6-14:ドワーフのシモン 下
外に出るころには日も傾き始めており、これはあわやアレクスの街に戻るころには日もまたぐかと心配したが、それは杞憂だった。二十七号遺跡に到着したときには見落としていたが、シモンは前世で言うところの駆動二輪で砂漠を抜けてきたらしく、ギリギリ二人乗りが可能なので行きよりは早く帰れそうだった。
「こんなものを使ってるの、レムリアの民に見られたらマズいんじゃないか!?」
「あぁ、そうだ! だから、これで移動できるのは街の手前までだよ!」
シモンのバイクは川の方へ向かっているわけではなく、真っすぐ街のある北東へ進路を取っている。計器の中にはコンパスもあるらしく、それなら方角的に迷うこともなさそうだし、何よりアレクスの街の規模感が大きいから、おおよそ方角が合っていれば問題なく街まで辿り着けるだろう。
「……アンタには感謝しないといけないな。助けに来てくれてありがとう」
シモンは前を見たまま、なんとか聞き取れるくらいの小さな声でぽつりと漏らした。
「いいや、気にするな。むしろ、悪い予感が当たってただけだからな……そういう意味じゃ、お前も災難だったなシモン」
「ははは……しかし、アンタなんで一人で来たんだ? 確かにあの場所はレムリアの民には内緒の場所だから、見られずに済んだのは良かったんだが」
「急な暑さに仲間の何人かやられてな。それで街で休んでもらってたんだ」
しかし、そういう意味では怪我の功名だった。少女たちが居れば戦闘自体はもっと楽に切り抜けられたのは間違いないが、あの場所を見られずに済んだのだから。
「……なぁ、あの場所はなんなんだ?」
「さっきも言ったが、僕も詳しいことは知らない。とはいえ、この星には何か所か、ああいう古代の入植時代の保管庫があるんだ」
「そうだな、聞き方が悪かった……その場所に、なんでアンタは入れたんだ?」
七柱の監視下にあってあの場所に入ることが出来たのだから、ドワーフのシモンはこの星に置いて何か特別な境遇にあると言えるだろう。それが気になって質問してみると、ややあって――話して良い物か悩んだのかもしれないが、こちらは既に諸々見てしまった後だし、特別な勇者と思ってくれているおかげか、シモンは質問にゆっくりと応え始める。
「……僕たちドワーフは、七柱の創造神の中でヴァルカン神と共にウフル山脈の地中で生活している。その目的は、古代に存在した科学技術の保存と承継なんだ」
「ふぅん……科学は人間を失墜させるんじゃなかったのか?」
「あぁ……しかし、有事の際、たとえば機構剣レヴァンテインの調整や、この星の裏で動いているテクノロジーは確かにある。それを修理するのが僕たちドワーフの役目だ。同時に、レムリアの民にそれを見られるわけにはいかないから……」
「それで普段は山奥で引きこもってるってわけか」
「あぁ、そういうことさ」
それっきり、シモンは黙りこくってしまった。引きこもってるなんて表現は失礼だったかもしれない――そういえば、確かギルドでシモンはアレクスの街で生計を立てていると言っていたのを思い出す。
「……でも、アンタはアレクスの街で生活してたんだよな?」
「うん……ちょっと、ドワーフの伝統とか、そういうものから解放されたくってね。こちらから外に出る分には自由だし、簡単な機械なら外に持ち出しても良くて、それを使って生計を立てることも許されてる。それで、ドワーフの都から離れてアレクスで生活をしてたんだ」
「ふぅん……ただ、こう機械に慣れてちゃ、外の生活は不自由なんじゃないか?」
そう言いながら、足でバイクの機体をトン、と叩いてみる。実際、自分は物珍しさや自然豊かな情景に惹かれてこの世界を気に入っているが、科学技術に慣れていれば、人里で住むには不自由と感じるケースの方が多いように思う。
自分の言葉に、前を見ていたシモンは視線を上に上げたようだった。
「……外じゃないと、星が見えないからな」
「へぇ……ロマンチストなんだな」
茶化すように言ってしまったが、実際にはシモンの気持ちは共感できる。どこまでも続く砂漠の上空には、果てしなく広がる星空が浮かんでいる――それは、美しい光景だった。先ほどドワーフは地中で生活していると言っていたから、星の見える場所で暮らした方のかもしれない。
しかし、シモンの方は皮肉と受け取ったのか、首を小さく横に振った。
「やめてくれ、そんなんじゃない……ただ、小さいころから星に憧れていてね。この星に渡ってきた七柱の創造神と同じように、いつか僕も星の海を旅してみたいんだ」
「なるほどね。それで、少しでも星空が見える外に出てたってわけか」
「まぁ、それだけじゃないけれど……概ねそんなところさ。だが、今回ばかりはそれが仇になった。勇者は普段はエルフの里である世界樹を先に目指すんだが、ヘカトグラムの修理が優先されたからね……とはいえ、ドワーフの案内が無いと都には入れないから、アレクスで生活している自分に勇者様の案内の白羽の矢が立ってしまった訳さ」
「なるほどなぁ……そいつはすまなかったな?」
「はは、アンタが謝ることじゃないさ……それに、流石に世界の危機を無視するほど身勝手なつもりじゃないよ」
シモンがそう言い切った後で、自分のセンサーに何かイヤな気配が引っかかる――恐らく進行方向、まだ大分向こう側にいるはずだが、それは進行方向からこちらへ向かってきているようだ。バイクの速度で進めばすぐに遭遇することになってしまいそうだ。
しまいそう、という否定的な気持ちが出たのは、こちらへ向かってきている気配が巨大で――人型サイズでなかったからだ。
「おい、ちょっと止まってくれないか?」
「うん? なんでだ?」
「いいから、早く止めろ!」
「わ、分かった……」
シモンがブレーキを握るとバイクは減速し始め、厳ついタイヤの二輪は満点の星空の元で制止した。
「……なぁ、砂漠って魔獣が出るんだよな?」
「あぁ、しかし滅多に遭遇するもんじゃ……」
「まぁほら、ゼロじゃないだろ? どんなやつなんだ?」
「あぁ、巨大なミミズ型の魔獣で、サンドワームなんて言われている。普段は砂中を動き回って、音に反応して地上の生物を捕食するんだ」
「ははぁ、なるほど……!!」
それで、こちらは止まったというのにも関わらず、向こうは迷わずこちらへ突進してきているのか。段々近づいてくる地響きにシモンも以上に気付いたのか、神経質そうな顔が白くなってきている。
「……とりあえず、バイクから離れるぞ!!」
「あ、あぁ……!!」
二人でバイクから降り、砂の上を走る――しかし、音に反応するというのは事実なのだろう、巨大な生物がこちらの足音を追って来る。速度的には向こうの方が上、逃げ切ることは敵わなそうだ。
しかし、二輪の音が巨大だったおかげで迷ってくれたのだろう、巨大生物は自分たちとバイクとを飲み込む様な形で一気に砂を駆けのぼってきて――。
「ちっ……どけっ!!」
「うわっ!?」
シモンを巨大生物の進行に収まらない場所に押し出し、自分はむき出しの殺気に備えて奥歯を噛む。加速したときの中で真下から現れた魔獣の巨大な口――直径十メートルはあるのではないかという巨大な穴は、その淵に巨大な牙に取り囲まれていた。
『……くっそでけぇ!?』
現れた巨大生物に対して、脳内で思いっきり叫んでしまった。ともかく幸か不幸か、その牙の巨大さのおかげで、またサンドワームが自分たちとバイクを同時に飲み込もうと欲張ったおかげで、牙の位置がちょうど自分の自分の足場になってくれた。
相手の牙を蹴ってシモンの隣に着地して加速を解く。魔獣が再び地中に潜っていくのを確認してから、すぐに袖から短剣を三本取り出し、それを二十メートルほど向こう側へ足音の代わりに投擲して砂に刺すと、すぐに短剣を飲み込むべく再びサンドワームが現れ、また地中に潜っていった。
顔面を真っ白くして怯えるシモンの口に人差し指を置き――ひとまず、静かにしていればそのうち魔獣も去っていってくれるかもしれない。それまで物音を立てずに静かにしているのが正解か。
しかし、大ミミズは中々この場を去ってくれない。獲物の位置が分からないから地表には姿を現さないものの、この付近の地中をぐるぐると回っているようだった。そもそも、ご飯にありつくつもりだったのに手ごたえが無かったのだ、そのうちローラー作戦でも始めるかもしれない。
何より、シモンが限界そうだ――今も震えながら首を振り、泣き出しそうになっている。ADAMsを使って離脱するのは自分だけなら出来そうだが、先ほど押し出した感じ、シモンはドワーフなせいか結構重量がある。抱えながらでは逃げ出すのは厳しそうだ。
加速の反動に痛む体を少しでも回復するため、バッグから音もなく回復薬の瓶を取り出して飲み干しながら、周囲を見てみると――そこで、使えそうなものを発見した。
早速行動に移すべく、衣類の一部を短剣で切り裂いて、回復薬の瓶に詰める。さらにポケットからマッチを取り出し、布に火をつけようとするがなかなか燃えてくれない。
布を燃やそうとしているとシモンが怪訝そうな顔でこちらを見ているので、向こう側に倒れているバイクの方を指さす。ギリギリで飲み込まれずに残ったそれは、しかし倒れた衝撃のせいか給油口が開き、辺りに燃料をまき散らしている。それでシモンも察してくれたのか、懐から何の容器を取り出して――恐らく酒だ、それも高濃度のヤツ――それを布にかけてくれたおかげで、着火は成功した。
そして、また袖から短剣を二本取り出して、それらをバイクのボディに当てる。乾いたいい音が砂漠に響き渡り、同時にまた砂の下で巨大な生物が動くのを確認してから、火種をぶちまけられている燃料の方へと放り投げた。
瓶が落下すると砂上に炎が走り、給油口の方へと向かっていく――と同時に、バイクを飲み込むべく下から巨大生物が姿を現した。そしてすぐさま鋼鉄の二輪を飲み込んで、砂の中へと再び消えていった。
「……流石に中身まで頑丈にはできてないだろ?」
指先で銃を撃つようなポーズを取って少し格好つけつつ、本日二度目のセリフを呟いた瞬間、砂中から大爆発が巻き起こった。爆風が砂と、螺子などの機械部品と、赤黒い肉片を周囲にまき散らし――地面の下で何物かが蠢きまわる気配は完全に消え去った。
「……まぁ、せっかくのバイクが壊れちまったのは残念だが。隠す手間も省けただろ?」
「はぁ……アンタ、滅茶苦茶な奴だな……」
振り向いてみると、シモンは若干引きつった笑いをしながらこちらを見つめていた。




