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6-7:最後の預言について 上

「……なんだか最近、ソフィアがお前に似てきた気がするんだ」


 そう声をかけると、船内の食堂で何やら机に向かって作業をしているクラウは気だるそうに顔を上げた。


「はぁ……それに何か問題でも?」

「いや、概ねは問題ないんだが……口が悪くなるのだけはいただけないなと思ってな。それで釘を刺しに来たんだ」

「それはきっと大丈夫ですよ。タフな誰かさんにしか、ソフィアちゃんも変なことを言わないでしょうし」


 タフな誰かさんとは恐らく自分のことか。しかし、いつまでも心はガラスの十代のつもりなので、あまり口が悪くなるのはいただけないのだが――いや、別にソフィアから来る皮肉なら可愛いものだし良いかもしれない、この緑に比べたら何倍も可愛いのだから。


 ともかく、クラウはまたすぐに視線を落とし作業を再開したようだ。


「……ところで、何をしてるんだ?」

「タフな誰かさんのために、武器を改良しようかと思いまして」

「お、もしかしてこいつのことか?」


 ベルトに繋げている手甲を見せるように体を捻ると、クラウは頷いた。


「えぇ、いつまでも試作型っていうのもちょっと違うかなと思いまして」

「いやまぁ、改良してくれるっていうのならありがたいが……ちなみに、どんな方向性で?」

「そうですね、威力に関してはある程度は問題ないと思ってます。私はセブンスって子をまだ見てないですが、それでもゲンブ一派はみんな人型ですし、そもそも七聖結界を使うゲンブだけはちょっと武器を改良したくらいじゃ抜けないと思うので。その他の三人を倒せる、または打ち合って負けないくらいの火力があればいいですよね?」

「あぁ、そうだな」

「なので、やるなら連射力とか、継続利用を可能にするとか、そっち方面かなと……とくに、同じADAMsを使うT3との戦闘においては、再装填は手間でしょうし……」

「確かに……クラウのいう通りだ」


 試作品を作ってくれた時もそうだが、クラウは実戦での自分の立ち回りや、やりたいことを先回りして色々と考えてくれている。実際、T3やホークウィンドと戦うなら短剣や手斧以上の火力は欲しいし、それが打ち杭だとしても現状のモノだと再装填の隙をどれだけ消せるかがポイントになる。


「うん、アラン君の欲しいものとズレてなくて良かったです。ただ、理論はある程度は固まって来てるんですが、それを細工できるだけの設備も部品も足らないんですよね……」

「まぁ、船の中で鋳造なんかは出来ないしな」

「ですねぇ……そうじゃなしにしても、この理論でいけるか、もう少し考えてみないと……」


 そう言いながら、クラウは羊皮紙の上にツラツラと筆を走らせている。窓から差し込む日の光が彼女を照らし、また吹く風が髪を揺らしている――黙っていればよく彼女自身が言っている通り抜群に美少女だなと、なんとなく彼女の所作に見惚れてしまう。


 ソフィアをモデルにしてから数日経っており、南へと向かう線上はまた気温を上げている。そのためクラウは外套を脱いでるのだが、そのおかげもあってか妙に色っぽくも見える。


 そんなこんなでしばらくクラウを見つめていたのだが、ふとクラウは顔は下に向けたまま、視線だけこちらに向けて口を開く。


「……描いてくれないんです?」

「……うん?」

「えぇっと、その……なんでもないです」


 クラウは小さく首を振ると、再び机に視線を落とした。しかし、先日からの文脈で描いてくれないかということなのなら、恐らくは絵のモデルのことを指しているのだろう。


 自分からモデルになりたいと思ってくれているのならありがたいことだが、同時に中々クラウの方からは言い出せない気持ちも分かる。とはいえこちらとしても見惚れていたくらいなので、描かせてくれるというのならありがたい限り――むしろこちらからお願いして丁度いいくらいだろう。


「なぁ、クラウ」

「……なんでしょう?」

「モデルになってもらっていいか?」

「うぐっ……なんだか催促しちゃったみたいで恥ずかしいから、素直に良いですよ、とも言いにくいんですが……」

「頼む!!」


 額の前で大きく手を合わせると、クラウは微笑を浮かべながら小さくため息をついた。


「ふぅ……ごめんなさい、アラン君に気を使わせちゃいましたね。でも正直に言えば、私だけ描いてもらってないのも寂しいじゃないですか? なので、描いてほしかったのが本音です」

「いや、てっきりじろじろ見るなと文句言われるかと思ってな」

「そう言いながら、さっきじろじろ見てたじゃないですか……えと、ともかくお願いします。どこか移動したり、ポーズ取ったりしたほうが良いですかね?」

「いや、そのままで良いぞ。机に向かってる姿が綺麗で良かったからな……それじゃあ、画材を取ってくるから、少し待っててくれ」

「あっ……はい、行ってらっしゃい」


 呆気にとられたような表情のクラウを後に、自室に画材を取りに戻る。あまり待たせると悪いので、少々小走り気味に移動し、再び食堂に戻った時には、クラウは窓に向かって何やら自身の髪をいじっているようだった。恐らく彼女が見つめているガラスに自分の姿が写り込んで気付いたのだろう、クラウの驚いた顔がこちらからもガラスに映ったのが見えた。


「……ふぁ!? アラン君、早くないですか!?」

「いや、あんまり待たせるのも悪いと思ってな、ちゃちゃっと移動してきたんだが……」

「もう、もっとゆっくりでよかったのに……ごほん、それじゃあ、お互いに始めましょうか」


 その言葉を皮切りに、対面になりながら座席に着き、互いに作業を始める。エルやソフィアの時は彼女ら自身はじっとしてもらっていたので会話も多かったが、今回は互いに作業をしているので静かに時が進む。


「……ソフィアちゃん、部屋で何度もアラン君の絵を見てるんですよ」

「へぇ、嬉しいけど、なんだかそれも気恥ずかしいな……」


 時おり、こんな世間話が挟まれる。


「あと、アラン君はうわの空で覚えていないと思うので、もう一度ちょっと言っておきますね。ティアのことなんですが……ホークウィンドとの戦闘以来、神聖魔法の行使に違和感があるらしいです」

「おっと……なんか言っていた気がするな。大丈夫なのか?」

「はい、違和感があるだけで、問題なく使えるみたいですし……ただ、私がルーナ神の加護を取り戻しましたし、なるべく私の方で頑張りたいなと」


 そう言いながら、クラウは手を止めて二の腕で力こぶを作るポーズをしてみせた。だが、すぐに机の上に突っ伏してしまう。


「……でも、ホークウィンドとゲンブは畏敬を使ってくるから、私じゃ対処できないんですけど……」

「まぁ、T3とセブンスは畏敬を使ってこなかったし、魔獣や魔族との戦闘もあるだろうからな。頼りにしてるぞ、クラウ」

「ふふ、フォローありがとうございます……お任せください」


 微笑む少女の顔がインスピレーションを刺激し、再び絵の方へと集中する。しばらくしてまた少し集中が切れたタイミングで、今度はこちらから会話を切り出すことにする。


「そう言えば、ソフィアから聞いたんだが、十人目の勇者って特別なんだってな」

「えぇ、最後の預言によれば、ですが……ソフィアちゃんから詳しくは聞いてないんですか?」

「あぁ、預言については、クラウの方が詳しいだろうからって。良かったら、最後の預言について教えてくれないか?」

「えぇ、良いですよ……とはいえ作業しながらなので、分かりやすく説明できないかもですが」

「まぁ、それは俺も同じだな。絵を描きながらだから、良い生徒になれるか分からん」

「ふふ、そうかもしれないですね……それじゃあ、ながらで聞いてください……ごほん、最後の預言書によれば、三千年期の終わりに、十度目の魔王復活に合わせて、邪神ティグリスも同様に復活すると言われています」

「その辺りはソフィアからも聞いたな。主神が目覚めて、魔王と邪神が復活できないようにするとかなんとか」

「そうですね、概ねのあらすじはその通りです」

「とはいえ、さわりしか聞かなかったからな。もう少し詳しく聞いてみたい」


 恐らく、七柱が惑星レムに移動してきた理由が、その辺りに隠されているように思う。奴らはなぜ、この惑星を人の住める環境にして箱庭を作ったのか。べスターの話を勘定すれば、恐らくはこの世界の住民を利用して、旧世界で実現できなかった高次元存在の降臨を成そうとしてるのだろうが――その辺りの答えが最後の預言に隠されているのではないか。


 こちらは自然とモデルを見る形になるのに対し、本来ならクラウは手元を見ているはず――とはいえ、結局はなるべく分かりやすく説明してくれようとしているのだろう、クラウはペンを唇に当てながら、視線も浮かせて考え込んでいるようだった。


「……最後の預言によれば、十人目の勇者が降り立ち、魔王と戦おうとするその時に、邪神ティグリスが復活すると言われています。本来なら、魔王だけでも大変な相手……というのは、実際に対峙したアラン君なら分かると思いますが」

「あぁ、そうだな」


 封印すること自体は出来たし、こうやって生き残れもしたのだが、この世界の最高の実力を持つ六人と、異世界の勇者と聖剣、ADAMsがあって優勢ではあったものの、ブラッドベリは一対八をこなしていたのだ。やはりその力は凄まじいものがある。


 魔王に付随して、それ以上の存在が出て来れば、勇者だけでは太刀打ちできないのも頷ける――しかし、邪神ティグリスなんていうものは本当に寓話で、七柱が造り上げた虚構だろうから、恐らく最後の預言の中で重要なのは邪神の存在ではなく、それ以外の部分だ。


「……それで、勇者は負けるのか?」

「いいえ、邪神と戦う勇者という希望が、レムリアの民による三千年の祈りに呼応し、主神が降臨なさるのです。

 主神は光の巨人の姿でこの世界に現れ、七柱の創造神たちと共に邪神ティグリスと最後の聖戦が行われます……天で神が、地で人がそれぞれ勝利を収め、邪神ティグリスの加護を失った魔王もその不死身の肉体を失い、永久の敵対者がこの世界からいなくなるのです」


 今の話の中で、気になるワードが一つある。それは、光の巨人だ。ただ邪神を倒すだけなら、わざわざ姿を形容する必要もないような――もちろん、なんとなくイメージが着きやすいように適当につけた設定かもしれないが、なんとなくだが何か重要な意味を持つように思われる。


 とはいえ、それ以外はありきたりな作り話みたいだ。もう少し後の方まで話を聞いてみたい――絵を進めながら質問してみることにする。


「……なるほど。しかし、それだと勝っただけだよな? それとも、邪神とか魔族っていう敵対者が居なくなるっていうのが、永遠の楽園ってことなのか?」

「いいえ。以前にも言ったように、主神の目的は生きとし生けるものの救済……邪神を倒して後、主神の加護がレムに生きる全ての人に……人類やドワーフ、エルフなど、邪悪と戦っていた全ての者たちが苦しみから解き放たれ、永遠の安寧を得るとのことです」

「苦しみから解き放たれる、ねぇ……抽象的だな」

「えぇ、確かに苦しみという言葉自体は、凄く曖昧です……しかしアラン君、苦しみの根源ってなんだと思いますか?」


 絵を描く手を止め、質問を投げかけてきたクラウを見ると、彼女もまた手を止めて、感情の読めない表情でこちらをじっと見ている――稀に感じる彼女の一つの側面、宗教者としての真摯な信仰が、今の彼女の表情に現れているようだった。

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