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6-5:十人目の勇者について 上

 エルの肖像画を描いた翌日、早速ソフィアを描くことになった。場所は甲板の階段部分を指定し、そこに腰かけている少女を描くことにした。なんとなくだが、ちょこんと座っているほうが彼女の可愛らしさを引き出せると思ったからだ。


 緯度が下がってきているせいか――厳密に言えば、この星の赤道に近づいてきているせいか、気温も高くなってきている。もちろん、冬にかけてのレムリア大陸横断の旅でちょうど冬も終わりに近づいてきている影響もあるのだろうが、ともかく外套など着ていれば少々汗ばむ程度、それでも着こまなければ海風が気持ち良いくらいで、ソフィアは厚手のコートを脱いでモデルになってくれている。


「それじゃあアランさん、よろしくお願いします」


 そう深々と礼をするソフィアに「こちらこそ」と返し、まずは下書きをするべく、モデルを観察しながら木炭を走らす――しかし、少女が大きな瞳でこちらをじっとこちらを見つめてきているせいか、むしろこちらが少々緊張してしまっている状態だ。


「……そんなにじっと見て、俺が絵を描いてるのが面白い?」

「面白いというか、興味深いというか……見られているとやりにくいかな?」

「まぁ、こう対面の構図だったら、そりゃ視線も自然とこちらを向くことになるだろうし……」


 それに、この絵を見る時に、絵の中の少女と目が合うような絵も面白いとも思う。折角の綺麗な碧眼を、この絵の中に閉じ込めてみたい――そんな気持ちもあるのは間違いないのだ。


「……アランさん?」

「いや、ともかくそのままで大丈夫だ。ただ、そうだな……少し話でもするか。ソフィアも退屈だろ?」

「退屈なんてことはないけれど……お話するのは賛成だよ! 何についてお話しようか?」

「そうだなぁ……しりとりでもするか?」

「それはお話じゃないと思うよ! もう、アランさんはそればっかりなんだから……」


 こちらのジョークがお気に召さなかったのか、ソフィアは頬を膨らませながらこちらを見ている。そうそう、その顔も好きなんだが――とはいうものの、ソフィアはすぐに頬を引っ込め、少々真面目な顔つきになる。


「……それじゃあ、十人目の勇者について少しお話しようよ」

「ふむ……? 単純に、一から数えて十番目って意味なんじゃないのか?」

「うぅん……十人目の勇者は、この惑星レムにおいて、凄く特別な意味を持つんだ」

「なるほど……文字通りに他人事じゃないからな。良かったら教えてくれ」

「うん! えぇっと……」


 どう話すのが理解しやすいか、彼女なりに整理をしているのだろう――おかげで少女の熱烈な視線が少し弱まり、おかげで絵の方に集中できるようになった。


「十人目の勇者は、この世界における最後の勇者って言われてるの」

「ほぅ……そりゃまたなんで?」

「十人目の勇者が現れた後に、レムリアの民の祈りが主神に届いて、この世界が楽園に変わると言われているから」

「……もうちょっと詳しく教えてくれるか?」

「うん……最後の預言については、クラウさんの方が誤解なく説明できるかもだけど。ひとまず、私の方で分かる範囲でお話するね。

 十度目に復活した魔王が邪神ティグリスを呼び出してしまうんだけれど、同時に人々の祈りが主神に届いて、この世界に主神が降臨されるの。そして十人目の勇者と共に七柱の創造神たちが主神のお力を借りて、魔王と邪神を二度と復活できない様に討ち滅ぼすと言われているんだ」


 そのような預言があるというのは、どういうことか――筆を進めながら考えてみる。魔王の復活は三百年周期で行われているから、三千年期の終わりに何かが起こると、七柱たちは想定していたのかもしれない。


「なるほどな……でも、その原理で言えば、十人目の勇者が重要な訳じゃない。十回目の魔王復活がターニングポイントになるって話だろ?」

「それはそうだね……」

「そうそう、だから俺はイレギュラーな勇者、というか代打だな」


 自分の仮説が正しいとするならだが、時間的な要素が重要ならば、自分の勇者という立場はそう重要ではない――恐らくは、民衆の不安を払しょくするのに勇者という肩書を用意した、それだけの話なのだから。


 だが、そこまで考えているうちに、自分の仮説に急に自信が持てなくなってきた。それなら、異世界の勇者という肩書を自分に付すこともなかったのではないか? 自分が十人目になって、次の魔王征伐で十一人目を用意するのなら、預言が外れたということになってしまう――それは、教会の威信に関わることになる。


 ふと視線をあげると、ソフィアはこちらをじっと見つめて小さく頷いた。


「うん……でも、預言に近づいている感じはあるんだ。今までの魔王征伐には現れなかった古の神々が急に現れて、邪神を復活させようと企んでいるし……」

「ゲンブたちの狙いが邪神の復活とは限らないじゃないか。というかゲンブ自身が言っていたことを鵜呑みにするなら、アイツらの狙いは旧世界でやられたことに関する復讐だ。だから、なんとなく教会が邪神復活だとか言っているだけで、実際はどうだか……」


 そこまで話して違和感に気づく。先日、エルに話そうとした時にはレムに止められたのに、今回は普通に話せている。話す相手が問題なのか――というより、T3の件は教会の暗部に直接触れざるを得ないのに対し、これは既に目的を明言しているゲンブの言葉を繰り返しただけだから許されたのか。


 ただ、あまり教会のことを悪く言うのも良くないかもしれない。七柱が生み出した世界の歪みについて触れると、記憶が改竄される恐れがある――そう思えば迂闊だったか。絵を進めるがてらに表情を盗み見ると、ソフィアは微笑を浮かべながら首を小さく横に振った。


「……うぅん、偉大なる女神ルーナの信託だから、間違いないよ」

「そ、そうか……? うん、まぁ、そうだな……」


 自分が変なことを言ったせいで、聡い少女は何かしらまた考え始めてしまうかとも思ったが、それは杞憂のようだった。


 しかしなんとなくだが、少女の返答には違和感があったようにも思う――自分の基準から言えばこの世界の住人は信心深くはあるものの、ソフィア・オーウェルは神の言葉を鵜呑みにするタイプではないように思われるからだ。


 そう思って、近頃のソフィアについて少し思い返してみることにする。シンイチの葬儀の翌日には王都を発ったのだが、ソフィアは彼女の母親とどのように話を付けたのかは結局不明だ。まぁ、改めて世界が窮地に晒された挙句、教会からご指名が入ったのだからマリオン・オーウェルも反対する余地は無かったのだろうが――それでも、母子ともにキチンと話し合った結果としてここに居るとは考えにくい。


 次いで、王都を出発した後はどうだったか。馬車で移動中はこちらが自分のことばかりであまり少女を見れていなかったが、いつも通りのソフィアであった気がする。しかし、船に乗ってからはどうだったか――こちらからあまり積極的に少女に絡んでいっていた訳でもないが、同時にソフィア側も一人で居る時間が多かったように思う。


「……そう言えば最近、結構一人で考え事をしている時間が多かったんじゃないか?」


 紙から眼を放し、下書きを終えるために改めてソフィアを見る。少女は変わらず、微笑みを浮かべながらこちらをじっと見ていた。

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