6-11:第二十七号遺跡 上
第二十七号遺跡には、まだ日のあるうちに到着できた。川を南下している間は快適だったし、また砂漠を横断しているうちに魔獣に襲われることもなかった。合わせて、周囲を確認しながらここまで来たものの、人の気配もなかったし、何者かが襲われたような痕跡もなかった。
もちろん広大な砂漠の中を突っ切ってきただけなので、シモンとやらが数百メートル南北にずれて東西を横断していた可能性もあるし、なんなら魔獣に一飲みでもされて痕跡すらない可能性もあるのだが。
ともかく、第二十七号遺跡とやらの中を練り歩く。長く砂と風に晒されていたせいで大部分は埋まってしまっているのだろう、所々に建物があった痕跡は見えるが、壁の一部や列柱の先端が砂から顔を出している程度のモノだ。
これはこれで、太古の浪漫と時の流れを現すいい景色なのだが、今回は絵を描きに来たわけではない。ひとまず集中して人の気配を探しつつ、遺跡の中央部分に向かっていく。
「おーい、シモンとやら、いるなら返事をしろー」
遺跡中に聞こえるように声を上げて見るが、残念ながら反応は無い。百メートル四方程度の遺跡であり、そもそもそれくらいなら自分のセンサーにかかるはずだから、声を出したことは徒労に終わった。
そもそも、シモンとやらは何故にこんな場所に来たのか。また、この遺跡とやらは元々なんだったのか――街を作るなら川沿いが良いはずだ。何某かの宗教施設だとしても、この世界は七柱への信仰が中心だから、普通に街中に教会を作ればいいだけだ。
もちろん、数千年の時の流れの中で川の流れが変わり、その結果として破棄された街とも考えられるが――遺跡の規模感がそこまで大きくないことから言っても、街とも言えないないように思う。
そんなこんなで色々と考察しながら歩いていると、遺跡の中央にある一つの柱の元まで辿り着いた。それをぐるっと回る様に一周しようとすると、対面の位置で一つのことに気づく。
「……下への階段?」
柱の中は空洞になっており、合わせてその下へ向かっていく階段があったのだ。しかし、これには違和感がある。本来ならば、この階段は砂に埋まっていないとおかしいはずなのだ。幾分か中に砂も見えるモノのごく少量であり――そうなると、恐らくこの柱は普段は閉まっており、今だけ開いているから砂に埋もれていないと考えられるのではないか。
そしてきっと、これを開けたのはシモンという名のドワーフであり、きっと彼はこの下に用があってこの第二十七号遺跡を訪れたのだ。ここが開きっぱなしになっていることから推察すれば、彼はまだこの中にいるだろう――とはいえ、命があるかまでは分からないが。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
とにかく入ってみようぜ、そんな思いで階段を下り始める。最初のうちは日の光が届いているため明るかったが、段々とその明かりが減っていき――しまったな、灯りなどは持ってきていない。中が複雑な構造になっているのなら、松明でもないと厳しいかもしれない。
同時に、なんだかワクワクしてきている自分もいる。前世的な感覚で言うのなら、砂に埋もれた遺跡というのなら、王や偉人の副葬品でも埋まっていそうだ。お宝ががっぽがっぽあるかもしれない。
しかし、そんな夢も幻想も、階段を降りきるころには砕かれた。同時に、灯りを持ってこなかったことも杞憂に終わった――中は前世で言うところの地下施設の様になっており、青白い壁が足元のライトに照らされていたのだ。
そして、階段を降りきった場所の壁には金属のプレートがはめ込まれており、そこには旧世界の文字で「南大陸第二十七号保管庫」と記載されていた。
「……浪漫もへったくれもあったもんじゃないな」
自分が真にこの世界の住人なら、何か古代人か異星人がこの施設を建てたと興奮していたかもしれないが――実際にはある意味、古代人なり異星人なりがこの遺跡を作ったのは間違いないのだが――自分が旧世界の住人である以上、どちらかというとここに足を踏み入れることは、同郷が作った施設に侵入するのに等しい。
しかし、ドワーフとは今まで接点が無かったが、ここに足を踏み入れられる権限を持っているということは、少なくともレムリアの民よりは彼らは七柱に近い所にいるのだろう。そして同時に、その人物がこの中で消息を絶ったというのなら、何か危険なことが中で起きたのかもしれない――そう思い、一層警戒を強めることにする。
まず、外から中の様子を手繰る。中はそこそこの広さがあるのか、ひとまず何者の気配も感じない。目を凝らしてみれば廊下は枝分かれしており、多少入り組んだ構造になっているようだ。この場にいても埒が明かない、そう思い遺跡の中に足を踏み入れることにする。
足音を殺しながら慎重に中を進む――この遺跡がレムリアの民に見られたくない場所なのなら、トラップの一つや二つあってもおかしくはない。流石に赤外線は肉眼では視認できないので、そんなものがあったらアウトだが。しかしその原理で言えばシモンであっても進むのが難しいだろうし、恐らく危険があるとしても別の要因だと思う、いや思いたい。
十字路になっている部分まで進み、一旦立ち止まる。そこはひし形の空間になっているのだが、空気の流れに少し違和感がある。正面の壁は周りと同じものなのだが、背後の面には空洞があるような気がする。
振り向いて見ると、そこには人型の穴が一つ空いていた。自分から見て左側が空いており――もう片方には、人型の何かが埋まっている。これが真の古代遺跡であるのなら像が埋まっているだけと判断するのだが――。
その時、また背後から――つまり、元々向かっていた方の通路の奥――何者かが動く気配を感じた。それは本当に微細な気配、音も殺意も無い。しかし、こいつは――。
息を止め、背後の気配が消えるのを待つ。緊張を悟られるな、奴らは人の出す微細な分泌物すら把握する。音を立てるな、奴らは百メートル先に落ちた針の音ですら感知する。しかし、自身の放つ体温と鼓動の音は止めようがない。その何者かがこちらに銃口を向ける気配を察知し――。
『……我慢したところで無駄だってことだな、べスター?』
『……アラン、どうした? 今、オレの声が聞こえているのか?』
覚悟を決め、脳内のお友達に声を掛けてみることにする。案の定、すでに自分の緊張が極限に達しており、ベスターの声が聞こえるようになっていた。しかしべスターは自分のように異常を感知している訳ではないので、呑気に質問を返してきたが――ともかく止めていた肺に一気に新鮮な空気を入れて、勢いよく通路の方へと跳躍した。




