5-28:狂騒の輪舞 下
「アラン君! 無事……」
状況が少し落ち着いた時を見計らってきたのだろう、クラウがこちらへ走って向かってきてくれた。彼女は自分の方を見ると眼を見開き、しかしすぐに冷静になって自分の隣にしゃがみ込んだ。
「……じゃないですよね。ともかく、ティアと交代してすぐに治療を……」
予想より冷静な声でそう言って、クラウは瞳を閉じた。同時に、脳内に男の声が響き始める。
『アラン、お前の再生能力なら、飛んだ腕をくっつける方が良いだろう……生半可に代謝を促進させたら、皮膚で覆われて末端は再生できん』
確かに、右腕が無くなるのは大分困る。そう思い、痛む体を押しながらテラスの隅に転がっている自分の右腕を左手で掴み、それらの切断面を合わせて赤い瞳の少女の方に向き直る。
「……ティア、治療を頼む」
「あ、あぁ……」
自分で腕を傷口に抑えながら待つ自分が一種異様に見えたのか、ティアは一瞬息を飲んで返事をして、しかしすぐにこちらの右肩に淡い光と共に手を差し伸べた。すぐに切断面が繋がり始め、まだ幾分か残る痛みと共に右腕にも再び血が巡り――しかしまだ痺れて動かない感じで、妙な違和感がある。
「それにしても……改めて驚きの再生能力だね。神経が切れた腕が、綺麗に繋がっていくなんて……少し、いやだいぶ異常だよ」
『あぁ、安い腕だな。以前に腕が吹っ飛んだときは、修理するのにどれ程の予算が飛んだことか……』
自分のオリジナルは文字通りに腕を吹っ飛ばすことがあったのか。しかし、再生ではなく修理というべスターの口ぶりから察するに、自分の体が真っ当な状態であったとは少々考えにくい。
『……人の腕を安い扱いするな……しかし、優勢に見えても油断ならん相手だ。俺も……』
『いや、お前なしでもこのまま行けるかもしれん……虎を倒すために生まれた二対の剣があるのだからな』
『あぁ……? そういえば、ホークウィンドがヘカトグラムを見て虎の檻とか言っていたな……』
脳内で会話をしている横で、今度はテラスの下から轟音がし、背中を預けていたテラスの手すりが大きく震えた。首を回して下を見ると、巨大な手裏剣が広大な庭の草木を薙ぎ、兵たちが雄たけびやら悲鳴やらを上げている光景が見えた。
「……噂をすればなんとかってやつか!? くそ、俺も……」
「アラン君、ダメだ……治療は済みましたが、まだ右腕は動かないと思います。利き手が動かせない状態で、無理はしないでください」
「くっ……」
赤い瞳が途中で青い瞳に戻り、動き出そうとする自分を少女が制止する。確かにまだ右腕に感覚は無いし、動かそうと思っても動いてくれそうもない。
右手に神経を集中させている傍らで、更に何かの気配を察知する。それは、かつて暗黒大陸で感じたことがあるもの。生物としての格が自分たちとは違う、大空の覇者――しかし気配のする方を見ても視界には何もいない。
だが確実に気配はあるのだ――そう思っていると、また世界を揺るがすような咆哮が遠方から届いてくる。その咆哮に合わせて、気配がしていた箇所の輪郭が次第に浮き彫りになる。雲の切れ間から差し込む月光に一部が照らされて突如として空に姿を表したそれは、やはり暗黒大陸で見たドラゴン、それも七体ほどいるようだった。
「……おいおいおいおい!?」
「さ、流石にアレに攻め込まれたら、王城と学院どころか王都そのものがひとたまりもありませんが!?」
そう、予告で襲撃されるのは二か所だったはずだ。アレが攻め込んできたら、仮に自分が本調子でもどうすることも出来ない――自分の最大火力は左手の杭、こんなものでは龍の体表を幾分か抉って終わる程度だろう。
同時に、屋内の方でも再び剣戟の音がなり始める。そちらに視線を移すと、重力に耐えきれずに幾分か崩落を始めている床にシンイチが構え、銀閃の暴風に耐えている姿が目に映った。シンイチの方が防戦一方という風にも見えるが、その眼には希望の光が宿っている。
ふと、一層激しい音が響き、一つの刃物がその手から落ちる。切り上げられたサーベルは、虎の軛たる重力が上乗せされた手斧の重い一撃に逆らえなかったのだ。そして軍刀が地面に落ちると同時に、シンイチの前に銀髪のエルフが姿を現した。
だが、シンイチの目に一層の闘志が燃え上がったのが見える――アレは弾かれたのではない、狙っていたのだ。
「……そこ!!」
マントから新たな手斧を出そうとしていたT3の腹部に、シンイチの膝が埋まった。勇者はそのまま左足を軸に体を捻り、エルフの体を一気に蹴り飛ばした。
『……ADAMsの永久利用はできない。仮に肉体改造を受けていたとしても、加速した時に神経が耐えきれないからな……あの少年、それを見切っていたというのか?』
べスターの講釈が終わると同時に、T3の体が柱に叩きつけられる――そして、それに合わせていち早く動いたのが黒衣の剣士だった。左手に宝剣を持ったまま、右手に短剣を持ち、それをすぐにエルフの口内へと差し込んだ。
アレではT3側は奥歯を噛むことが出来ないし、相手が下手な動きをしたらエル側としてはそのまま突き刺せばいい。これは勝負あったか。
「お義父様の仇……」
一体、いま彼女はどんな表情をしているのか――少なくともこちらから見えるエルの背中は、わなわなと震えている。
「武装を解除しなさい、T3とやら……アナタには、色々と話してもらわなければならないから」
今にも爆発しそうな感情を押し殺しているのだろう、少し上擦って聞こえる剣士の声に、銀髪の襲撃者はただ――つまらなそうに、同時に侮辱をするような眼で、自分の命の手綱を握っている相手を見下していた。
「……そう、何にも話す気はないって眼ね……それなら……!!」
エルはその短剣を押し込もうと力を込める――しかし、それは実現されなかった。
もはや何度目かも分からない急展開、しかし今回のは今日の中でも最大のモノだ。比喩ではなく、文字通りに王城全体が大きく揺れ、重力の軛で痛んでいた会場の床は、その最後を迎える――ほとんど全体が崩落するのにエルの足が取られて、意識が削がれたのと同時に、銀髪のエルフを息を吸ったのが見え――。
気が付けば自分は無意識に奥歯を噛みしめていたのだろう、世界から再び音が消えていた。そして、これから起こる惨劇を回避すべく、一目散に崩落する会場へと走り出した。




