6-4:南大陸への船旅 下
改めて自分が描いたモノを注視すると、下書きの段階ではエルらしさというか、そういうものが全然引き出せていない気がする――やはり人物は苦手なのか、それとも色でも塗ればもう少し自分も満足いく出来になるのか、ともかく折角なら実物を見ながら色も塗りたい。
「下書きは済んだから、もう動いてくれても構わないんだが……出来れば実物を見ながらの方が色彩も見れるからな。できればもう少しモデルになってくれてると助かる」
「……えぇ、いいわ。今のアナタ、ちょっと放っておけないしね」
「うん? どういうことだ?」
「いいから……ちょっと絵に集中しなさい。折角モデルになったんだもの、ちゃんと仕上げてもらわないと困るわ」
確かに、ずっと同じポーズで居てくれるのも大変だろうし、折角なら綺麗に仕上げてほしいという気持ちも分かる。言い出しっぺは自分、少しこちらも口を止めて集中して色塗りをすることにする。
自分の背後から射す太陽の光が、水面と彼女の横顔を照らしている。その輝きを、なんとか表現したいと思いながら四苦八苦している傍で、エルが再び小さく口を開く。
「……この話、止めようっていった直後に蒸し返すのもなんだけれど……T3のことは置いておいても、今のアナタは十人目の勇者。私はその従者……」
そして少しだけ首を動かし、エルは微笑みを浮かべながらこちらを見た。
「アナタにも色々あるんでしょうけれど、それを変に聞く気はないわ。ただ、アナタには仲間はいるんだから……頼れる時には頼りなさい」
「エルが一切の皮肉なしに俺に対して優しい……こいつは大しけが来るか?」
「残念ながら、見ての通りの晴天よ。さ、手を動かしなさいな、アラン・スミス」
「アイサー」
なんやかんやで、エルには結構気を使わせてしまっているな――そして、彼女の自然な優しさに、自分も結構甘えていることに気づく。気分も少し楽になり、そのおかげかなんだか筆も乗ってきた。そのままの勢いで筆を一気に進めて、ひとまずの形は完成した。
「……出来た?」
「あぁ、そうだな……」
こちらが筆を置いたのに反応したのだろう、エルがポーズを解いた。改めて、完成した絵をまずは自分で観察してみると――なんだかあまり上手くないような気がしてくる。
いや、正確に言えば、自分としては結構満足いく出来にはなっているのだ。しかし、人を描きなれていないせいか、あまり技巧とか経験とか、そういう技術的な面が足りていない様に思われるのだ。
「ちょっと気恥ずかしいけれど……見ても構わないかしら?」
「えぇっと、そうだな……いや、ちょっと待ってくれ」
これを見せたら、エルはショックを受けるかもしれないな――そう思って、一旦近づいてこようとする彼女を手で制止した。しかし、モデルになった以上は見る権利はあるだろうし、やっぱり修正させてくれと言うのも酷だろう。そう思って悩んでいる内に、横から何者かが近づいてくる気配を察知した。それも二人分だ。
「……アランさん! また絵を描いてたの?」
「どれどれ……ほほう、エルさんを描いてたんですか?」
「ちょっ……」
近づいてきたソフィアとクラウが、こちらの制止を振り切って絵を覗いてしまった。いつもなら「上手い!」みたいな感じですぐ声が上がるのだが、今回はそれがない。ということはやはり、あまり綺麗には描けなかったということかもしれない。
ソフィアとクラウは絵と実物を交互に見比べている。対して、エルは少女たちから感想が上がらないせいか、少し心配そうにこちらへ近づいてくる。
「え、ちょっと……どうしたのよ?」
「うーん、実物と比べて見てるんだけど……」
「なんだか不思議な感じがすると言いますか……全然下手とか、変とかって意味じゃないんですよ? でも、上手と言うより……」
「うん……なんだか上手く言えないけれど、絵の方がなんだかキラキラして見えるかな?」
「そうですね! 実物のエルさんはクールで美しいんですけど、絵の方はなんだか暖かい感じがします!」
「うん、アランさんが普段描く風景は綺麗で上手だけど……私はこのエルさんの絵、好きだなぁ」
「そうですねぇ、私もそう思います」
絵から受ける印象を言語化でき始めたおかげか、ソフィアとクラウの表情が段々明るくなってくる。それどころか、普段の絵よりも気に入ってくれたようだ。
「ちょっと、そんな風に言われたら、余計に気になるじゃないのよ……」
エルは自分の前に立ち、二人の少女の後ろから覗き込むように自分の描いた絵を見つめだした。しばらくじっと見つめた後、急に振り向くと、エルは自分たちの方から数歩離れていった。
「あぁ、えっと……すまん、やっぱり見せられるようなもんじゃなかったか?」
「いいえ、そんなことはないわ。ただ、気恥ずかしくて……アナタからしたら、私ってそんな風に見えているのかって……」
確かに、言われてみればそういうことなのかもしれない。この世界に存在しているものは、本来は等しくそこにあるだけのはず。しかし、自分はこの世界に来てから長いことエルと一緒に居るし、そういう意味でそこにある以上の情報が絵に入り込んでしまった可能性がある。
見たままを正確に写し取るという意味では、コレは失敗作なのかもしれない。しかし、描き上げた時にも満足感はあったし、ソフィアとクラウは好きだと言ってくれたし、エルも怒っている風ではないから、これはこれで一つの正解なのかもしれない――改めて自分が描き上げた、物憂げに、しかし光を集めて輝く彼女の肖像を見ながらそう思った。
「はは、そうだな……きっとこれが、俺から見たエルなんだ」
「あ、あのね……あまり恥ずかしいことを言わないで頂戴」
「いや、エルが自分で言ったんだろうが……それで、これはどうする?」
「そうね……アナタは持っておいて」
「いいのか?」
「確かに、自分で持っておけばもう誰にも見られないという点では安心だけれど……見返すたびに恥ずかしくなりそうだもの」
そう言ってエルはフラフラと移動をし始め、客船の扉の方へと移動した。
「……少し喉が渇いたから、私は船内に戻ることにするわ」
「あぁ、モデルになってくれてありがとうな、エル」
「いいえ、私も良い気晴らしになったから……それじゃ」
エルはこちらを見ず、手だけ挙げてまたフラフラと船内に戻って行った。その背中にこちらも手を挙げ返し、完成した絵を再び見ようと視線を降ろすと――それより先に、キラキラした眼をしながら一人の少女が自分を見つめているのが眼に入った。
「アランさん! 私も描いてほしいな!」
「え、えぇ……?」
別に描くこと自体はやぶさかでもないし、なんなら少し人物画を練習したいまであるから、ソフィアの提案自体は嬉しいことこの上ないのだが――あまりの熱量に、ついつい若干引き気味の返事を返してしまった。




