6-2:海都への道中にて 下
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その日は宿に着き次第、自分とソフィアが先に部屋に入って後、エルが乱暴に扉を締めてこちらをキッと睨んできた。
「……逆に気を遣わせてしまったじゃないのよ!?」
「いやいや、でもエルさんのおかげで、今日のアラン君はちょっと一味違ったじゃないですか?」
『ははは、確かにエルさんのおかげで悩んでいる風ではなかったけど、アレは怯えてただけじゃないかな?』
まぁ、言ってしまえばティアの言う通りなのだが――ともかく、納得のいっていないエルをなだめるため、いたいけな少女に救援を要請することにする。
「でも、やっぱりエルさんの普段と違うギャップにドキドキしたんじゃないですかね、ねぇソフィアちゃん?」
「う、うん……凄くドキドキしたよ……」
『あはは、なんかそれは別の意味のドキドキのような気がするけれど』
脳内の突っ込みはまぁ、確かにその通りと言わざるを得ないのだが――ともかく、怒髪天だったエルも大きな声を出して落ち着いたのか、いつも通りにため息を一つしてカームダウンしたようだった。
「はぁ……それに、発想がオッサンなのよ……何よ、ご奉仕するにゃんって」
「お、オッサンは流石の私でも傷つきますよ!?」
とはいえ、なんやかんやでやったのはエルさんじゃないですか――と言うのは引っ込めることにした。わざわざ落ち着いた怒りの炎に対して再度油を注ぐこともないからだ。
「ふぅ……とりあえずいいわ。ともかく、インパクトは抜群だったし、今日は彼も悩んでいる風じゃなかったけど……あんまり根本的に解決した感じはしないわね」
「まぁ、そうですねぇ……でも、正直半分はウケ狙いでしたけど、それも含めてな作戦だったんですよ。普段のアラン君なら、それとなく楽しんでくれたと思うんです」
「確かに、それもそうね。癪だけど、以前の彼ならもっとからかってきていたような気もするわ」
つまり、彼は現状だとジョークを言う気力も沸いていないということか。思っていた以上に彼の悩みは深刻なのかもしれない。そうなると、なかなか彼を元気づけるのも難しい気もしてしまうが――そんな風に思っている名か、ふとソフィアが控えめに手を上げた。
「……あの、ちょっと思いついたんだけど」
「ふむ、今度はソフィアちゃんがにゃんします?」
「そ、それは遠慮しておこうかな……!!」
「邪魔するんじゃないの、クラウ……ソフィア、何を思いついたの?」
「えっと、プレゼントとかどうかなって……」
「ふむ、それは良いかもしれないですね……ソフィアちゃん、何をあげるかアイディアはあります?」
「えーっと、うーんと……お、お菓子、とか……?」
『それは喜ぶかもしれないけれど、あんまり根本的な解決にはならなそうだねぇ……』
実際、ティアの言う通りだろう。彼は特別に食い意地が張っているわけでもないから――もちろん自分たちのプレゼント自体は喜んでくれそうだが、それだけであの物憂げな感じが収まるとも思い難い。
ともあれ、今日のアイディアがダメなら、物に頼るのも一つの手段だろう。先ほど半分はウケ狙いといったが、もう半分は自分やソフィアでは、何をするにもインパクトが出しにくいから――本当ならキチンと彼の悩みを聞いて解決するのが常道なのだろうが、ひとまず気晴らしになるような物をプレゼントするのも良いかもしれない。
しかし、何をあげれば喜ばれるか――少し考えているうちに、何時の間にか扉からベッドに腰かけていたエルが小さく笑った。
「……プレゼントね、良いアイディアだわ」
「エルさん、何をあげれば良いのが思いついたんです?」
「えぇ、冷静に考えれば、ね……船旅で今以上に暇になるし、丁度いいんじゃないかしら?」
エルの口から出た意見は確かにそれらしいと、自分もソフィアも、脳内のティアも賛成した。満場一致で贈るべきものが決まり、明日はちょうど海港に着く――あそこなら、プレゼントに買おうと思っているものがないことはないだろう。
◆
エルの奇行から翌日、午前中には海都ジーノに到着した。船が南大陸に向けて出港するのは午後で、少女たちは何やら準備があるとかで街の方へと繰り出し、自分は港近くで荷物の番をするために一人で海を眺めていた。
(……俺は何と戦うべきか)
ここの所、気が付けばそればかり考えてしまっている――不毛だから止めようと思っても、結局同じところに戻ってきてしまう。
ひとまず、シンイチの跡を継いでこの世界に渦巻く悪意と戦うこと自体に迷いはない。しかし、結局七柱の言われるがままにゲンブたちと戦うべきか、それともゲンブたちと手を組んで七柱と戦うべきか、そもそも両方を敵に回すべきか――その結論はいまだに出ていない。
そして、ある意味で厄介なのは少女たちの存在だ。七柱がレムの民の思考を覗き、人格を改変したり記憶を操作できるとなれば、自分は少女たちを人質に取られているのに等しい。彼女たちのことを心強い仲間と思う一方、彼女たちの同行が無ければ、もう少し楽なのに――とも思ってしまう。
実際、少女たちを人質に取られている以上、少なくとも目先はゲンブたちと戦う姿勢を見せなければならない。どの道、これから会うヴァルカンとやらがどんな奴か確認するのも良いとは思う。七柱も一枚岩では無いかもしれないし、自分にとっては友好的な七柱だっている可能性はあるのだ。
しかし、それはそれで流されているような気がして、禄なことにもならない気もする――ヴァルカンとやらが自分に対して敵対的な可能性だってありうるのだ。
そして何より本質的には、この世界の民を真に救うとなれば、戦うべき相手はむしろ七柱の方なはず。結局、進まなければ何も進展しないのだが、だからこそ同じ思考をぐるぐるとしてしまう――。
「……辛気臭い顔をして。以前のアナタなら、海を見たらもう少しテンションも上がっていたんじゃない?」
ふと、声のしたほうへと顔を向けると、エルが腕を組みながらこちらを見ていた。
「そうですよ……そんなぼぅっとしてて、荷物は大丈夫なんですか?」
確かに、クラウの言う通り、少しボーっとしてしまっていた。慌てて隣にある荷物の方を見るが、一応何か盗まれたということはなさそうだ。
「そんなアランさんには……はい、これ!!」
再び視線を元に戻すと、ソフィアが何やらケースをこちらに差し出していた。それは、学生鞄くらいの大きさのモノで――座ったままの姿勢で両腕を出してそれを受け取る。
「えぇっと、これは……?」
「いいから、開けてみてください」
笑顔を向けるソフィアの横で、クラウがそう言った。その言にしたがって鞄を開けてみると、どうやら画材一式のセットのようだった。
「……アランさん、王都への道中ではちょこちょこスケッチは取ってたけど、本格的なのは描いてなかったよね?」
「あぁ、そうだな……」
ソフィアの言葉を生返事で返し、鞄の中から一つ絵具を取り出してみた。それをじっと眺めて――そして首をまわして日の光で輝く海を見ると、不思議と描きたい欲求が湧き出てきた。
「アナタ、以前に私に言ったわよね? 考えが進まないなら、ちょっと他のことをするのがいいんじゃないって……」
「おっと……言ったことってのは跳ね返ってくるもんだな」
確かに、以前エルが悩んでいた時に気晴らしをしろと言ったのは自分だ。少女たちに心配をさせているのは気付いていたが、それでも自分のことばかりになってしまっており、あまり彼女たちのことをキチンと見ていなかったのかもしれない。
「……ありがとう、みんな」
「礼ならソフィアちゃんとエルさんに……ソフィアちゃんが心配して、何かプレゼントをあげたらいいんじゃないかって。それで、エルさんが画材が良いんじゃないかって案を出してくれたので」
「そうね、アナタは私に変なことさせただけだものね?」
なるほど、昨日の一件はやはりクラウの発案か。それでも、自分を元気づけようとしてくれていたことだけでもありがたくはあるし――。
「……今にして思えば、昨日のアレは傑作だったな」
「ですよね!? 惜しむらくは、想像以上にエルさんが固かったということですが……」
「あぁ、そうだな。もう少し圧が少なければ、普通に笑えたかも……」
そんな風にクラウと二人でにやけていると、同じくエルが口元に笑みを――いや、アレは絶対怒っている。その証拠に昨日並みのプレッシャーを感じる。あわやべスターの声が聞こえる寸前まで身の危険を体が察知していたが、エルは諦めたように小さくため息を吐き、態度を軟化させた。
「はぁ……まぁ良いわ。癪だけれど、まだ笑ってもらえる方が幾分かマシだし……」
「あはは、エルさん優しい!」
ソフィアが笑いながらエルの隣に並ぶ。実際エルが優しいから、自分やクラウもつい悪ふざけが過ぎてしまうのだが、それを伝えて今後厳しくなられるのもイヤなので何も言わずに置くことにした。
ともかく、三人の少女達からのプレゼントが嬉しかったのは確か。そうだ、悩んだところで良い答えが出るとも限らないし、気晴らしに絵でもかくのが良いかもしれない――ちょうど船員が乗船可能になったという合図を出し、それに合わせて自分は画材鞄を脇に抱え、船に乗り込むことにした。




