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6-8:最後の預言について 下

「哲学的な質問だな……最後の預言に関わるのか?」

「はい、その通りです」

「分からないな……教えてくれ」

「はい。苦しみの源泉、それは肉の檻……つまり肉体だと聖典には定義されているんです」


 クラウは自分の胸元に手を置いて一息つく。相変わらず、どこか清廉な雰囲気を纏っており――これも間違いなく彼女の一面、そう思いながら筆を走らせる。対して、クラウはこちらが絵を進めているのを少しだけ見守り、再び口を開いた。


「……人が空腹を覚えるのは何故か、ケガをして痛みを覚えるのは何故か、それは肉体があるからです。物理的な苦しみだけでなく、精神的な苦痛も肉体があるからこそ……人が死に怯えるのは、肉体が朽ちるのが恐ろしいから。自分と何者かを比べて劣等感を覚えるのは、身体能力や容姿に差があるからです。苦しみの源泉は、人の魂が肉の檻にあるからこそなんですよ」

「……一理あるな」


 肉体があるから生存本能があり、肉体が持つ本能と社会性と衝突を起こすから人は自己の在り方に悩まされる、とも言えるのかもしれない。だから、肉体なんぞなければ人は苦しまない――まぁ、子供じみた極論にも感じるが、極論だからこそあながち間違いでもないだろう。


 思考が先行しているせいか、なんだか筆が止まってしまった。仕方なしに背景などを仕上げつつ、こちらも返答をすることにする。


「……それじゃあ何か、人々の魂が救済されるっていうのは、すなわち人々の魂が肉体から解放されると、そんな感じか?」

「はい、その通りです。肉体の檻から解放された人々の魂は……主神が復活なされるより以前に生きた人々も合わせて、輪廻の輪から解き放たれ、魂だけの存在になります。そうなれば、肉体が生み出した苦しみから人々は解放され、人々は永遠の安寧を得ることになるのです」

「……君はどう思うんだ? クラウディア」


 なんとなしにだが、そう質問したくなった。クラウという人格だけでなく、その奥にある魂まで含めて――自分の質問の真意を掴みかねているのか、それとも呼び名が変わったせいなのか、先ほどまでの厳かな雰囲気が鳴りを潜め、少女は少々慌てた様子の表情を浮かべていた。


「え、えぇと……どうっていうのは?」

「肉の檻から解放されるのが、本当に永遠の安寧と言えるか……いや違うな、君は肉の檻から解放されたいのか」

「……私は、それが正しいと思って生きてきました。ですから、そう簡単に意見を変える気はありません」


 その答えは、半分期待していたし、半分は期待していなかったものだ。彼女の宗教観から言えば、変にそこを曲げられるのも彼女らしくない気もする。同時に、なぜ彼女の信心が自分を残念な気持ちにさせたのかを考えてみる。


 答えはすぐに出た。きっと自分は、肉体があってこその人間だと思っているからだろう。別に苦しい思いをしたいわけではないが、同時にそれがあるから――生きようとか、より良くしようとか、そんな力が沸いてくる気がするのだ。


 要はそこに関する認識が彼女と自分でずれていたことが、残念に思った原因だろう。とはいえ、彼女の信仰を否定する気もないので、別に良い――そう言おうと思ったら、クラウの方から「ですが」と声が上がった。


「……こうやって絵を描いてもらってドキドキするのも、体があってのことですから……そういう意味では、肉体の檻から解放されるっていうのも、今はちょっともったいないって思います」


 声につられて彼女を見ると、ポーズは先ほどのままだが、表情ははにかむように柔らかい――ちょうど良い角度で日が指したのか、船内が明るくなり、それが彼女の顔を照らしていた。


 欲しかった色が目の前に現れた感覚に陥り、再び絵の中の彼女の肌を色塗りしていく。


「……うぉ、アラン君!? なんか集中してますね!?」

「あぁ、ちょっと待ってくれ……」


 この感覚を逃さないようにするために、あとは一心不乱に絵の方へと注力し――筆を置き、完成させた絵をクラウの方へと向けた。


「出来たぞ!」

「ほ、ほぉ……どれどれ……?」


 クラウは自分の手元をじっと見つめ――しかし自分の肖像を見続けるのが恥ずかしいのか視線を外した。だが、その後も見たり視線を外したりを続けている。口元を見る限り、残念がっている感じではなさそうだ。


「描きなれてきたおかげかな、結構良い感じにできたと思うんだ。どうだ?」

「え、えぇっと……はい、良く描けてると思いますよ?」

「具体的に、どの辺が?」


 実際、本当は自分が描いたものだから詳しく論評を聞きたい。エルの時は自信が無かったし、ソフィアの時は絶妙なリアクションをされたので意見を聞けなかったが、本当はもう少し具体的な感想を聞きたかったのだ。


 身を乗り出して意見を待つが、クラウはしばらく視線を泳がせて「あー、うー」と呻いている。


「あの、その……いや、恥ずかしいですって!」

「そうか……?」


 いったん描き上げた絵を自分の方に向けて眺めてみる。そこには少し物憂げな表情で紙面に向かう、自分の描き上げたクラウディア・アリギエーリが佇んでいる。描き上げた物と本物を何度か見比べて出てきた印象は――。


「……本物より真面目そうに描いちゃったな」


 そう、普段の図々しさが鳴りを潜め、なんだか清楚なってしまった感は否めない。とはいえ、日の光で出したコントラストが良い塩梅に厳かな雰囲気との対比になっており、クラウの本来持つ快活さも出せている気もする。


 ともかく、色付けは自分から見て良い出来であり、それが自信に繋がっていたのかもしれない。そう自分で結論を出したのだが、完成した絵の向こう側で、本物が頬を膨らませているのが眼に入った。


「……もう! 私のことを何だと思ってるんですか!?」

「……変な奴?」

「がくー!! 誰かさんのために設計したり、神話のお話したり、こんな健気な美少女を捕まえて変な奴とは!!」


 がくー、という言葉に合わせてクラウは机に突っ伏した。確かに、自分のためにあれこれしてくれている相手に変な奴は失礼だったかもしれない。


「いやすまん……しかし、普段から美少女自称してるんだ、今更自画像を見て恥ずかしがるもないんじゃないか?」

「それとこれとは話が別なんですよぅ……」


 机に突っ伏したまま話しているので、クラウの声は聞き取りにくい。少しして、腕から額を離し、クラウは眼だけをこちらに向けてくる。


「……それで、最後の預言についてはもう大丈夫ですか?」

「あぁ、問題ない。ありがとうクラウ」


 結局、預言としてはありきたりな感じであるものの、べスターの言っていたことと肉体の檻から解放されるという内容が一致している感じがするので、七柱の狙いに関する自分の予測は概ね当たっていただろうという検討はついた。


「ふぅ……その顔」

「……うん?」

「アラン君が一人で考え込んでいる時の顔です。正直、それはあんまり好きではありません……もうちょっと、私たちのことを頼ってくれても良いんじゃないですか?」


 そう言いながら、クラウは腕を枕にしたまま窓の外の方へ顔を向けた。


「……結構頼ってるつもりなんだがな」

「それは残念、互いの認識に齟齬があるようで……」

「すり合わせられるように善処するよ。それで、コイツはどうする?」


 机の上に完成した絵を置き、腕の近くまで押し出す様に移動させると、クラウは顔を上げてその絵を自分の方へと引き寄せた。


「……これは講義代として受け取っておきます」


 クラウは再び視線を落とし、絵の中の自分をじっくりと見つめ――結構気に入ってくれたのだろう、先ほどまでの不機嫌な雰囲気は落ち着き、またはにかむように笑ってくれた。

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