5-42:七柱会議 下
「くっくっく……レア、そうレムを虐めてやるな。そやつが何を思って虎を蘇らせたかはさておき……そやつの夫が、なかなか面白い活用方法を見つけたようじゃからな」
「……アルファルドが?」
「はは、知らされておらんか……夫婦のくせに。まぁ、そなたは人工知能の一種、既に夫婦の契りなど反故にしているかもしれんが……ホレ」
ルーナが宙をスワイプすると、自分たちの顔の前にモニターが現れ、ある文面が現れる。
「なっ……!」
「主の旦那は、主の想定を超える準備をしていたようじゃな……もちろん、我々に黙ってことが進んでいたのは癪じゃが、これはこれで面白い」
内容の衝撃に驚きの声を上げる自分に対し、ルーナはその整った顔を愉快気に歪ませている。
「オレぁ反対だぞ! こんな作戦……そもそも、肝心のアイツはなんで姿を現しやがらねぇんだ……自分で説明しろってんだ」
「……私も反対だわ。封印指定のアレを起こすなんて」
自分の他の二人も、アルファルドの考案した策には反対のようだった。恐らく、レアの方が深刻だろう――彼女の言う封印指定は、彼女にとって因縁の深い、目を背けたいものだろうから。
だが、他の二人が反対なら、まだこの計画は覆せる。とにもかくにも、アルファルドに主導権を握らせたくない。
「私も反対です。アルファルドの独断で、このような策に頼ろうなどと……」
「じゃが、チェン一派に迎撃するだけの準備を進めるためにはこれは中々の上策と言えよう。
そのうえ、計画も一気に最終段階まで進んで一挙両得じゃ……原初の虎をこちらで利用することになるから、ギリギリまでハインラインを使えないのだけがネックじゃがな……ちなみに、此度に招集したのはお主らの反対を聞くためではないぞ」
「どういうこと? 確かにハインラインの票は、便宜上アルファルドに従うことになっているけれど……アナタが賛成したとして、アルジャーノンの無効票が……」
「いいや、王都襲撃の前夜に、アルファルドはアルジャーノンに既に了承を得ておったらしい。つまり、アルファルドはこうなることを事前に予見していたし、同時に賛成票は四、つまりお主ら三人が反対したとしても、既にこれは決定事項なのじゃ。資料をよく見てみぃ」
確かに、添付された書類の一番下には、四柱の賛成署名が入っている。あの人は、いや、あの人らは。
実際の所、自分を含め、この場にいる四柱はこの惑星に長く居付き、徐々に考え方も変わってきているように思う。しかしアルファルドとアルジャーノンの二柱だけは一万年前のあの頃から何一つ変わらない。ただ高次元存在に手を伸ばそうと――我武者羅に手を伸ばし続けている。
同時に、眠り続けているハインラインも同様だろう――彼女にとっては虎、その中でも原初の虎以外は眼中にないのだから。彼が復活したとなれば嬉々として決着を着けに行くだろう。
「……面白いではあるまいか。我々を苦しめた最大の敵、本物の邪神ティグリスを我々の手で転がしてやろうというのだからな。まぁ、貴様は彼奴が暴れまわっていたころにはDAPAには与していなかったから、面白味も半減じゃろうが」
「……止めてルーナ。あの人は……」
「おぉ、怖い怖い……AIの分際でそんな顔をするな。あまりの恐ろしさに泣いてしまいそうじゃ」
ルーナはそう言いながら、両手を握って目元を抑えるポーズをする。とはいえ、口元は相変わらずにやけているのだから――泣いてしまいそうというのだったら、嘘でももう少し真面目にやってほしいように思う。そしてすぐに飽きたのか、月の女神は両手を下げて冷たい瞳でこちらを見た。
「さて、各々準備を進めるがいい……妾も何かと忙しいのじゃ。それではな」
忙しいだなんて大嘘、大体のことは自身のお付の第五世代に放り投げて、自分は若い男をとっかえひっかえして遊んでいるだけのくせに――ともかく、ルーナが仮想空間から光の柱を立てながらログアウトすると、ヴァルカンが大きくため息をついた。
「ふぅ……どうするよ、レの字」
「レの字は止めて頂戴、レムと被るんだから……どうするもありません、確かにアルファルドの計画が上手く進めば、我々の悲願が成就する」
「だが、アンタは……」
「……ここで止まるくらいなら、私たちは一万年前に止まるべきだったのです」
「まぁ、それもそうさな……」
「えぇ、それでは……」
物憂げな表情のまま、レアがログアウトする。後に残されたヴァルカンは、髭を揉みながら灰色の瞳をこちらに向けてきた。
「まぁ、そういうことだ。お嬢ちゃん、お前さんも色々と複雑だろうが……覚悟を決めるんだな」
それだけ言い残し、ヴァルカンも円卓からその姿を消した。
「……そうですね。私も覚悟を決めないと」
本当は、アラン・スミスの結論を待ってから決断するつもりだった。しかし、どうやらその余裕も無いようだ。それに、彼の思考はいまだに追えているし、おおよその結論は分かっている――アルファルドとチェンのせいで、また王都襲撃のせいで事情がかなり複雑になってしまったが、自分のやるべきことはある程度決まったし、同時にどうにか上手く矯正していかなければならない。
「あの子には、また苦労を掛けるわね……」
結局世界に影響するには、アガタの力を借りざるを得ない――そして、今想定していることを彼女にやってもらうには、かなりの負担となるだろう。それでも、彼女は自分を慕い、付き従ってくれる――それに若干の罪悪感を覚えながらも、自分も円卓を去り、準備を勧めることに決めた。




