6-9:砂漠の街 上
南大陸の玄関口に当たるアレクスの街に到着するころには、暦の上では春先になっていた。しかし、緯度の低いこの街では春という季節を通り越し、夏日に感じられるような暑さとなっている。
「暑いねぇ……」
「暑いわね……」
自分の後ろから、二人の声が上がった。一つはソフィアのモノで、もう一つはエルのモノだ。普段は街中や街道ではエルが先導しているものなのだが、この暑さにやられて珍しくばてているようだった。
「そんなに黒いのを纏ってるからだ。せめて上着を脱いだらどうだ?」
「そうね……ギルドに着いたら脱ぐことにするわ」
確かに、エルの場合はブレストプレートを着けているので、道すがらでは脱ぎにくいか。幸い、距離はそこまでではないみたいだから、もう少し我慢してもらっても問題ないだろう。
「……アランさんは、結構余裕そうだね?」
「そうね……アナタも結構厚着をしているのに」
後ろの二人が顔に汗を浮かべながらそんなことを言ってきた。確かに暑いことは間違いないが、カラッとした暑さのせいか不快感もないし、また袖が日を避けてくれるので、快適とは言わないまでも問題ない程度の暑さともいえる。
「そうだなぁ……多分故郷はもっと暑かったんだろう」
「ひっ……アランさんの故郷は、過酷だったんだね……」
単純に夏は多湿だから体感温度が高かったという話なのだが――ともかく、これよりも暑いというのがなかなか想像できなかったのだろう、ソフィアは小さく悲鳴をあげていた。そもそも、エルやソフィアの故郷はそこそこ緯度の高い所にあるし、故郷を離れても向かう先が更に極致に近い暗黒大陸だったのだから、寒さには強くても暑さには弱いのも頷ける。
さて、改めて街中に視線を戻すと、アレクスの街はエスニックな雰囲気――異国情緒漂う街並みになっている。赤茶けた日干し煉瓦の建物が立ち並び、メインストリートは日除け用の布が頭上に張られている。地上には露店が並んで活気もあるが、規模間としては海都ジーノにやや劣るといった印象だ。
「アレクスの街は南大陸の玄関口にして、沿岸での農産物やドワーフやエルフの特産品を集めてレムリア大陸と交易をしています。南大陸の大部分は人が住むには過酷な環境なので、全体の発展具合はレムリアには及びませんが、それでもこの街の商業はかなり発達してると言えますね」
珍しく、街中を歩くのに横に並んでいるクラウが自分に解説をしてくれた。船の中でも思ったのだが、恐らく彼女の育ったジーノ周辺がエルやソフィアが住んで居た場所や暗黒大陸と比べて温暖な場所にあるおかげで、少女たちの中ではクラウが最も暑さに強いのだろう。その証拠に唯一余裕そうな顔をしている。
「なんだ詳しいな」
「まぁ、物理的な距離は遠くても、ジーノと繋がりが強い場所でもありますし、私も教会で結構勉強してましたので、一般教養は割とある方なんですよ? それに……いつも解説してくれる二人がばててますから」
確かに、地理系は割とエルやソフィアから解説を受けることが多かったようにも思う。普段の講師役の二人の方へと改めて振り返ると、とくにエルの方が俯きがちで少しヤバそうだ。
「エル、もう少しで着くから頑張れ」
「え、えぇ……」
「……クラウ、エルに肩を貸してやってくれないか?」
「そうですね……さ、エルさん」
クラウがエルに肩を貸して数分歩くと、アレクスの街の冒険者ギルドに到着した。ギルドの内部はレヴァルの物と似たような構造をしており――すぐに食堂の方でソフィアとエルを休ませ、その介抱にクラウが付きそう。その間に、自分はここに来た役割を果たすため、受付の方へと向かった。
「えぇっと、こちらアラン・スミスだ……ドワーフの街への案内役が、こっちで待機しているって聞いて来たんだが……」
「アナタが十人目の勇者ですか? 一応、証拠を見せてほしいのですが」
「あぁ、了解だ」
ポケットの中から、旅立つ前に渡された王からの封書を取り出して受付の女性に渡す。しかし女性は封筒を見るだけで、中身を見ることなく自分に封書を返した。
「はい、確認いたしました」
「中身は見なくていいのか?」
「はい、封にされている玉璽が本物ですから……それで、案内役なのですが、実は二日前から消息が不明なんです」
「……はぁ? どういうことだ?」
ドワーフの街への入口は、ドワーフにしか分からないようになっているらしい。そのため案内人が必須だとか。以前に行ったことのあるアガタかアレイスター、テレサの誰かが居れば良かったのだが、彼女らにも各々事情があるので、アレクスの街でドワーフの案内人を手配することになっていたのだ。
「案内人のシモン・ヒュペリオンはこの街で生計を立てているドワーフなのですが……二日前に砂漠にある遺跡、第二十七号に行ってくると言って、その後に消息を断ちました。往復半日程度で戻ってこれるので、勇者の案内には支障が無いと言っていたのですが……未だ帰ってきていないんです」
「なるほどな。その遺跡って危険な場所なのか? もしくは、行くまでに危険があるとか」
「遺跡そのものは危険な場所ではありません。神話時代の建造物と言われてますが、ただの巨石群です。しかし、道中の砂漠には数こそ多くないものの、魔獣が生息しているので……」
「はぁ……食われてなきゃいいが……ちなみに、遺跡までは迷わずに行けるか?」
「えぇっと……救助に行かれるのですか?」
「あぁ、そうしようと思ってる」
他の案内人を頼むのも考えたが、往復半日の距離で二日戻っていないのなら、そのシモンとやらの命の危険が考えられる。今更助けに行ったところで遅いかもしれないし、何なら行き違いで戻ってくるかもしれないのだが、もしまだ渦中におり誰かの助けを待っているという可能性があるのなら、そこには手を差し伸べるべきだろう。




