6-12:第二十七号遺跡 下
自分が先ほど立っていた場所に熱線が走る。自分はすぐに腰の小型バックからアリギエーリ印の劇薬を一本取り出し、それを口にする。薬はすぐに効き、若干眩暈のする心地になり――どうせこちらの存在はバレているのだと瓶を蓋ごと投げ捨て、討ち杭を左手に装着しながら脳内の相棒に語り掛ける。
『おい! 第五世代型アンドロイドって硬いよな!?』
『あぁ、後期型ならばT2と同程度の装甲はある……仮にオレが知っている世代から進化していないと楽観的に捕らえたとしても、今のお前に倒せる武装は無いな』
『冷たい現実をどうも!』
足音はしない。だが、確実に何某かがこちらへ向かって移動してきている――薬を飲んで準備はしたが、ひとまずADAMsを使う気はない。あまり安易に使えば離脱前に体に限界が来るし、何よりアレを使うと音速の壁を超えた時の音がデカい。この遺跡の中に多く奴らが存在していた場合、それらに自分の位置を知らせてしまう恐れがある。
そして、ひし形の空間に何者かが足を踏み入れた気配を察知する。それは確かに周りの風景に溶け込み、透明な液体がその場に存在しているかのような感じ――だが、自分にはその者が確実にそこにいると分かる。
「対象ヲ確認。合致するデータなシ……暫定、第六世代型アンドロイド」
十字路の方から機械音声が聞こえ始め――第四世代でももう少し上手く喋ったはずだ。要はこの星に到着してから三千年という時間の中で、コイツはどこか故障でもしてしまったのかもしれない。
ともかく、相手の右手が動き――こちらも袖から短剣を一本取り出す。
「照合のナい第六世代は、デリーと……」
「遅せぇ!!」
相手が右手を上げるのに合わせて、短剣を投擲する。投げたナイフの先端が、敵が右手に持っているはずの複雑な機構の隙間に突き刺さる。そのまま相手がこちらに銃口を合わせて引き金を引くと、ナイフのせいで機構が誤作動を起こし――敵が右手に持っていたはずの小銃が爆発を起こした。
その爆発の影響か、襲撃者は姿を隠している機能を維持することが出来ずに姿を現す――銀色のボディの周りに迷彩を維持しようという涙ぐましい努力が見え、その体の回りに微小な砂嵐のようなノイズが幾重にも走っている。だが、右手のブラスターの暴発で右手が吹き飛び、肘より先が無くなって、ワイヤーが飛びてる形になっている。
「流石に中身まで頑丈にできてはいないだろ!?」
先ほどの衝撃で足元のおぼつかなくなっている機械人間に一気に詰め寄り、飛び出ている中身に対して杭の先端を打ち付ける。トリガーを引くと、派手な音とともに自分の体が後ろに吹き飛ばされ――だが、それは相手も同様で、互いの体が炸薬を中心にはじけ飛んだ。
着地と同時に、すぐさま姿勢を立て直して前を見る。暫定、第五世代型アンドロイドの右腕は吹き飛び、またその衝撃が丸ごと内部の機構を破壊してくれたのだろう、ザザ、ピーという乾いた電子音を立てたかと思うと、隙間から煙をだしてそのまま動かなくなった。
『原始的な武器だけで第五世代型を倒すとは……もはや馬鹿かお前は』
『はは、誉め言葉として受け取っておくよ』
脳内から聞こえてくるべスターの声は、驚きを通り越して呆れに近い。ともかく、本当に動かなくなったのか確認するために、ひし形の空間から吹き飛んで通路の奥で倒れて煙を上げている機械の方へと近づく。もはやうんともすんとも言わない、これは完全撃破と言って良いだろう。
「ふぅ……ビビらせやがって」
小さな声で言いながら機械人間の近くまで近寄ると、自分の足音が僅かに通路に響く――だが、足音は自分が出した一つではなかった。すぐ背後で何者かが動き出す気配を感じ――イヤな予感がして振り返ると、先ほど壁に埋まっていたもう一体が動き出していた。
「僚機の信号が停止。緊急事態発生……現状を確認」
もう一体のアンドロイドは、きょろきょろと周りを見回し――自分がアイツなら、僚機とやらの側で勝ち誇っている男が何某かの原因と判断する。三千年以上前のポンコツであっても、それくらいは簡単に判断するだろう。
『……なぁ、もう一回聞いていいか?』
『第五世代型アンドロイドに原始的な武器は通用しないぞ?』
『それなら、もう一回……!?』
相手のブラスターの誤作動を狙う、そう思った矢先にアンドロイドが取り出したのは、腰に差していた剣――いわゆるヒートソードというヤツだろう、刀身が一気に橙色に輝きだした。
「……侵入者による襲撃と推定。暫定、第六世代アンドロイド……排除する」
「お……おぉぉおおお!?」
機械人間はその姿を隠すこともせずに急接近してきて、両手で持った太刀を横薙ぎにした。それをしゃがみ込むように交わすと、上の方で壁が溶ける音が聞こえる――べスターの言う通り、鉄の短剣でチャンバラも出来そうにない。
すぐさま身を反転し、先ほど倒したアンドロイドが腰に着けている柄を握ってそのまま低姿勢で前進する。背中すれすれで熱い何かが空を斬り――振り向くと自分がしゃがみ込んでいた場所の床がバターの様に斬れていた。
『くっ……だが、こいつを使えば……!』
そう、第五世代が持っていた物なのだから、これも何某かの未来兵器だ。いや、元々自分のオリジナルが生きていた時代を考えれば現代兵器、いっそ一万年前の骨董品ですらあるのだが、この世界の基準で考えれば未来的な何か――恐らくビームサーベルとか、柄の大きさからしてビームダガーか、ともかくボタンを押して刀身を出そうとする。
だが、残念ながら柄からは何も出なかった。誤作動かと思ってもう一度押してみたが、乾いたカチカチという音が通路に響くだけだった。
『馬鹿め、アンドロイドの使う兵器は、奴らのコンピューターと連動しているに決まっているだろう?』
『てめ、そういうことは早く……』
「うひぃ!?」
言え、とべスターに反論する余裕は無かった。素っ頓狂な悲鳴を上げながら、縦一閃される斬撃をバックステップで躱す。着地と同時に袖から短剣を取り出して相手の眉間に投げつけるが、それも空虚な音を立てて弾かれてしまう。
だが、相手の方も一度迎撃を止め、人間でいう眼の部分がカラフルに光だし――恐らくだが、何か計算しているのだろう、それも自分にとってイヤな方へ結論が出そうだ。
「対象の危険レベル、三から四へ修正」
その言葉を皮切りに、先ほどよりも素早い踏み込みに、鋭い斬撃が乗っかる。警戒はしていたのでスレスレで躱すことは出来たものの、刀身が近づいただけで掠った右袖の繊維が燃え上がった。
『一旦離脱したらどうだ? ADAMsを使えば、相手を掻い潜って外に出ることは可能だろう』
『あぁ、そうしたいのは山々だが……まだシモンとやらを見つけていないからな』
『この惑星の種族が第五世代型アンドロイドとどのような関係にあるのは不明だが、見たところ侵入者には容赦ないという雰囲気だ……恐らくすでに……』
「……おいアンタ! こっちだ!!」
相手の攻撃をいなしながら脳内会議をしていると、背後から声が聞こえた。バク転するついでに一瞬だけ声の聞こえたほうを覗き見ると、通路の奥の扉に手をかけて、小柄な男性がこちらを見ているのを確認できた。
『……べスター、まだシモンは御存命だった様だぜ?』
脳内で皮肉を返すが、後ろの男と合流するのには目の前の機械から距離を大いに取らなければならないだろう。一瞬ならば、負荷も少ない――そう判断して奥歯のスイッチを入れ、一気に扉の方へと駆けだした。
ドワーフの横を通り過ぎ、加速を切る。爆音と同時に目の前で自分が消えたことに驚いたのだろう、推定シモンは困惑したように辺りを見回している。ついでに、通路の奥にいる人型も、状況を整理するためか足を止めているようだった。
「扉を締めろ!」
「……!? アンタ、いつの間に後ろに……」
「早く扉を!」
「わ、分かった!」
ドワーフはすぐに室内に戻り、扉の隣にあるディスプレイを操作し始めた。彼の身長だと画面は顎から首辺りの高さであり、液晶型のキーボードは腕を上げて操作しているので扱いにくそうだ。
小柄な男がエンターキーを押すと、徐々に扉が閉まり始める――狭くなる通路の奥で、第五世代型アンドロイドの眼が赤く光って自分を捕らえ――。
「……照合データ、ホワイトタイガーのADAMsに一致……」
どうやら地下に眠っていたポンコツすら自分のことを知っているらしい。しかも、恐らく扉が開けば真っ先に自分に襲い掛かってくるだろう――ともかく、自分の探し人は見つかったのだ、ひとまず扉の奥で見えなくなる旧敵に対して手を振って見せることにした。




