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6-1:海都への道中にて 上

「アランさん、最近元気ないよね……」

「……そうね」


 宿での夕食が終わってアランと別れた後、ソフィアがそう切り出した。それに対し、エルはベッドに腰かけて腕を組みながら頷いている。


『……ボクからして見れば、エルさんも元気とは言い難いけどね』

『そうだね……』


 脳内に響くティアの言葉に返事を返す――とはいえ、自分だって王都襲撃に関しては色々と思うところがあるし、とくにアランとエルが酷いというだけで、皆一様にどこかよそよそしくなっているのは確かだった。


 さて、勇者シンイチの葬儀後の顛末はこうだ。現れた古の神々と戦うために、アランを勇者として自分とエル、ソフィアがお付となり、まずは南大陸にあるドワーフたちの住む山稜を目指すことになった。破壊された宝剣へカトグラムの修復のためである。


 南大陸は地続きでないので船に乗る必要がある。そのため、結局は海港ジーノにとんぼ返りしている形にはなるのだが――行きと違って勇者待遇、南大陸に着くまでは早馬の馬車に船の手配までされている。


 各々の状況として、まずエルに関しては、自分が素早くT3にトドメを刺さなかったせいで被害が広がったことを悔やんでいるようだった。自分の仇を倒せるチャンスを逃したことより、そちらの方を気にかけているように見えた。


 ソフィアに関しては――仲間のことをこんな風に言うのは良くはないのだが、少々不気味に感じることもある。家庭のことで色々あったはずなのだし、尊敬していた勇者と学長が殺されてしまったという割に、妙に落ち着いている印象があるからだ。


 まぁ、ソフィアは家族に対して良い感情を持っていた訳でもないし、シンイチに対しては尊敬していたとはいえ自分を追放した相手なのだから、そこまでふさぎ込むこともないとは思うのだが――とはいえ、思慮深い彼女のわりに、あっけらかんとしているのは少々妙な感じもする。

 

 次いで、アレイスターは、学院の再興のために王都にとどまり、テレサ姫はふさぎ込んで部屋から出て来なくなってしまったらしい。


『まぁ、クラウも色々と思うところはあるかもしれないけれど……』 

『そんなことないよ。ルーナ神の加護を取り戻せたし……』


 そう、古の神々と戦う勅命を課されたことで、自分は教会の追放処分を撤回された。そのため、ティアに頼らずとも枢機卿クラスまでの神聖魔法まで取り戻した。それに自分は喜んだのだが、彼はなんだか神妙な表情をしていたのを思い出す――良かったとは言ってくれたのだが、本心だと何か思うところがあったのかもしれない。


 それと同時に――あの王都襲撃の夜にホークウィンドとやらが言っていたことを思い出す。アガタ・ペトラルカにはレムの声が聞こえると。アガタはそれを否定しなかった。つまり、これは恐らく事実だということ。


 それが、今の自分の胸に引っかかっていることだった。総本山では長い付き合いだったはずなのに、彼女はそれを自分に言ってくれなかっただけではなく――もしかすると、自分を追放に追い込んだのはレムかもしれないという疑惑すらある。レムはアランをこの世界に招いた神であるし、悪い女神と思いたくはないが――色々と悪い予想をしてしまうのも確かだ。


 ともかく、そんなアガタは葬儀の後にすぐに王都を発ち、自分たちより早く海港へ向かっているはず。船に乗る前に会えるかは分からないが、もし機会があるならレムの件を問いただしてみたい。


 さらに加えて、自分――クラウという人格だけでなく、実はティアも一つの問題を抱えていた。


『……その後、調子はどう?』

『うーん、違和感は拭えないねぇ……神聖魔法、使えると言えば使えるんだけど、どうにも前のような祝福を感じないんだ』


 ティアがその違和感に気が付いたのは、正確には王都にてホークウィンドと対峙していた時らしい。曰く、魔法の発動に違和感があるのだとか――神が応えているのではなく、事務的に処理されている、そんな違和感らしいのだが、自分の体のことながらその感覚はイマイチ共有されていない。


『まぁ、幸か不幸かクラウが魔法を取り戻したからね。ボクはしばらく、ホントの代打として大人しくしているよ……ともかく今は、一番重症なのはアラン君のことかな』

『うん……』


 王都襲撃以来、彼が物憂げな表情をすることが増えたように感じる。魔王との戦いの後から影を感じることはあったように思うが、王都襲撃の後はそれにも増して暗い表情をしながら、何か一人で考え込んでいるのをよく見かけるようになった。


「……ねぇ、クラウさん?」

「……はぇ?」


 ティアと脳内会議をしている途中で、ふいに正面から名前を呼ばれた。どうやらソフィアが何かしらを自分に問いかけて来ていたらしい。


『どうすればアラン君を元気づけらるか、そのアイディアをご所望のようだよ?』


 もう一人の自分のフォローにより、真剣な彼女に対して「聞いていなかった」と返すことは免れたようだ。


「そうですねぇ……アラン君は雑で口が悪くていい加減で無駄に気障で適当でスケベですけど、意外と繊細な所もありますからね」

「アナタ、アイツのことをなんだと……いやまぁ、確かにそういう感じだけど」

「でもまぁ、本人が事情を話してくれないんじゃ、元気づけようもないというか……」

「それもそうね……」


 横から入るエルの突っ込みをいなしつつ――実際、ここまでの道中でそれとなく彼に質問はしてみているのだが、なんだかそれっぽくはぐらかされて何に悩んでいるのかは聞けない状態だった。


 もっとも、突然に勇者となって世界を救ってくれなどと言われれば、それは重責に感じる部分はあると思うし、仲良くしていたシンイチの死を悼んでのことかもしれないが――それ以上の何かがある気はする。


 それ以上の何かに関しては、実際は今に始まったことでもない。自分が頼りにされていないような悲しさもあるし、仲間として信頼されていないような憤りもあるものの、同時にストレートに聞いて答えてもらえないのもショックな気がして問いただせていないのが現状――要は自分の優柔不断さが彼の悩みを引き出せていないとも言えるのだが、同時に自分自身も中々複雑な心境であるのも確かだった。


 ともかく、何某かの策をエルやソフィアと講じて元気づけること自体は良いかもしれない。自分だって、彼の辛気臭い顔を見続けたいわけでもないのだから。


「うーん……アラン君が喜ぶようなこととか、好きなこととかで気晴らしをさせてあげるのがいい様な気がしますけど……」


 そう言った瞬間、我ながら面白いことが思い浮かぶ。その意見を共有しようとエルの方を見ると、彼女は腕で自分の体を抱いて首を振った。


「……イヤよ」

「まだ何も言っていませんが?」

「アナタの目が、怪しいことを考えてますって言っているもの。禄でもないことに決まっているわよ」

「いえいえ、やっぱり美少女に甘々にされたら、アラン君も喜ぶと思うんですよ」

「いや、それならアナタとかソフィアで……」

「いいえ、エルさんは全く分かってません!!」


 自分が大きな声を出すと、エルもソフィアも呆気にとられ、呆然とこちらを見ている――ともかく、なんとなく勢いで押すなら今がチャンスだ。


「良いですか、私やソフィアちゃんも確かに美少女ですが、それでも普段からアラン君に対して優しいじゃないですか?」

「そうかしら……? アナタ、結構彼に暴言はいていると思うけれど」

「そうかなぁ……? クラウさん、結構つんけんしている気がするけど」

『そうかな……? クラウはもう少し素直になってもいいと思うけどね』


 この場にいる全員から突っ込みが入り、何故だが背中に汗が吹き出るような心地になる――なんなら最近はエルさんの方が優しいまであるね、ティアが脳内で追いうちの様に付け足した。


「し、しゃーらーっぷ!! ともかく、今回の作戦はギャップなんですよ、ギャップ!!」

「……ギャップ?」

「そう、ギャップです! ギャップにキュンってくるもんなんですよ、男の子は……いえ、むしろ女の子も!!」


 ビシィ、と指を指すと、勢いに蹴落とされてくれたのか――いや、表情を見ると呆れているだけかもしれないが、ともかくエルも「はぁ……それで?」と話を聞く気になってくれたようだった。


 ◆


 何故だか知らないが、朝から馬車の空気は最悪だった。何もかも、目の前から放たれる強烈なプレッシャーのせいである――隣に座るソフィアは、なんだか所在なく車内できょろきょろしているし、対角線上に座るクラウは窓の外に視線を向けながらプルプルと震えている。


 さて、圧迫感の正体なのだが――エルが何故だか不機嫌そうにずっとこちらを睨め付けているのだ。しかも何故だか分からないが、いつもと髪型が違う。微細な変化に気付くほど敏感でない自分ですら分かる程の外見の変化がある――何故だか可愛らしいリボンで両の髪を縛り、ツインテールにしている。


 元が良いから似合っていない訳でもないし、イメージチェンジしたいのならそれはそれで良いと思う。しかし、自分から髪型を変えておいて不機嫌になる理由が全く分からない。


 そもそも、唐突に髪型を変えたのか理由も分からない。クラウが笑っているのを見るに、あの緑にそそのかされた可能性はあるのだろうが――イヤなら別にしなければ良いだけだ。


 そうなると、ますます何故エルが唐突に髪型を変えて、鬼の様に不機嫌になっているか分からず、こちらとしてはどう声を掛けた者かも分からず、ともかく八方ふさがりだった。


「ほ、ほら、エルさん……手筈通りに……!!」

「……分かったわ」


 ソフィアに声を掛けられ、エルは一旦プレッシャーを放つのを止め、大きく息を吐き出した。そして意を決したかのようにキッと顔を上げて、唐突に両の手を顔の前あたりに添えた。


 ポージングはなんだか可愛いらしいのだが、エルの顔は顔は相変わらず引きつっている。それに対し、隣に座るクラウが口元をにやけさせながらエルの方をポンポンと叩いた。


「ほら、笑顔笑顔……出来るだけ、出来るだけ感情を込めて、可愛くですよ……ぷぷっ……!!」

「くっ……あとで覚えておきなさいよ……!!」


 エルは一旦左手を下げ、右手で握りこぶしを作ってわなわなと震えた。しかしすぐに息を大きく吸い込み――再び先ほどと同様のポージングを取って、首を斜めの角度に傾けながら硬い笑顔を浮かべた。


「……ご奉仕するにゃん?」


 顔を真っ赤にしながら猫の鳴き声で鳴かれても、こちらとしても反応に困る――王都での一件でエルにも色々とストレスが掛かっていたはずだから、何か心のタガが外れてしまったのかもしれない。そう思うとなんだか心配になってきた。

 

「……大丈夫かエル。悩みがあるなら聞くぞ?」

「ふっ……」


 自分が出せる最大の思いやりに対し、エルは何かを諦めたように笑い――そして両の髪を縛っていたリボンを勢いよくほどいて、役目を終えたそれらを鬼の形相で床に投げつけた。


「……みんな、さっき見たものは忘れなさい?」

「は、はい……」


 再び顔を上げた時には、エルはいつぞやに見た暗黒微笑を口元に浮かべていた。自分とソフィアは怯えながら頷くことしかできなかったが、奥でクラウは再び馬車の外を見ながら肩を振るわせていた。

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