5-33:旧世界における事情 上
T3を追ってテラスを降り――落下の際もオブジェなどを蹴って加速しながら落下していたので、追いつけなかった――城門を抜け、市街地の方へと躍り出た。相手がすぐに屋根の方へ移動したので自分も跳躍したのでこちらもそれを追い、互いに屋根伝いに移動している形だ。
向こうは左腕の損壊と肩の傷、それに重力波の中で戦っていた反動もあり、体にはガタが来ているはず。対するこちらも右肩が損傷、同時に加速するたびに内臓がやられていくので、状況としては五分か、それでもなおこちらがやや分が悪いかというところか。
『……アラン、落ち着け。オレはあの襲撃者達と話がしたい』
相手が加速を切り、こちらも限界で一旦加速を切ったタイミングで、脳内から男の声が聞こえ始める。
『落ち着いてなんていられるか!! まさか、アイツまでお前の知り合いだったとか言わないだろうな!?』
『いいや、あの銀髪のことは知らない……しかし、どうやら虎の力をチェン……お前の知っている名で言えば、ゲンブに与えられたようだな』
『俺はそいつのことを信用してないんだよ!!』
べスターは自分に協力してくれているが、ゲンブの暗躍が今回の王都襲撃を招いたのなら――横を覗き見れば、学院の時計塔が丸々吹き飛んでいるのが確認できる――かなりの人的被害も出ているし、魔王に加担していたことを差し引きしても、これでアイツらをお話しろは無理な話だ。
『……分かった。ひとまずお前の好きにしろ……だが、戦う相手を見定めなければならない。仲間を殺されてカッカする気持ちは否定せんが、大局もまた考えて欲しいんだ』
『……どういうことだ?』
『真に戦うべき相手は、恐らくこの世界において七柱の創造神と呼ばれている連中だ。オレやチェンの事が許せずとも、ひとまずは手を組んで七柱と戦うべきだ』
確かに、ここまで世界を見てきたうえで、七柱は信用できるものではない――ゲンブたちをどの道ぶっ飛ばすつもりでも、何故七柱と古の神々は争ったのか、その事情くらいは聞いてもいいかもしれない。
そう思った瞬間、前方から手斧が飛んできた。それをいなした瞬間、向こうが再び加速を開始したので、自分も再び奥歯を噛んだ。
『ちっ……俺はアイツの相手に集中しなけりゃならないからな、勝手にしゃべってろ』
『あぁ……以前、クラウディア・アリギエーリから神話の話を聞いた時、以前にオレ達が敵対していた人物と、一柱の名前が一致した。恐らく、他の神々は偽名だろう……一致した相手はハインライン、オレが最後に戦い敗れた相手だ』
それを聞いて、少しだけ胸がざわめく――コイツはどんなつもりでエルのことを見ていたのか。
『別に、エルという娘のことを悪く思っているわけではないからな。安心しろ……ともかく、ハインラインとの確執はひとまず置いておいて、七柱と我々が何故戦っていたかだな。奴らの目的は、高次元存在を自らの手中に収めて、並行宇宙の彼方まで支配することだ』
一旦、加速を停止する――高次元存在、先日学長から聞いた話だ。だが冷静に考えれば、そんなものが本当に実在するのか。もちろん、一見すると中世風の世界で止まっているこの世界の裏側に、前世の技術を上回る機構が存在しているのだから、自分の常識だけでは測れないこともあるのかもしれないが。
丁度、自分の以前の常識ではあり得なかったモノが視界に現れ始める。それは、翼をもがれた龍――いつの間にかほとんどは落とされていたようだが、その一体は傷つき落下してきたのか、それでもなお気性は荒く、その爪牙で街を破壊しているようだった。
とはいえ、アイツをどうにかできる火力は自分にはない。それに、なんならゲンブ――チェンとやらが龍を操っているのなら、結局はやつらを止めるのが先決だ。
『……高次元存在など存在するのか……その存在を示唆するのが、三つのモノリスの存在だ。まず、母なる大地のモノリスを発見した旧世界の国際機関は、秘密裏にそれを解読して月のモノリスと最後のモノリスの位置を突き止めた。
母なる大地のモノリスは最後まで国際機関の手中にあったが、月面開発技術を持ち、遥かの惑星にあった二つのモノリスを獲得したのは国家や国際機関などの公的な権力ではなく、私企業の連合体だった』
またモノリスなどという不明な単語が出てきたし、話の内容は全く頭に入ってこないが――そもそも、前方からの攻撃もいなさなければならない。ひとまず、べスターに任せるまま話させることにする。
『その私企業というのは、通信、機械、宇宙開発、クローン技術やアンドロイドの技術に特化した企業の連合体で、各企業の頭文字を取ってDAPAと呼ばれていた。
通信技術が一定ラインを超えてくると、情報の管理は政府より企業の方が力を持つようになり……人々が持つ端末には位置情報や財務状況、健康状態が記録され、人々が閲覧する情報をコントロールできる……。
そのため、裏側では企業が国際機関を上回る権力を獲得していたんだ。外宇宙の開発を推進したのも潤沢な資産を持つ私企業、そこでやつらは最後のモノリスを入手し、そのままそれを秘匿した』
『えぇ、まどろっこしい! 結論を言え!』
『……チェンの調査によれば、奴らが目指したのは、人類の進化の抑制だ。モノリスは本来、三次元空間における知的生命体の進化を促進する装置。最後のモノリスに書かれていたのは、もし人類がそれに到着できなかった時の顛末……。
高次元存在の実験体である我々が進化というその使命を果たせなかった時、人々の思考や意志は高次元へ還される。奴らが狙ったのはその一瞬、高次元と世界が繋がった瞬間、主神とも言うべき高次元存在を母なる大地に閉じ込めようとしたんだ』
『結論になってないぞ!?』
『前提を言わずに理解できるものでもない……ここからが結論だ。要するに、奴らは旧人類の精神的な退行を図った。
通信技術と人の労働力に代わるアンドロイドの発達により、蔓延っていた人類の停滞感を利用し、人類の進化に対する精神性を抑制して、高次元存在を呼び出そうとしていた。オレ達は、それを止めるために戦っていたんだ』
旧人類の進化に対する抑制、それはこの世界で行われている進化の抑制と同一のモノではないか。べスターの言うことが本当であるかの判別はまだ出来ないが、それでもこの世界で行われていることを見れば、ある程度信用できる情報とも思える。
ただ、それは旧世界と惑星レムの情勢が重なっているだけで、根本的な所に疑問が残る。
『そんな、陰謀論みたいな話はにわかに信じがたいな……ようは、旧世界の人類全体を洗脳しようとしたってことだろう? 情報社会において、一元的なモノの見方を人類に刷り込むなんて出来ないと思うが……』
『部分レベルでは可能だった、と言うべきだろうな。ただ、部分レベルだけで良かったんだ……要するに、社会的な発展を望まぬ人類が大半になれば良かっただけだ。
それに、そのための情報技術……考えてもみろ、紙以外のありとあらゆる電子媒体の表示結果を奴らはコントロールできるんだ。人が知る情報の多くはDAPAに都合の良い情報に絞られる』
『情報統制なんかしたら疑問を持たれるだろう? それこそ、権威者が発信する情報なんか、疑いを持ってかかる人は絶対に一定数いるはずだ』
『DAPAは情報の閲覧を制限はしない。ただ、奴らにとって都合の良い情報がより拡散されやすくしていただけだ。
そして、情報の発信者はDAPAではない。DAPAに都合の良い情報を拡散する個人や企業であり……人の意志は絶対的な孤立ではいられない。反対意見にでも長らくそればかりに触れれば思考は緩和され、昨日は認められなかったものを次第に認めるようになる。
DAPAがしたのは、世界の多くの人たちが自然と停滞感に巻き込まれるように情報を操作すること……そして、その停滞感の刷り込みだけで良かったんだ』
そんな中でも自己を見失わなかった人間は、旧政府に所属するかDAPAに引き込まれるか、と付け加えられた。まだ全面的にはべスターの言うことを信じられたわけではないが、ひとまずことの顛末を聞いてみることにする。
『……それで、最後にはどうなったんだ?』
『旧世界での顛末をオレは知らない……だが、この世界の状況と、チェンとホークウィンドの介入から想像は出来る。我々は敗北したが、同時にDAPAの連中はその実験に失敗し、別の箱庭……つまりこの惑星レムで、それをやり直そうとしていると考えられる』
『もし、お前のいう事が正しいとして、奴らの実験が成功したらどうなる?』
『正確なことは分からないが、一つだけ、確かなことはある。人々の停滞した意志を依り代に高次元存在を呼ぶんだ。つまり……』
『この世界の人間たちは、生き残ることは出来ない……か?』
『……意識が人の身から奪われるだけだから、生物的には残るかもしれない。しかし、もぬけの殻のように、ただ反射と本能から来る生理的な行動を繰り返すだけの生物になり果てるのは間違いないだろう』
もぬけの殻、そう言われてふと病床でうつむくジャンヌ・ロベタが脳裏をよぎった。仮に死にはしなくとも、あのようにうわ言を繰り返すだけになるのを、生きていると言っていいのだろうか――それは意識があるものの傲慢とも言えるかもしれないが、同時にそれを受容することはできない自分も確かにいる。
もし仮にべスターの推測が正しいとするのなら、七柱に加担して古の神々と敵対することは、すなわちこの世界の終末を意味する――もっと言えば、この世界に生きる人々の、少女たちの人間性の死を意味するのか。
それならば、多少の狼藉に目をつぶってでも、まだゲンブたちに加担するほうが正解なのかもしれない。しかし、奴らは奴らでエルを狙っているし、この世界の人々のことなどどうでもいいと思っているように感ぜられる。
結局、この世界に生きる人々は、旧世界の支配者達の戦う盤上で成されるがままになっているのだ。それがやるせなく、許せない――もちろん、べスターのいう事も一理ある。どちらかに加担して、どちらかを倒すべきなのではないかと。それなら、七柱を止めることだけに注力をしているゲンブたちに加担するほうが、まだこの世界の存続を思うのならプラスとは思える。
しかし同時に、理屈は分かっていても感情で処理できない問題もあるのも確かだ。




