5-24:両手に花 下
「……消えた!?」
驚いて、周囲を見回してみる――ついでに、先ほどまで感じていた少女の気配も手繰ってみるが、視界にも入らないし気配も忽然と消えている。
「な、何が起きたんだ……?」
「分からない……もしかしたら不透明化する魔術かもしれないけれど……」
「いや、それは違うな。もうあの子の気配が全くない」
「そっか……でも、気になることを言っていたね……?」
「あぁ……」
明日の夜、時計塔と王城には近づくな。良い人だからと理由がついていたことを察するに、あまり良い意味ではなさそうな気がするが――。
「……アランさん、明日は王城の舞踏会に出るのかな?」
「あぁ、テレサに誘われてる」
「そっか……アランさん、どうする?」
「どうするも何も……予定通り参加するさ。何もなければそれでいいし、何か危険なことがあるなら、多少荒っぽいことに覚えがある奴がいたほうが対応できるかもしれないしな」
「うん……やっぱり、アランさんだね」
ソフィアはそう言いながら微笑んだ。
「そういうソフィアは? さすがに准将殿だ、明日の祝賀会自体には参加するんだろ?」
「うん、でも祝辞を読んだら家に帰って来いって言われてるから、舞踏会は欠席する予定だったよ」
「そうか、それじゃあ自宅で待機……」
「うぅん、私は夜間に学院の方へ行くよ。幸い、外に出る名分はあるから」
ソフィアはコートの内側に手を入れ、先ほどウイルドから渡された封筒を出して見せた。ソフィアの実力を疑っているわけではないが、万が一ということもある――出来ればあまり無茶はしないでほしいのだが。
「いや、しかし……」
「あのねアランさん、私だってアランさんが無茶しないか心配なんだよ?」
「う、むぅ……」
「それに、あくまでも万が一に備えるってだけ。さっきのはちょっとした悪戯みたいなモノで、何事もないかもしれないし……それに、学長には相談しておくよ。あの人は祝賀会でも外に出ないだろうから」
「学長って強いのか?」
「うん、少なくとも、私とディック先生よりは……二人で束になっても敵わないかも」
魔王征伐に参加していた、この世界の最上級の魔術師が束になってもかなわない人が近くにいてくれるのなら、確かに少しは安心か。
「……あの子、私たちのことを知っていて近づいて来てたのかな?」
ソフィアはセブンスが消えた場所を見つめながらポツンと呟く。
「……いや、本当に偶然じゃないか? 楽観的すぎるかもしれないが、俺は置いておいてもソフィア・オーウェルにテロ予告なんかしたら、自分の首を締めるだけだぞ」
「確かに……でも、アランさんのこと、知ってるみたいだったから……」
そう言われても、自分としては文字通りに記憶にない――まさかレヴァルに居た訳でもないし、あの痛烈なファッション、そうでなくとも人目を引く綺麗な子だったから、見たらもう少し記憶にあると思う。
それならば、やはりジャド・リッチーが見た少女であったのか、それとも向こうの完全な勘違いだったのか。どちらかは分からないが――。
「……何事もなけりゃ良いんだがな」
「うん、そうだね……」
ソフィアも自分も、どこかうわの空でセブンスが消えた場所をじっと眺めていた。そして、これはきっと杞憂ではない――どこかそんな確信もあった。
◆
先ほどまで会話していた青年と少女が目の前から消え、気が付けば建物の屋上に居た。むしろ、現在自分は誰かの腕に抱きかかえられているというほうが正確か。
「……セブンス、あの二人が誰だか知っていて近づいたのか?」
その声は、自分を抱きかかえている男の方から聞こえた。
「うぅん、知らない。でも、アランさんの方は、何となく見覚えがあった」
「ふぅ……そうか。しかしとんでもない相手に予定を知らせてくれたものだ」
「そうなの?」
「あぁ、あの二人はハインラインの器の仲間……アランの方は、原初の虎と推定されている男だ」
「原初の虎……あの人が……」
原初の虎というのはゲンブから聞いていたが、あの人がまさかその張本人だったとは。想像していた人とあまりに雰囲気が違ったから、そう言われて少々驚きが隠せない。
「……ねぇ、T3」
「なんだ?」
「原初の虎って、人殺しなんだよね?」
「あぁ、そうだ」
「そうなんだ……そんな感じはしなかったけど……」
むしろ、どこか温かみと懐かしさを覚えて声を掛けた次第なのだが――しかし、重要なことをもっとも知らせてはいけない部類の人たちに言ってしまったのだ、これは問題かもしれない。
「……計画は変える?」
「いや、街の被害を抑えるには、人々の動きをある程度コントロールしやすい明日しかない……決行は揺るがない」
「そう……ごめんね、T3」
「いや……」
銀髪のエルフは、顔を背けながら黙ってしまう。長い髪で眼が隠れ、どんな表情をしているか読み取れない――彼は自分に対しては常にこういった態度を取る。
「……私のこと、嫌い?」
「そうではないが……あまりお前と話すつもりもない……しかし妙だな」
「何が?」
「セブンス、お前は人里に出たのは初めてだろう。それなのに、何故見覚えがあるなどということがあるんだ?」
「さぁ……オリジナルの記憶かな」
魔王城で感じた胸のざわめきは、自分のオリジナルがあそこを知っていたから――いや、しかしアランのことに関してはオリジナルの記憶でもあり得ないはずだ。
なぜなら、自分のオリジナルが生きたのは三百年前――エルフやドワーフならまだしも、人間は生きながらえているはずなどないのだから。




