表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
207/992

6-3:南大陸への船旅 上

 南大陸への船旅は、なんと一か月ほどのモノになるらしい。暗黒大陸とレムリア大陸間の船旅は一週間ほどだったが、あの二大陸は本来は地続きで、そこまで距離が離れていないからの期間であり――南大陸はそれだけ距離も離れているということなのだろう。


 とにもかくにも、少女たちに気晴らしの道具をもらえたのは幸いだったとも、ある種不幸だったとも言える。幸運な面はこの長い航海の間にノンビリと気晴らしが出来るという点。不幸なのは、行けども行けども景色が海ばかりということか。


 最初のうちは海や空、雲を描いているのも楽しかったが、次第に飽きてきてしまったのは正味な話。もちろん、帆船の様子を描いたりなど気晴らしはしていたが、それもあらかた描き終えて、少々手持無沙汰になってしまっていた所だ。


 そして、今日は何を描こうかとデッキの上をフラフラしているところに、偶然だが丁度いい題材を見つけた。これから描く題材の近くに置いてあった樽の上に飛び乗り、画材鞄を広げて鉛筆を取り出した。


「……アラン、そこで何をやっているの?」

「何をって、描く気だが?」

「まさか、アナタ……」

「ちょい待ち、そこを動くな!」


 自分が何をしようとしたのか察したのだろう、エルがこちらに移動してこようとしてくるのを鉛筆の先端で制止した。こちらの大きな声に驚いたのか、エルはビックリして立ち止まってくれる。


「……いや、さっきの物憂げに海を眺めている表情が良かった。ちょっともっかい辛気臭い顔をしてくれないか?」

「あ、あのねぇ……そう言われて、簡単に表情を作れるわけがないでしょう?」

「まぁ、それは確かに……でも、海と太陽ばっかり描いているのも飽きてきてたんだ。それで、ちょっとモデルになって欲しくてね」

「イヤよ、動けないのもイヤだし、描かれるのも恥ずかしいし……」

「そこをなんとか! 頼むよエル様!!」


 首を下げながら頭の上でポン、と手を叩くと、予想通りに大きなため息が返ってくる。


「はぁ……まぁ、その調子の良さが戻ってきたのに免じて、少しだけよ?」

「あぁ、トイレに行きたくなったら言ってくれ」

「ホント、デリカシーが無いわね……」


 そう言いながら、エルは再び海の方を見つめ出した――とはいえ、模写されているという緊張のせいか、表情が少しぎこちない。声でもかけて緊張をほぐしてやるか、そう思っているうちにエルの方が小さく口を開いてくれた。


「……喋っても問題ないかしら?」

「あぁ、大丈夫だ」

「アナタは人物も描けるの? いつも風景ばかり描いていたと思うけれど……」

「それは描いてみないと分からんな……だけど、多分そんなに積極的には描いていなかったと思う」

「そうなの? とか聞いても、どうせ分からないわよね」

「別に記憶が戻ったわけでもないからな。まぁ、悪いが実験台になってくれ」

「どうしてそう、言い回しが適当なのよ……」

「エル相手だからな」

「……そう」


 何を言っても許してくれるだろうという抜群の信頼感があるのだから、つい適当にしゃべってしまう。とはいえ、こちらは無礼を働いているというのに、エルの表情は幾分か柔らかくなった。


「お、その表情も綺麗で良いな。そのまま顔面固定してくれ」

「き……!?」


 こちらが言ったことが適当過ぎたのか、エルは顔を逸らしてこちらに背を向けてしまう。

 

「……やっぱり人を描くのは難しいな、動くから」

「あ、あのね……それならモデルになるの止めるわよ?」

「ちょいちょい待ち待ち……適当なことを言うのは止めるし、多少動いてくれてもいいからさ」

「ふぅ……仕方ないわね」


 エルがため息交じりに再び海の方を向いてくれたのを皮切りに、自分は再び筆を進め始めた。先ほどの会話が良かったのか、緊張はほぐれてきたように見えるが――段々と、最初にここで彼女を見つけた時の物憂げな表情に戻ってきてしまっている。


「エル、大丈夫か?」

「それは、T3の件、でいいのかしら?」

「あぁ」

「……大丈夫ではないわ。千載一遇のチャンスを逃した挙句に、被害は広がり、宝剣まで破壊されてしまったのだから」

「そうだな……」


 別に、自分としてはエルがやらかしたとは思っていない。むしろ正直に言えば、あの一件以来、エルにT3を仕留めることは出来ないとも思うようになったほどだ。彼女の戦士としての技量が低いというわけではなく――。


(……エルには人は殺せない。優しすぎるからな)


 それが自分の率直な感想だ。もちろん、自分が事前に色々と話していたせいでエルはすぐにトドメを刺さなかったのだから、そういう意味では彼女の仇討のチャンスを奪ったのは自分とも言える。


 しかし、それが無かったとしても、エルはT3に刃を突きつけた時に躊躇があったようにも思う――よくよく自分も彼女に短剣を突きつけられているし、野盗相手にも問題なく攻撃自体は出来るが、彼女は人に刃を向けるときには追っ払ったり威嚇するに留めているのだ。


 つまり、彼女は人の命を奪ったことはない――もちろん、魔族も亜人という観点から言えばその限りではないのだが、人やに人に友好な種族の命を奪うには、彼女は少々優しすぎるのだろう。


 そういう意味では、彼女がT3を殺さなくて良かったとも思う。どちらかと言えば、自分がシンイチを守り切れなかったのが悪いのだ――。


「……ふぅ、アナタも大概に辛気臭い顔をしているわよ?」

「おっと……」

「どうせ、俺がもっとしっかりしてれば、とか思ってるんでしょうけど……でもそうね。そういう意味では、あの場にいた全員がそうなのかも……私は自分の甘さを後悔はしているけれど、それは私だけじゃない……か」


 エルは独白するように続けるが、先ほどと比べると少々表情も落ち着いたようだ。根本的な解決をした訳でもないが、話したことで少し落ち着いたのかもしれない。


 そしてしばらく沈黙が続き――波の音と鳥の声だけが聞こえ――エルは海を眺め、ふとした瞬間に口を開いた。


「ねぇ、アラン。T3の目的は何なのかしら?」

「それは……な……」


 七柱に対する復讐だろう――ぼぅっとしていてそう言いかけた瞬間に、口が勝手に止まった。そう言えば以前、レムは自分の口を防げると言っていた――つまり、これは言うなということか。


「……アラン?」

「……なんだろうな、と言いかけて噛んだだけだ」

「そんな感じではなかったけれど……」


 確かに多少無理のある言い訳ではあったが、言えないものは仕方がない。レムの真意は分からないが、確かに七柱に対する復讐とか言い始めれば、この世界の虚構をエルに明かさざるを得なくなる――そうなれば、ジャンヌの様に記憶を改竄せざるを得なくなる、そう言ったところだろう。


 ともかく実際の所、T3の復讐に関しては自分の中で概ねの筋道は立っている。恐らく先代勇者、夢野七瀬を慕っていたアルフレッド・セオメイルことT3は、元の世界に戻る勇者を最後まで見届けるために海と月の塔に付き添った。そこで、七柱の真実を知ると同時に、先代勇者は殺害され、アルフレッドは瀕死の重体の所をゲンブに拾われた。そして、ゲンブと共に七柱に復讐することを誓ったと――こんなところだろう。


 同時に、エルの養父であるテオドール・フォン・ハインラインをT3が殺害したのも七柱絡みだろう。ハインラインが七柱の一柱であるのならば、その血族とはなんらかの繋がりがあると推察される――以前に本当はエルはテオドールの娘なのではと考えたが、そう考えればエルを狙っている理由も頷ける。


 事情は色々と複雑だが、明確なことは一つだ。T3はエルの養父とシンイチを殺した。そうなれば――。


「何にしても……アイツの罪は償わせなきゃならない。それだけは確かだ」

「アラン……アナタ……」


 エルは戸惑ったような顔でこちらを見つめている――気が付くと、体に力が入っていた。おそらく、また自分は辛気臭い顔でもしてしまっていたに違いない。


「……悪い、この話は止めようか」

「……そうね。ところで、絵の方はまだかしら?」


 少し考え事に没頭していたせいだろう、いつの間にか筆が止まっていた。とはいえ、こんな気持ちのまま色を載せなくてよかっただろうと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ