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5-26:勇者の演説 下

 昼間の講演が終わり、既に夜になった。あの後はすぐに王城へ移動し、襲撃の件をシンイチとテレサ、また舞踏会に参加予定でこちらに来ていたアレイスターに報告した。その結果の裁定として、ただのデマの可能性もあるので舞踏会自体は行うが、王城と学院の警備自体は強化するとのことになった。


 背後から優雅な音楽が流れる中、自分は曇天の下、冷たい風の当たるテラスから外の様子を伺っている。確かに地上部分には警備の兵もたくさんいるし、生半可な相手ではここまで侵入も難しいのだろうが――。


「……アランさん、こんな所に居たのかい」


 背後から唐突に声をかけられ振り向くと、そこには腰にサーベルを刺し、貴族風の正装に身を包んだシンイチが立っていた。一応この世界の、というよりパーティーの男性版ドレスコードというところか。


「お、なんだ伊達男のご登場だな」

「止めてくれよ、むず痒い……襲撃があるとするなら、僕も迎え撃つ準備をしたかったのだけれど」

「お前さんは主役だし、そうもいかないだろうさ……しかし、シンイチ、昼間の演説はかなり良かったぞ」

「あはは、ありがとうアランさん」

「しかし、慣れた風だったな?」

「そんなことはないよ、皆の前に立った瞬間、何を言おうか分からなくなったくらいで……頭が真っ白になったさ……そういうアランさんは見張りかい?」

「あぁ、恐らく来るとするなら、ここからだろうし……違うとしても、襲撃の気配をいち早く察することもできると思う」


 寒空の下でわざわざ風に吹かれている理由はこれだ。ゲンブは浮いているし、ホークウィンドやエルの仇なんかが来たら、あの城門も地上数階なんぞ訳もなく飛び越えてくるはず。壁でもぶち開けて乱入されたらそれまでだが、そうでなければもっとも侵入しやすいのはここになるはず――そういった強襲にいち早く対応するために自分はここに陣取っているのだ。


「……それに、こんな格好じゃあ式場にいても浮くしな」


 そう言いながら、こちらの姿が見えやすいようにわざとらしく肩をすくめて見せると、シンイチはくつくつと笑った。


「別に、着替えたってよかったんじゃないかい?」

「そうは言うが、そんなパツパツの服じゃ武器を仕込みにくいからな」

「まぁ、それもそうか……先輩は袖下から色々出すからね」

「おい、なんか胡散臭い奴みたいな言い方はやめろ」

「あはは、申し訳ない」


 シンイチは再度楽しげに笑い――少しして落ち着き、また真剣な表情に切り替わった。


「……アランさん、調停者の宝珠を今持っているかい?」

「あぁ、持っているが……返したほうが良いか?」

「うん、この場にはソフィアがいない。代わりに、テレサ、アレイスター、アガタは揃っているからね……何かがあった時に、トリニティバーストを使えるよう準備しておいた方が良いと思うんだ」

「そうだな、それじゃあ……」


 ポケットからついている宝珠を取り出し――やばい、ポケットのごみが付着してる――糸くずを払って綺麗になったのを確認してから差し出すと、シンイチはいやな顔をひとつせず笑顔でそれを受け取った。


「うん、確かに受け取ったよ」

「なんとか主賓殿の手を煩わせないようにしたいんだがな」

「その気持ちはありがたいけれど、用心するに越したことはないからね……」


 ふと、優雅な音楽の鳴り響く室内から勇者を呼ぶ声が聞こえた。その声の方を見ると、綺麗なドレスに身を包んだお姫様が、元気そうに手を上げてシンイチを招いているのが見えた。


「……それじゃあ、僕は向こうに行ってくるよ」

「あぁ、お姫様にエスコートされて来い」


 あまりシンイチの持っている記憶について深く言及をしたことがある訳ではないが、前世の一般人をトレースしているのならダンスなんぞ躍れないはず――そう思って言った皮肉だったのだが、姫の手を取って躍り始めた勇者は何の問題もなく躍れており、むしろ姫をエスコートしているようにすら見えた。


「……どうしたのですか、アランさん。そんなあんぐり口を開けて」

「いや、アイツなんで躍れるんだよ……」

「なるほど、それで驚いていらしたと……」


 声のしたほうを向くと、そこにはいつもの聖職者風の衣服に身を包んだアガタ・ペトラルカがいた。


「そういうアガタは、ドレスじゃないんだな?」

「えぇ、聖衣は正装ですから。これで参加でも問題はございません。踊るならば別でしょうけれど」

「なんだ、クラウは着替えるって言ってたのに」

「あの子は衣装をアレンジしてますからね……まぁそれよりは、誰かさんに着飾ったところを見てほしかったんじゃありませんか?」

「ふーん……?」


 前世的な感覚から言えば、クラウもオシャレをしたいお年頃だし、そういうのもか――そんな風に思っていると、いつの間にかアガタは呆れたように眼を細めてこちらを見ていた。


「……アランさん、索敵するよりもうちょっと他の気配を感じたほうが良いんじゃありませんか? 百メートル先の敵の息遣いに勘づくよりは簡単だと思いますけど」

「えぇっと……どういうことだ?」

「それは言ったら野暮ってものでしょう……はぁ……」


 アガタは顔を手で塞いで、大げさにため息をついてみせる。しかしその手をどかすころには、釣り目にキッと力が入り、張り詰めた表情になっている。


「ところで……襲撃予告があったそうですね?」

「あぁ……レムの方で何か察知はしていないのか?」

「王都の半径百キロメートルを警戒していますが、今のところ怪しい動きはないそうです」

「ひゃ、百キロ……」

「あら、それこそ旧神達が本気を出したら一瞬の距離、というより世界全土を監視可能ですわ……しかし、あまり意味はないかもしれません、とのことです」

「なんでだ?」

「恐らく、ゲンブ一派はこちらの探索に引っかからない、何かしらの技術を利用して潜伏しているのでは、とのことで……恐らく地中だろうという目測はついているのですが、超音波などで地中を探しても偽装がされているのか、なかなか居所が特定出来ないみたいです」


 超音波で地中捜索とは、完全にこの星本来の技術力を超えている。それを何者がどう探索しているのかまでは分からないが、やはり自分の惑星レムに対する推測はある程度の的を得たものであり――少なくともかなりの技術を持った者たちが、この世界を管理しているというのは間違いなさそうだった。


「……それに、個体レベル、というか人間サイズの者が潜伏していた場合、かなり捜索は難しいようです。昨日アランさんが視認したセブンスという子なのですが……彼女も超音速で何者かによって屋根の上に移動させられたところまでは確認できたようなのですが、その後は……」

「……超音速ってことは、やはり……」

「えぇ、テオドール・フォン・ハインラインを殺害した人物……その者の正体は……」


 アガタの言葉を聞ききるより先に、全身の毛が逆立つような緊張感が走り――本能に従い奥歯を噛むと、舞踏会の優雅な音楽が消え去った。


 そして同時に、自分の背後に何者かが降り立つ。コートから短剣を抜き出して振り返ると、向こうも自分の気配を察したのかこちらを見て――相手が対応するより早くこちらは右手のナイフを振りぬく。


 ほとんどこちらの奇襲だったのに、相手も良く対応しただろう。男は体を捻ってナイフの軌道を寸前でかわし、ナイフの切っ先は幾許か頬の肉を切り取るに終わった。互いの体が交差する瞬間に、ようやっと相手の顔を凝視する――長い銀髪に傷だらけの顔、そして長い耳――エルが言っていたのに違わない、テオドール・フォン・ハインラインを殺害したエルフの特徴に合致していた。


 それならばこそ、一切の油断も手加減もできない相手だ。一歩踏み出して距離を取り振り返ると、相手はすでに手斧を持って、それをこちらへ投擲してきた。加速した勢いで投げ出される投擲物は幾分か速度を増すものの、それ自体は物理法則に従い減速していく――つまり、反応できない速度ではない。斧の描く軌道のすれすれに踏み込み肉薄すると、相手はバク転する形で背後へと跳んだ。


(甘い回避行動……!)


 踏み込んでいる分、相手の着地よりこちらが接敵するほうが早い――そう思って一気に近づいたのがマズかった。相手の体がマントに隠れ、視認できない部分があり――マントの一部分が鋭利な軌跡となりがこちらに振り上げられているのを見た時には、完全な回避は間に合わなくなっていた。


(ぐっ……!?)


 そのマントに並々ならぬものを感じてなんとか少しでも身を翻す――弧は自分の右肩を薙いでそのまま中空を切り、相手が着地する直前に互いの時の流れが正常に戻った。


「がっ……!」


 世界に音が還ってくる。石畳を叩く靴の音、相変わらず鳴り響く優雅な演奏の中、闇夜に血しぶきと、誰かの右腕が飛び――。


「……っ!? アランさん!?」


 目の前から消えたのだから、自分を探すのに周りを見回して反応が遅れたのだろう、アガタの声が少し遅れて聞こえてきた。


「……アガタ、さっきの話の続きを聞かせてくれ……」


 まだ脳内麻薬が過剰に出ているおかげだろう、右腕を失った痛みはほとんど感じない――

腕を押さえてしゃがみ込み、男を見上げながら、背後のアガタに問うた。


「……えぇ、テオドール・フォン・ハインラインを殺害した人物……その者の正体は、アルフレッド・セオメイル……かつて、勇者である夢野奈々瀬と共に、魔王と戦った人物です」


 こちらの右腕を切り飛ばした手斧の血を払って拭い、目の前の男――アルフレッド・セオメイルと呼ばれた男は、アガタの言葉に頷きも首を振ることもせず、ただ自分の方を冷酷な瞳で見つめていた。

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