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幕間:船内の医務室にて

「すまない……」


 ピークォド号の医務室で、T3がベッドでうなだれていた。あまりに深く頭を垂れているので、まさしくほぞでも噛みそうな勢いだ。


 とはいえ、自分としては別に今回の件で彼に落ち度はないと思っている。元々はアラン・スミス一行が居ないものとして計画を想定していた訳だし、今回の目的はハインラインの器の撃破ではなかったのだ。


「顔を上げてくださいT3。アルジャーノンの撃破という一番の目的は達しましたし、ヘカトグラムの破壊までこなせたのです。それに対し、こちらの被害は無し……ま、アナタの腕を手間は掛かりますがね」

「……私が倒れなければ、ホークウィンドがハインラインの器も落としていたかもしれない」


 T3はやっと顔を上げ、入口付近で壁を背に腕を組んで立っている黒装束を一瞥した。それに対し、ホークウィンドは小さく首を横に振って応える。


「……構わん。もしかしたら、機が悪いのかもしれぬ」

「……どういうことだ?」

「ハインラインの器を討つべきではない……そういうことなのかもしれぬな」


 ホークウィンドの言うことには一理ある。天運とか流れとかいうモノ、そういったものも目に見えないながら存在する運命的なモノを完全否定する気はない。実際、彼女を三度討とうとして三度とも失敗しているのだから、時機が悪いとも取れる。


 それに、エリザベート・フォン・ハインラインの肉体を破壊すれば、アラン・スミスと組むのはかなり難しくなるだろう。原初の虎は本来は共にDAPAと戦った供柄なのだから、なんとかこちらに引き込みたいが――。


「……皆、見て」


 その声の主、セブンスが指し示す方向、医務室の壁にあるモニターにこの場にいる全員の視線が集まる。そこには王都の墓地で、アラン・スミスが十代目の勇者に指名されているのが映し出されており――そして彼もそれを受け入れているようだった。


「成程、やられましたね……」


 元々、アラン・スミスとは魔王魂での一件にハインラインの器に対する意見の相違があったため、関係性は悪いというべきだった。とはいえ、恐らく事情を理解してもらえば、まだこちらに引き込む余地も十分にあったように思う。


 だが、今回の王都騒乱により――正確には、聖剣の勇者を討ってしまったことにより、道を共にするのも大分難しくなってしまった。アラン・スミスからしてみれば勇者の使命を受ける理由もないように思われるが――必死にT3を追っていたのを見ると、アラン・スミスは自分が想定していた以上に勇者シンイチに肩入れしていたらしいから。


 そんな風に状況を整理している傍らで、セブンスが首を傾げているのが見える。


「そんなに状況は悪いの?」

「いえ、盤上の戦力だけ見れば概ね想定通り、実際はそれより好転していると言っていいでしょう。先ほども言ったように、アルジャーノンは撃破できました。同時に、アラン・スミスを勇者として起用するとなれば、ハインラインは当面起きてこないと思って良い。そうなると、自身に戦う力のある七柱はもういません。せいぜいルーナが神聖魔法を使うくらいで……後は各個撃破に、天使どもの相手をすればいいだけ、なのですが……」

「……だが、アラン・スミス。アレがどう動くか読めない」


 自分の言葉尻をT3が遮った。まさしくその通りで――自身が操っている人形の首を少女からベッドの方へと向ける。


「えぇ、それがまず第一ですね。今回の件で皆さんご理解いただけたと思いますが……原初の虎の恐ろしさは、理屈ではない。彼はどんなに状況が悪くても、何故だかそれを覆して状況を突破していく……そういう恐ろしさがあります。ですから、味方に引き込みたかったのですが……」

「……私は反対だ」

「T3、どうして?」


 三番目の虎の否定に、再びセブンスが首を傾げた。


「……気に食わないからだ」

「気に食わない……なんで?」

「それは……」


 食って掛かる少女に対し、T3は返答に窮しているらしい、壁の方を向いて少女から眼を逸らしてしまった。もちろん、T3の複雑な心境はある程度は察することもできる――同じ虎、ADAMsの使い手として実力差を見せつけられたこと。それにセブンスが彼に対して興味を抱いていること、などだろう。


 ともかく、少女とT3の間に移動して「なんで?」攻撃を食らっている三百年来の友人をフォローすることにする。


「ははは、それは正直私も同感です……自陣営でも敵でも、予想外の動きをする者が居ると戦略が狂いますから」

「ふぅ……それで? まだあるのだろう?」


 フォローしたのにため息を返されるとは心外だが――ともかく、T3の言うまだある、というのは自分の懸念に対してだろう。


「えぇ、もう一つは……想定以上に好転してしまっているということです」

「……悪いの?」

「はい、泳がされている感じがします。感じがするだけ、なので明確な根拠もないのですが……魔王城で私の姿は見せていますし、ハインライン辺境伯領でホークウィンドが居ることも七柱陣営は想定しているはずなので、本来はもっと対策されていて然るべきなのですよ。それが、想定以上に好転している……」


 そう、ある意味ではアラン・スミス以上に厄介な手合いが居るはずなのに、その者の影が一切見えない。


 その者は、その一柱こそが、自分たちが旧世界で敗北を喫した要因。権謀術数においては――抵抗はあるが、認めざるを得ない――自分より上で、彼の計略が見えない限りは事態が好転しているとは言い難く、むしろ上手く利用されている可能性すらあるのだ。


 ともかく、自分の言ったことを呑み込めなかったのだろう、セブンスはまた首を傾げてこちらを見つめていた。


「……難しい」

「ははは、ともかくセブンスは今まで通り、頑張ってくれればいいだけです」

「うん、分かった」


 両手を握って、無表情の中でも少し眉を釣り上げるその様子は、年相応で可愛らしい。ふと、その可憐な花の背後に立つ筋骨隆々の黒装束が、頭巾の隙間からこちらを覗き見ていた。


「……では、計画は練り直しか?」

「いいえ、彼らがアラン・スミスを十人目の勇者にして私たちにぶつけてくるのは、手を組むのを妨害すると同時に、各地に散らばる天使どもを起動する時間稼ぎをするためでしょう……これらが事実だとしても、私たちが七柱を討つという目的は変わりません。

 何より、座して待っていたところで潜伏する智多星ちたせいがどう動くかは予想が出来ない。この辺りは動きを見つつ、対応するしかないかと」


 そう、すでにピークォド号をレムの大地に降ろした以上、自分たちは止まることは出来ない――少し人形の身を天井側に引き、この場にいる全員が一気に視界に入る位置に移動させる。


「ホークウィンドとT3は、世界樹に居るレアの撃破を。私はセブンスを連れ、ウアル山脈に潜むヴァルカンを仕留めてきます」

「ハインラインとアルファルドは居所が分からないとして……ルーナとレムは?」

「その二柱が居る海と月の塔は、ある種この世界の伏魔殿です。時計塔を撃破したことで塔の警備は強めるでしょうから、現状の戦力では厳しいかと」

「……そう。それならやっぱり、アランさんに協力してほしいね」


 セブンスは何の気なしに言ったのだろうし、如何に原初の虎が理屈でないと言っても、彼に塔一本を壊す攻撃力は無いのだから、彼が居たところで海と月の塔の攻略がはかどる訳でもないはずなのだが――だがそれでも、戦術レベルでは全てを覆す理不尽さを見ると、味方にいれば心強いというのも頷ける。


「……セブンス、アイツのことを考えるのは止めろ」


 だが、やはりT3は納得できないのだろう。今度は眼を逸らさず、真っすぐに少女を見据えている。


「どうして?」

「どうしてもだ……私がアイツ以上に強くなる。それで済む話だ」


 T3はしばらくセブンスを見つめて後、今度はこちらに向き直った。


「……ゲンブ、ピークォド号の設備があれば、腕の修復はもちろん、骨格の強化も可能なはずだ」

「えぇ、もちろんそのつもりです。ただ、より強いGに耐えたからと言って、アラン・スミスを超えられるとお思いで?」

「貴様の言う通り……しかし、選択肢が広がるに越したことはない。後は実戦の中で自らを鍛えるだけだ」

「……はい、期待していますよ、T3」


 T3は残って手で握り拳を作り、それをしばらく眺めているようだった。あの理不尽の塊に並ぶというのは簡単ではないだろうが――気持ちの問題を度返ししても、これからもっと熾烈になる戦いに合わせて、T3にももっと強くなってもらわないと困るのも確かだ。


「……私は、T3とアランさんには仲良くしてほしいんだけど……」


 そう言うセブンスは――サークレットで感情を抑制しているのだが――珍しく不機嫌そうに唇を尖らせていた。

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