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6-6:十人目の勇者について 下

「うん、私も色々と考え事してたから……」

「へぇ、何について考えてたんだ?」

「そうだなぁ……ほんとに色々なんだけれど……たとえば、次にセブンスと対峙したときに、どうすれば勝てるのか、とか」


 ソフィアの表情は穏やかそのものだが、口から出てきた言葉は結構物騒だった。しかし――。


「……アランさんはこう考えている。セブンスやT3、ホークウィンドが出てきたら、自分が戦えばいいって……確かにアランさんなら一対一ならあの人たちに勝てると思うけれど、でも、複数人が同時に掛かってきたら?」

「それは……」

「それだけじゃないよ。時計塔を砕いた一撃……あれは多分、セブンスの剣から放たれたもの。アランさんは城内に居て見れなかったかもしれないけど、私は学院に向かっている途中で見たんだ。

 アレは、聖剣レヴァンテインのマルドゥークゲイザーと同じか……それ以上の一撃だった。超遠距離からのあの一撃は、いくらアランさんでも発射されるまで気配を察知できないし、仮に察知できても近づくのも難しいと思うんだ」


 確かに、セブンスが持っていた剣はレヴァンテインに似ていると思った。この世界で最も安全と言われていた時計塔を吹き飛ばすほどの一撃が、あの機械仕掛けの剣から放たれるというのなら、それは確かに自分の手には負えないかもしれない。


「それに本当はね、私はアランさんに戦ってほしくないんだよ。だって戦うと、無茶ばっかりするんだもん……出会った頃が懐かしいなぁ」


 言われてみれば、出会った当初は少女たちに頼りきりだった。気が付けば、なんでも自分で背負いこみすぎてたと反省もしつつ――同時に、この世界の歪みを認知できない少女達を護るのであるならば、多少は自分が無理をしないといけないのも確かなことだ。


 そう思ってまた紙から眼を放して顔を上げると、ソフィアは変わらず、こちらに対して穏かな笑顔を向けてくれていた。


「ともかく、ゲンブたちが一斉に掛かってきたときのことを考えれば、私やエルさん、クラウさんだってあの人たちと五分以上に渡り合っていかないといけない。だから、一度対峙したあの子と、どう戦えばいいかなって考えておかなきゃいけないんだ」

「言い分は分かるんだが……それでも、セブンスは接近戦も鬼の様に強いし、何より魔術を無力化してきただろう? そもそも、前衛が魔術師を護って戦うのが……」

「定石、が通じる相手じゃないと思うな」


 先ほどから思考を先回りされた挙句、ことごとくもっともな理由で自分の意見は否定されてしまっている。しかし、不快感はない。少女が終始穏かな調子で喋っているのもあるが、ソフィアはこちらの気持ちを否定しているわけではなく、諸々考えた上でより良い答えを出そうとしていると感じるから。


「……足を引っ張り続けてる私が言っても、アランさんには安心してもらえないかもしれないけど。でも、次は負けないよ!」

「えぇっと、こんな風に聞くのも失礼かもだが……具体的な算段は?」

「えへへ、ごめんなさい。それはまだないんだけど……それに、グロリアスケインも直さないといけないし……」


 そう言えば、セブンスとの戦闘で斬られた魔術杖は、修理しないまま荷物になっている。出発を急いだこともあるのだが、そもそも機械系統はドワーフが上手いということもあり、現状では予備の杖を代わりに持っている形だ。


「それでも、きっと活路を見出して見出す。うぅん、見出してみせる。あの子は、私を見た。私もあの子を見た……そこに隙と勝機があるはずだから」


 そこで一旦会話が途切れ、ちょうど下書きも終わった。そのまま絵具の準備をして色を紙に載せ始め、またしばらくしてからソフィアがそっと口を開く。


「……アランさん、私ね。ちょっと寂しいんだ」

「うん?」

「アランさんが、十人目の勇者になったこと……もちろん、アランさんが一番複雑にとらえていると思うけど、私としても……尊敬する人が勇者になって嬉しい様な、大変な思いをさせて申し訳ない様な……でもね、一番はやっぱり寂しいの」


 なんとなく、こんな会話を最近したことがあった気がする。アレは、王都で祭りを回っている時だったか、確か――。


「……皆のアランさんになっちゃったから?」


 自分の記憶に間違いはなかったようで、ソフィアはこくんと頷き、そのまま目を伏せてしまう。


「いやぁ、成り行きでなっただけさ。元々、勇者なんて柄じゃないし……それに皆のなんて、品行方正でいないといけなそうだから窮屈そうだ」

「ふふ、確かにそう言うのはアランさんには向いてなさそうだね。でも……」


 そこでソフィアは顔をあげて、またじっとこちらを見つめてくる――また先ほどの様に口元には微笑を浮かべながら。


「アナタの強さを、この世界で一番最初に見出したのは私だから。そして、これからも……アナタが駆け抜けていくのを一番側で見届けるのは私だから。それは、誰にも譲らないよ」


 穏やかな表情は変わらないのに、瞳の力が強くて少し圧倒されてしまう――いや、これは気恥ずかしいのか、ともかく逃げるように視線を絵に戻す。


「……はは、そう真っすぐに見つめられると照れるな……しかしそんな見られてるんなら、やっぱり変なことは出来ないな」

「うぅん、アランさんはいつも通りで良いの。ちょっとダメな所も合わせてアランさんだから」

「え、俺ってソフィアにちょっとダメって思われてたのか!?」


 エルやクラウにダメと思われているのは自覚していたが、真面目なソフィアにダメと思われているとなれば、それは少々ショックなのだが――というか、ちょっとダメという表現が普通にダメよりなんだかダメそうで、よりショックが大きい。


「ごめんね、言い換えるよ……親しみやすい所があってのアランさんだから?」

「婉曲表現になっただけで、本音のところは変わっていなさそうだが……」

「もう、細かいことはいいの! それより、絵の方はどうかな?」


 細かいことはいい、とかいうソフィアの話の持って行き方が年上の二人、主に緑に似てきた気がする。いたいけな少女の教育に良くないから、自主規制するように後できつく言いつけておこう――そう思いながら絵を改めて確認すると、いつのまにか直に完成というところまで筆が進んでいた。


「あぁ、終わりそうだ……もう少し待っててくれ」

「うん!」


 大きく頷く少女の顔に、大輪のような笑顔の花が咲く。そう、自分が欲しかったのはこの色だ――先ほどの大人っぽい微笑みも良かったが、自分がこの絵に込めたかったのは多分こちらなのだ。少し黙って集中し、今の感覚をそのまま筆に乗せて最後の仕上げを行う。


 筆を置いて、完成した絵をまず自分で眺める。完全に満足しているわけではないが、ひとまずこれが今の自分の精一杯――そう思い、絵をカンバスから外し、少女の方へと向けて見せる。


「……どうかな?」


 完成した絵を、ソフィアは迷うことなく――エルは恐る恐るという感じだったのでそれとは正反対だ――見て、少しして口元に指を当てながら「なるほど……」と小さくつぶやいた。


「えぇっと、ご満足いただけてないみたいで……?」

「うぅん! そんなことないよ! 満足してないのはアランさんの絵にじゃなくて、モデルにだから」

「いやいや、俺からしてみたら最高のモデルだったぞ?」


 実際、美少女一人を長時間拘束して絵を描くなんて、前世基準で言ったら警察案件だ。ともかく、最高のモデルという言葉を受けてソフィアは再び絵をじっと覗き込み、はにかむように笑った。


「ふふ、ありがとう……うん、今はまだ、これでいいかな……ねぇアランさん、この絵はもらっても?」

「あぁ、構わないぞ」

「うん、これも大切にするね」


 ソフィア・オーウェルは描いた絵を大事に層に抱え、空いた手で黒いリボンを指でなぞりながら、また大人っぽく微笑を浮かべていた。

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