5-27:狂騒の輪舞 上
「……その名は捨てた。今の私はT3……三番目の虎。ゲンブという通称に合わせるのなら、ビャッコと言ったところか」
銀髪の男は先ほどのアガタの言葉に少ししてから反応した。
しばらくけん制し合うように視線を逸らさず互いに睨め合う時間が流れる。いくら腕を飛ばしたと言っても、こちらも超音速の世界、つまりT3と同じ動きが出来るのだから警戒しているのだろう。
『……アラン、大丈夫か?』
自分の脳内に男の声が響く。あまりお喋りしている暇はないので、相手にガンを飛ばしたままその声に応えることにする。
『これが大丈夫に見えるか? だが……!』
相手がADAMsで動くとなれば、自分が打って出るしかない――しかし、肉体強化なしに加速した反動と、右腕が吹き飛んだ痛みとが遅れて同時に自分の体を襲ったため、ついにはその場に崩れ落ちてしまう。
「止めておけ、アラン・スミス……今日の相手は貴様ではない……」
恐らく倒れたことで俺を相手にする必要はないと考えたのだろう、T3は城内の方へと向き直った。中の方もテラスで異常があったことが徐々に広まっているらしく、すでに音楽は止まり、ざわつきがこちらにも聞こえ始めている。
そして、男が奥歯を噛んだ直後、そのざわつきをかき消す爆音が鳴り響く。次いで、城内にいた警備員達が血しぶきと共に倒れ――揺れるカーテンレールを鮮血が染め、T3は舞踏会会場のど真ん中へと移動していた。
そうなると、中は阿鼻叫喚の様相になる。あり得ない状況に、中の人々もどう対応すればいいのか分からないのだろう。逃げればいいのか、立ち向かえばいいのか――ただ尋常でないことが起こっているという恐怖感から上がる悲鳴が次々に伝播して、そのせいで人々はパニックを起こしているようだった。
だが、ざわめく民衆の中から、一つのシルエットが現れる。その者は落ち着き払っていて、腰に掛けた剣の柄に手を添え、襲撃者を真っすぐと見据えた。
「……そこまでだ」
制止する声に襲撃者は反応し、声を上げた者の姿をじっと見つめる――最初は品定めするように、しかし何者か分かると、T3の表情は憐れむような、同時に相手を見下したような冷たいモノに変わる。
「聖剣の勇者、シンイチ・コマツ……その剣を下ろせば、幾許か生きながらえることが出来る。無駄な抵抗は止めろ」
「そうは言うがね……それでもボクはこの世界を救うために召還された勇者なんだ。だから……」
シンイチは鞘から刃を抜き、その切っ先を長耳の銀髪へとむけた。
「命を脅かされる人々を前に、逃げ出すわけにはいかない」
「ふっ……そうか。愚かなことだが……貴様もまた、勇者ということなのだな」
勇者の覚悟を悟ったのか、銀髪はシニカルに笑い、マントの下からもう一本の手斧を取り出す。そして左手のモノを少年の方へと突きつけた。
「T3、少し待ってほしい……無関係な人々を巻き込むのは……」
シンイチが全てを言い切る前に、T3は右手の斧をおもむろに真横に投げた。その斧は逃げ惑う人々の真上で弧を描き、ちょうど二枚扉の取っ手の部分にがっしりとはまってしまう。
「……どさくさに紛れて、獲物が逃げるかもしれない。それはできない相談だ」
「そうかい……だが、時間稼ぎは済んだ……!!」
シンイチの一言ともに、T3を中心に重力の檻が発生する――時間稼ぎが済んだというのは、エルフの周りから人々が退避するだけの時間を稼いだといういう意味か。見れば、先ほどよりもシンイチとT3の周りから人が引き――同時に、巨大な重力波が二人の男の真上から覆いかぶさるように発生した。
「……この時を、どれだけ待っていたことか!!」
その声は、玉座の近くの柱の裏から聞こえる――仇のエルフが襲撃したときに、少しでも相手の動きを鈍化させらるようにと、エルは隠れてこの機を伺っていたのだ。
肝心のT3も、予測していなかった一撃を防ぐことが出来ず、その場に叩き潰されている――どころか、恐らく加減なしの重力波なのだろう、城の床に亀裂が入り、T3は崩落しそうな床に手をつく形になる。
「お義父様の仇……覚悟!!」
「いや、待ってくれエルさん」
炎の魔剣に手をかけて今にも飛び出しそうになっているエルを、シンイチが後ろを振り向きながら制止した。
「……でも、そいつは!」
「事情は汲むけれど、コイツの狙いはアナタだ……同時に、重力の軛のない状態の虎は手が着けられない。だから援護に徹して欲しい。大丈夫、必ずコイツはアナタの元に突き出すから」
エルは納得いってないようだったが、炎の魔剣の柄から手を離し、代わりに宝剣を強く握りしめた。アイツの速度を落とす宝剣の使い手が真っ先にやられるわけにはいかない――それを汲んでくれたのだろう。
「……お父様、失礼します!」
その声が聞こえてから、すぐに緑色の光が場内を明るく照らし出す――ドレス姿のままのテレサが跳躍し、そのまま玉座の後ろの壁に飾られていた神剣を引き抜いたのだ。
「テレサ、アレイスター、アガタ! 今一度、僕に力を貸してくれ!!」
シンイチが左手に調停者の宝珠を掲げると、三者は頷き、近くにいたアガタは金色の粒子を纏いながら渦中へと走り去った。
「トリニティ・バースト、発動!!」
シンイチが叫ぶと同時に、屋内には緑色の光と金色の光、それに重力波が生み出す黒い光とで一種異様な光景になる。檻から逃れんとT3が動き出し――シルエットは肉眼では捕らえきれないものの、走る銀の流線は追える程度に速度は落ちている。
T3が目指していたのは、やはりエルの方だ。しかし、その凶刃が彼女を捉えることはなかった。銀色を金色が追い、金属がぶつかり合う音と同時に二つのシルエットが姿を表す。片や聖剣の勇者――とは言っても、今手に持っているのは軍用のサーベルで、片や銀色の虎――こちらも特別な仕様のない、どこにでもありそうな手斧をシンイチの持つ刀剣に打ち付けている。世界の命運を賭ける一戦にしては、両者がぶつけている獲物はある種異様な感じである。
「……アナタは重力の檻で速度を割かれ、味方のみ重力を無効化する神剣の加護と、トリニティ・バーストがある……これなら、音速を超えるアナタともやり合うことが出来る」
「……貴様!!」
T3が斧を力強く薙ぎ、シンイチのサーベルが弾かれる。T3も標的をエルからシンイチへと切り替えたのだろう、目の前の相手を打ち倒すのに専念しているようだった。
こうなると状況的に見れば圧倒的にこちらが優位にも感じる。相手はシンイチ一人に手間取っているのに対し、こちらにはエル、テレサ、アレイスター、アガタと控えているのだから。
しかし、言うほど状況を楽観視は出来ない。シンイチとT3の打ち合いが激しく、下手に割って入ることが出来ない状況になっているのだ。こうなれば、ほとんど一対一の状況に近い。改めてみればシンイチの剣捌きも相当だが、魔王と戦うための補助を全部乗せで、更に重力で速度を削がれている状態で五分に打ち合っているT3も相当か。
そう状況を推察していると、また二つの刃が火花を散らし、銀の流線が後ろへと下がった。どうやら、加速時間の限界が来る前に一旦距離を離したようだ。




