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6-10:砂漠の街 下

 受付の女性は「少々お待ちを」とカウンターの奥に下がり、一枚の羊皮紙を持ってきて再び椅子に座り、紙面の一点にバツ印をつけた。どうやら、取り出してきたのはアレクスの街の周辺地図らしい。


「……この印を着けた場所が、第二十七号です。街から出て南西に真っすぐ向かうのが近いですが、普通は川沿いを南下してから西に直進するのが一般的です。砂漠は目印も少なく、迷いやすいので……シモンも生きていればそのルートを通ると思うので、行き違いになる可能性を減らせるかと」

「あぁ、了解だ」


 地図を受け取って少女たちの元へ戻り、現状を報告する。エルもソフィアも顔色は大分良くなってきてはいるが、先ほどばてていたことには変わりないし、また暑い場所に出ると熱中症がぶり返すかもしれない。


「……人命が掛かってるなら、早く出たほうが良いよね。アランさん、私はいつもで……」

「いや、今回は俺一人で行ってくることにするよ」

「えっ!?」


 自分の言葉に、ソフィアは驚愕の声を上げた。その横でエルはコップの水を飲んでこちらを見てくる。


「……私に気を使うことはないわよ。ソフィアの言う通り、早く行かないと……」

「いや、気を使ってないと言えば嘘にはなるが……多分俺一人の方が移動は早いしな」


 こういう時に毎度で申し訳ないのだが、やはりソフィアの歩幅がネックになる。クラウの補助魔法を掛ければ短時間では早くなるが、それをずっと続けられるほどクラウの魔力が持つわけではない。


 もちろん、全員が万全の状態なら補助魔法込みでの移動もありなのだが。エルとソフィアの体調が気になるし、それなら看病のためにクラウに残ってもらう方が良いだろう。クラウにだけ着いてきてもらうという選択肢もあるが、それだと現状で膨らんでいるソフィアの頬が倍は膨れ上がりそうだ。


「でも、砂漠には魔獣が出るんでしょう? アランさんの実力を疑っているわけじゃないけど、大型の敵と戦えるだけの火力はないのは確かなんだから」

「それに、砂漠には遮蔽物がありません。隠密で移動しても、隠れられるところが無ければ……」

「まぁ、そこに関してはADAMsを使って逃げるさ。音速を超える生物が砂漠にいれば話は別だがな」


 先ほど受付では魔獣の数は多くないと言っていたし、そもそもシモンが一人で遺跡に向かったのは危険が無いと判断したからだろう。万が一に備えるのも重要なのは分かるが、それなら最初から自分にも切り札がある――もちろん、常時使えるわけではないので、命の危険ギリギリまで引き付けるというリスクは伴うのだが。


「ADAMsを使うって言っても……アレ、使った後にボロボロになってるじゃないですか。仮に魔獣を撒けたとしても、回復魔法無しで戻ってこれるかどうか……」

「……なんかここまで心配されてるとアレだな、一人で行くのが間違いなんじゃないかと思えてくるな。ただ、ADAMsは体に馴染んできているし、前よりは反動も減ってるんだ。だから、回復薬を使いながらなら問題なく行けると思う。何より魔獣もそんなにいる訳じゃないらしいし、確実に遭遇するとも限らない訳だから……」

「それはつまり、暗に回復薬と例の劇薬を下さいと、私に言っているわけですね?」

「まぁ、そういうことになっちゃうかな?」


 なるべく可愛く返答してみたが、クラウからは冷たい目線が返されるだけだった。少し沈黙が続き――それを終わらせたのはエルのため息だった。


「ふぅ……ソフィア、クラウ、アランに行かせましょう」

「エルさん、でも……」

「二人の言うことも全く正論。ただ、アランが言っていることも正論よ。結局、どうなるかなんて分からない……それならアランの言う通り、早く行動できる方が正解かもしれない」


 なんやかんや、こういう時に冷静に意見を仲裁してくれるのはエルだ。それに、少女たちは全員とも自分を信頼してくれているようには感じるが、こと俺自身がやりたいことに関しては、エルが常に後押しをしてくれている印象がある――エルは二人をたしなめて後、もう一度コップをあおぎ、自分の方を見つめてきた。


「ただし、危険と判断したらすぐに退いてきなさい。楽観的に言うのなら、案内人だってその辺で道草を食っているだけかもしれないし、逆に悲観的に言うのならもう死んでいる可能性だってある。そんな不確定が多い中で、勇者が命を掛ける必要はないのだから」

「あぁ、肝に銘じておくよ」

「はぁ……アナタの肝に銘じておくほど、軽い言葉は無いわね……大体忠告を無視するんだから、ソフィアとクラウも心配するのよ?」


 別に忠告を無視などしていない。ただ、忠告を守っていられないケースがままあるだけだ――その言葉を喉の奥に飲み込む傍らで、クラウが鞄から何個か試験官を出してこちらに渡してくれた。


「こんな風に見送るのも二度目ですか……まぁ、冷静に考えれば魔族の本拠地を視察に行くよりは安全そうですしね。ともかく、これで貸し一つですからね?」

「あぁ、きちんと熨斗のしをつけて返すまでは這ってでも帰ってくるさ」

「のし……?」


 聞きなれない言葉だったのだろう、クラウは首をかしげた。冷静に考えれば、自分も熨斗とか良く分かっていないな――などと思いつつ、今度は隣に座る最難関の方を見てみる。案の定、准将殿は伏し目がちにテーブルの木目をなぞっている。


「……行ってらっしゃい、アランさん」

「いや、全然不服ですって雰囲気なんだが?」

「不服だよ! でも、次にこういうことがあったら、きちんとアランさんを信じるって決めてたから……」


 上目がちに唇を尖らせるソフィアを見ると、なんだか申し訳ない気持ちが溢れてくるのだが。とはいえ、信じてくれると言っているのだし、ここは素直に彼女の厚意に甘えることにしよう。


「それじゃあ、また元気にお迎えしてくれ」

「うん……もう一回、行ってらっしゃい、アランさん」


 微笑みを浮かべるソフィアに手を振り、ギルドのスウィングドアを開けて砂漠の街の大路に出る。太陽は真上に位置しており、まだまだ気温も高い中、速足で第二十七号遺跡へと向かうことにした。 

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