世界の技術と完全に一致しているかは分からないな……細かいことは、シモンに聞いた方が早いだろう」
そもそも、これが仮に電車やリニアモーターカーであったとしても、前世の常識ラインでの知識はあるものの、細かい仕組みまで聞かれたら自分には答えられない。それに、ソフィアなら突っ込んで色々知りたがるだろう――そう思って予防線を引いておくことにした。
「アレかな、これがジドーシャ?」
「いや、恐らく電車、またはリニアモーターカー……さっきも言ったように同じ乗り物かは分からないが、ともかくそういう感じの奴だよ」
「そっかぁ……でも、なんだか嬉しいな。アランさんの故郷と同じ景色を見れるなんて。でも、こんなに便利な乗り物があるのなら、なんでレムリアの方には伝播しなかっただろうね?」
それは、これがレムリアの民が信奉するところの神々が禁じる科学技術の追及の粋だから、というのが実際の所だろうが、それをそのまま伝えるのも問題だろう。何と返答しようか悩んでいると、通路の奥でクラウが肩をすくめてやれやれと首を振った。
「こんな地下を走るなんて、辛気臭いからじゃないですか?」
「あはは、違いない」
別に地上でも鉄道は通せるのだが、ここはクラウに便乗することにした。しかし、ソフィアは窓の奥を見つめたまま、独り言のように呟き始める。
「そうなのかな? 山の斜面に道を作るのが大変だし、何より距離的には地中を行くのが近いから、ウフル山脈内の場合は地中にトンネルを通したんだろうけれど……動力の確保さえできれば、平地でも動かせるんじゃないかな?」
「あー……そうだなぁ……」
ソフィアの鋭さ満点の意見に、つい生返事が出てしまう――隣を見ると、ブロンド髪の奥、窓のガラスに微笑を浮かべているソフィアの顔が写っている。何故少女が笑っているのかは分からないが、あまり追及されても困るので特に踏み来なかったのだが、ソフィアは窓を見つめるだけで特に突っ込んでくることもなかった。
しばらくすると、シモンと並んで少女たちはみな寝息を立て始めていた。恐らく、長旅の疲れが出ていたのだろう――自分は何となくぼぅっと起き続けており、そのまま車内の時計を眺め続けていると、短針が四つほど進んだ次点で列車は一つの駅に到着した。
乗った駅と違って、この駅は賑やかなようだ。頭上のくりぬかれた岩石が、吊り下げられた人工のライトで照らされており、その下には何個ものホームが並んでいる。各ホームにはドワーフたちがまばらに点在しているのが見えた。
「……着いたのか?」
停止の操作のために運転席に行っていたシモンが戻ってきたのでそう問うと、彼は眼鏡を押し上げて小さく口元を釣り上げた。
「あぁ、お嬢さん達を起こしてくれ、旦那」
言われた通りに少女たちを起こして、先に列車から降りていたシモンを追う。ホームから階段を降りて駅を出ると、眠気眼を擦っていたはずのソフィアの眼がまた一段と輝いた。
「……凄い」
少女の言葉には、自分も同意せざるを得なかった。目下の中央には巨大な湖があり、その周りを前世的な商店街と、煙の立ち上がる煙突群が取り囲み――それらを頭上の人工の太陽が照らしている。
ドワーフの都市ガングヘイムは、ウフル山脈の内側に存在する地中都市だったのだ。




