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5-32:そして少年は永遠となる 下

「いやぁあああ!! シンイチさん……!!」


 その声はテレサのものだった。それ以外にも周りがざわめいているのが聞こえるが――あまり頭には入ってこない。


「……俺が、甘かったよ」


 こんなことになるのなら、最初からもっと自分が前に出るべきだった。そもそも、コイツに変な情をかけることをエルに推奨すべきではなかったのだ。


 とにもかくにも、自分の中に渦巻く感情にどうにかなりそうだった。自分の甘さが引き起こした後悔に、自分に対する怒りに、そしてなによりも――シンイチを殺した目の前のこの男に対する怒りに――!


「……俺がお前を殺してやるッ!! 覚悟しろ、T3!!」


 感情の爆発に口が勝手に動き、残った手で肩に突き刺さっていた短剣を抜き出している男に向けて指を指した。捨てられた短剣には鮮血が付着しおり――T3も自分の指先を見つめ、憎々し気に舌打ちをした。


「……私は二度も警告した。命を投げ捨てたのは聖剣の勇者だ」

「うるせぇ!! 二度と減らず口を叩けないようにしてやる!!」


 自分が再び奥歯を噛みながら前に出ようとした瞬間、エルフとの間に散弾の如く苦無が通り過ぎていく。最初は割って入る様だった苦無の軌道は順にこちらへ迫ってきており、後ろへ後退せざるを得なくなった。


「ちっ……!」


 後ろに跳びながら投擲物が射出された方を横目で見ると、辺境伯領で相まみえた黒装束がテラスの方に立っているのが見えた。


「T3、ここは退け!!」

「ホークウィンド、しかし……」

「目標は達した、ここで貴様を失うわけにはいかん!!」

「……分かった」


 T3は抜き出そうとしていた斧をそのままこちらに投げ――こちらの顔面を抉る軌道のそれを首を動かして躱す――すぐにテラスの方へと駆け出した。


「逃がすかよッ!!」


 奥歯を噛み、ホークウィンドの横をすり抜けて脱出しようとする銀髪の後ろを追う。こちらの動きを読んでいたのか、忍者が再びこちらへ向けて射出してきたが――こちらだってお前の牽制は読んでいる。苦無を低姿勢ですり抜け、そのまま巨体の横を通り過ぎてテラスを飛び降りるエルフを追うことにした。


 ◆


 破裂音と共に彼と銀髪のエルフが忽然と姿を消すと、同時にアランの姿も忽然と消えてしまった。


『なんだか怒涛の展開で……何が何やらだね……』


 自分の内に宿る魂がそう声を掛けてくる。実際、銀髪のエルフが現れてからの状況は、加速した世界を認識できない自分には良く分からなかったというのが本音だ。重力の檻で幾分かシンイチが善戦し、エルが追い詰めたところまでは分かったが、その後はいつの間にか宝剣が奪われており、気が付けば勇者の首が――。


「……幸か不幸か、ともかくもっとも厄介な手合いは去ったな」


 状況を整理している傍らで、夜の闇に溶け込んでいる黒装束の方から声が上がった。以前、ハインライン辺境伯領に現れた敵――それがゆっくりと屋内の方へと向き直る。


「さて、残った諸君……私は不要な殺しは好まない」


 布から僅かに覗く巨漢の眼を引き込まれるように見ると、倦怠感とも恐怖感とも取れる感情が体を支配する。この感覚は、以前に魔王城で味わったことがある――畏敬、つまりあの忍者も旧世界の神の一柱だったという事か。


「各々、そこで大人しくして居ろ……そして、ハインラインの器。今度こそ討たせてもらおうか……!!」


 いつの間にか落ちていた視線を何とか上げて、状況を認識しようとする。ホークウィンドと呼ばれた男が背中に背負った巨大な刃に手をかけ――その視線の先には、呆然とヒビだらけの床に手をついているエルがいる。


 今からティアに交代して、なんとか間に合うか――そう思った矢先、薄紫の髪がホークウィンドとエルの間に割って入った。


 そして、男の背から巨大な十字型の刃が投げ出される。


「第六天結界……!!」


 対する小柄な女性は巨大な鉄の棒に強大な斥力を宿し、次いでそれを思いっきり振りかぶった。鉄の棒と十字型の刃が衝突し、


「ぶち飛び……やがれですわぁああああああああああ!!」


 その小さな体から出ているとは思えないほどの強烈な咆哮と共に、鉄棒が振りぬかれた。すると、十字型の刃は弾き返され、巨体の横をすり抜けてテラスの奥、つまり夜空の奥へと飛び去って行く。


 ホークウィンドはしばらく弾き飛ばされた刃を眺め、ゆっくりと自らの攻撃を弾いた小さな女性を睨み見る。


「……見事」

「ふん……真に驚くのはここからです。神をも恐れぬ狼藉者め……女神レムの名において、このアガタ・ペトラルカがお相手しましょう」


 なぜ、畏敬の中でも彼女は平然と動けるのか――ともかく、滅茶苦茶な攻撃を滅茶苦茶な方法で撃ち返して、アガタ・ペトラルカは鉄棒を一回し、その先端を床にたたきつけて、空いた右手で後ろ髪を払って見せた。

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