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5-43:The Boy and The Tiger 上

 目を覚ますと、自分の体は豪勢なベットの上にあった。最近は上等な宿に泊まっていたのだが、それにも増して柔らかいベッドで――昨晩は路上で一度目覚めて後、例の如くに血を作るために食糧を掻っ込んだことまでは記憶しているのだが、恐らくはその後に意識を失ってここまで運ばれてきたのだろう。


 ともかく上半身を起こすと、そこは以前にシンイチが寝泊まりしていた場所だと気付いた。


「……起きたのね、アラン」


 備え付けの椅子に掛けているエルとクラウは、黒い服に身を包んでいる――エルが黒いのはいつも通りといえばいつも通りなのだが、身にまとっているのは冒険者風の外套ではなく、喪服といった感じだ。


「アラン君、体調はどうですか?」

「あぁ……大丈夫だ、問題ない」


 クラウの声に右腕を上げて握ったり開いたりしてみるが、しっかりくっついているようだ。次いで左肩も回してみるが、砕けたはずの骨も治っているらしく、問題なく動く――と、自分の腰のあたりで寝息を立てている少女の存在に気付く。ソフィアだけはいつもの白い外套に身を包んでいる。


「ソフィアちゃん、昨晩からずっとそこでアラン君の看病をしてたんですよ? 二時間ほど前に寝落ちして、そのままですけど……」


 それならもう少し寝かせてあげたいのだが――自分が動いたことで向こうも眠りから覚めてしまったのだろう、ソフィアはゆっくりと顔を上げ、眼を擦りながら綺麗な碧眼でこちらを見てくる。


「あっ……アランさん……大丈夫……?」

「ソフィアの看病のおかげだな。すっかり元気だ」

「そっか……うん、おはようアランさん」

「あぁ、おはようソフィア」

「さて、とくにお疲れの二人にはノンビリしてもらいたいところだけど……そうも言っていられないわ」


 エルは立ち上がり、ベッドの端に何かを置いた。どうやら、自分用の喪服のようだ。


「アラン、それに着替えて、すぐに城の庭まで来て。もうじき始まるから」


 自分が衣服を見ている間に、エルはテラスの方へと移動して下を見ている。何が始まるのかは、概ね予想はついている――クラウも立ち上がって、ソフィアの肩に優しく手を置いていた。


「ソフィアちゃんも。私たちが寝泊まりした部屋に着替えがありますから」

「……うん、分かった」

「それじゃあアラン君、大事な話もあるんですが……それは道すがら話しましょうか」


 女性陣が部屋から出ていったのを見て、いつの間にか着替えさせられていた寝間着を脱いで白いシャツと黒い背広に袖を通す。そのまますぐに部屋を出て階段を下ると、城内は凄惨な状況となっていた。とくに上階は所々床が抜け落ち、瓦礫が溜まっている有様で、下層も昨晩人が逃げるときにごった返したせいだろう、絨毯は乱雑な調子になっており、ゴミも多く落ちている。


 しかし、それを片づけている人はまばらだ。城内にはほとんど人の気配はなく、恐らくこれから執り行われる葬儀に参加するために出払っているのだろう。


 庭に出て人だかりの中で見知った顔を探すと、ひとまずアガタが目についた。喪服でなくいつもと同じ服装なのは、アレが正装だからか――ともかく、近づいて声を掛けることにする。


「……よう」

「おはようございます、アランさん……一言、レムからの伝言です。これから大変なことに巻き込まれると思いますが……どうするかの判断は貴方にお任せします、と」

「なんじゃそりゃ。というか、既に大変なことに巻き込まれていると思うんだがな」

「えぇ、そうですわね……」


 アガタは頷いた後、自分の側から離れていこうとする。


「おい、何処に行くんだ?」

「諸事情がございまして、あまり貴方と居る所を見られると厄介なんです。それでは」


 それだけ言い残し、アガタは人ごみの中に消えていった。元々アガタと話しているとクラウにやっかまれる、みたいなことはあったが、それも最近は解消していたように思うのだが。


 ともかく、人ごみから少し離れて城の入り口付近に戻る。そのうちエルたちが出てくると思ったのだが、もしかしたら入れ違いになってしまったのかもしれない――とういうのも、なかなか中から出てこないからだ。


 そうこうしているうちに、人ごみの奥から鐘を鳴らす音が聞こえてきた。


「これより、異世界の勇者シンイチ・コマツと、学院長ギルバート・ウイルドの葬儀を始める」


 葬儀の段取りなどは全く分からないが、どうやら棺を墓地まで運ぶところから始めるらしい。ともかく、列の後ろの方へ並んで自分も墓地まで移動することにする。


 最初のうちこそは少し視線を回して少女たちを探したが、途中で諦めることにした。というより、今は一人で良いと思ったのだ――シンイチという少年のことを考えるのにちょうど良かったから。


 アイツとはそんなに長い付き合いだった訳でもないし、多くを語り合った訳でもない。それでもシンイチという存在は自分にとっては大きかったように思う。最初こそは同じ異世界からの来訪者なのに、向こうは特別で気に食わないとか思ってはいたのだが――実際にすかした面でなんでも知ってますって顔をしたいけ好かない奴であったはずなのだが、不思議と波長は合っていたように思う。


 その理由を言語化しようと、うすぼんやりと足を進めながら考える――しかし、なかなか結論は出てこなかった。代わりに、少し顔を上げて周囲を見てみる。喪服の参列者たちを、王都の民たちが見送っている――その表情は暗く、沈んでいるようだ。


 そこには、きっと概ね二つの感情があるのだろう。一つは、先日王都を沸かせる演説をした救世主が倒れたことによる悲しみ。同時に、その救世主が倒されてしまうほどの脅威が、この世界に残っているのだという事実からくる絶望。


「……時計塔、跡形もなく消し飛んでたらしいよ……」

「そんな……世界で最も安全な場所なんだろう、あそこ……」


 そんな声も横から聞こえてくる。先ほどシンイチと名が並んでいたが、そうか、あの学長も死んだのか――棺が一つしかなかったせいで、なんだかあまり実感が沸かなかった。


 あの学長にも色々と言われたのだが、彼に対して好意は無いモノの、嫌悪感も不思議となかった。恐らく、悪意を全く感じなかったせいだろう。良く言えば知識の探求者、悪く言えば偏屈のサイコパスといった感じだが、ある種突き抜けている人物であったから、その在り方にある種の尊敬があったのかもしれない。


 ともかく、民衆が暗い表情をしているのは、世界で最も堅牢な場所を跡形もなく消し去られたという事実も付随しているのだろう。それらが、魔獣を操って王都を攻め込む襲撃者に引き起こされたのだから、彼らの不安も理解できる。


 民衆をよそにしばらく進むと、広大な墓地へとたどり着いた。墓石などが立派な様を見るに、ここはそこそこ身分のある者が葬られる墓所のようだった。勇者の棺はその中央へと運ばれ、参列者たちがそれを取り囲むように円形に並ぶと、アレイスター・ディックが側にいることに気づいた。


「アレイスター……昨日は散々だったな……」

「えぇ、そうですね……」


 隣に移動しながら声を掛けると、アレイスターも小さな声で返事をしてきた。


「アンタはこれから、どうするんだ?」

「僕はしばらく学院の再建のために王都に残ります……幸か不幸か人的被害の数こそ少なかったですが、それでも影響力の大きい方を亡くしてしまいましたから……」

「……そうか。もしかすると、アンタが次の学長になるのか?」


 棺が降ろされ、蓋が外されている様子をぼんやり眺めて返答を待つが、相手から返事が無い。不思議に思って横を向くと、アレイスターは口元を抑えて眉をひそめている。


「どうした?」

「いえ……なんでしょう、なんだか違和感が……私、おかしなことを言いませんでした?」

「いや、そんな感じはしなかったが……」

「……そうですか」


 そう返すアレイスターは、しかしなんだか納得いってない様子だった。目元を抑えて少し辺りを見渡してるようで、そして何かに気づいたようにある一方を指さした。


「あ、アランさん。向こうにソフィアたちが居ますよ。彼女たちも不安でしょうから、行ってあげてください」

「あぁ、そうだな……それじゃあアレイスター、アンタも無理すんなよ」


 それだけ言い残して参列者の後ろに回って移動して、ようやっと少女たちを発見して合流することができた。

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