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5-17:魔術学上級と主神について 上

 学長の研究室で適当にくつろいでくれと言われたものの、くつろげるスペースなどない――と思っていると、ソフィアが一部の本を片づけて埋もれていたソファーを掘り出してくれた。


「……そんなところに椅子があったのか」

「ソフィア君は何度かここに来ているからね……そんなことより、飴ちゃんはいらないのかい? 糖分は脳に良いからね」

「は、はぁ……それじゃあ、遠慮なく……?」


 本の隙間から差し出された手のひらから飴を受け取り、一つをソフィアに手渡してからソファーに腰かける。


「さて、改めまして、僕が学長の……えーっと……ギルバート・ウイルドだ……まぁこれが君とは最初で最後だろうから、別に覚えなくてもいいけどね」


 そう言いながら屈託なく笑われると、嫌味なのか本心なのかも掴みにくいが――なるほど、先ほど二人が変人だと言っていたのも頷ける人柄という事か。


「えぇっと、こちらはアラン・スミスだ」

「うん、良くぞ来てくれた……僕が君を認識したことで一つ、新たな魔術が完成する」


 学長は口角を釣り上げながら、傍らに置いてあったのだろう、彼の魔術杖を手に取りレバーを押し込む。


「……第六階層魔術弾装填」


 第六階層、かなりの高位魔術じゃないか――というか、自分が来て完成する魔術とはなんなのだろうか。


「構成、資料、二三〇〇の五、飛翔、向けて、アラン・スミス、手……」


 なんだその間抜けな構成、はじめて聞いたぞ――そう思っていると、学長の後ろから数枚の紙が浮き出て、高速でこちらに飛来してくる。


「……うぉ!?」


 慌てて手のひらで顔を隠すと、丁度自分の手にそれらの紙がひっついく。そして数秒して、それらの紙は魔術の力が失われたのだろう、パラパラと自分の膝の上に落ちた。


「ふむ……やっぱり速度指定するべきだったかな? でも、そうすると第七階層になってしまうのよなぁ……コストパフォーマンスが悪い。名前は、アラン君に資料をお渡し大作戦、でいいか……どうせもう二度と使わないだろうし、適当でもいいだろう」


 いつの間にかウイルドは杖を手放し、机の上にあった眼鏡をかけ、手元の紙にペンでつらつらと何かを書き連ねていた。


「……今のが、新しい魔術?」

「あぁ、そうさ。アラン君に資料をお渡し大作戦という名のね」

「はぁ……そんな簡単そうなことなのに、第六階層とか高位の魔術にしないといけないのか?」


 こちらの質問に対し、学長はまた口元を釣り上げて、ちっちと指を振った。


「君が見てきた魔術なんぞ、僕から見たら野蛮でくだらない魔術さ。何せ、ある種のエネルギーを一定の指向性を持って放出している簡素な物なんだから」


 老人はこちらから目線を離すと、再び手元のペンを動かし始める。


「攻撃に用いる以外の魔術は、これまた作成が難儀でね。一見すれば、紙を人に渡す、これなら三つの構成で行けそうだ。しかし紙と指定しても、世の中に無限にある紙を指定できないし、そもそも紙とはなんぞやという定義……パルプなのか木簡なのかとか、そういった指定まで必要になる。

 また、アラン・スミスに該当したの構成要素を人や男性など抽象的なものにしても、世に数多くある人や男性を指向してしまうので術がエラーを起こす……また、渡すといっても具体的な動きが無いから、飛翔にしたんだが……」

「は、はぁ……」

「ともかく、攻撃魔術や光源を起こすなどの単純な魔術以外は、どのように世界に作用したいのか細かく指定する必要がある。魔術師になりたいって学院の門戸を叩いてくる連中は、派手で見栄えが良い攻撃魔術ばかりに飛びつくが……本来的には魔術というものは、この世界の物理法則に抗う力なんだよ」


 そこで学長は再び顔を上げて眼鏡を置き、こちらの顔をじぃっと覗き込むように見つめてくる。


「君ぃ、くだらないと思っているだろう? 先ほどの魔術なんぞ使わなくたって、この飴と同様に手渡せばいいだけだろうと、そう思っているんじゃないかい?」


 今度は飴を一つ取り出し、袋を開けてそれを口に放り込む――老人の訝しむような表情が一転し、子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。


「飴ちゃんおいちい! ……だがね、僕は先日調査した資料が、この研究室の何処に行ってしまったかすっかり失念していてね。幸いなことに資料番号を覚えていたから、魔術で掘り出そうと考えた訳なのだが、せっかく作るなら少し複雑な奴が良い……そしてこうやって、君に資料を渡すことが出来た訳だ。どうだ凄いだろう?」

「あ、あぁ……凄い、のか?」

「ふぅん、君はまだ魔術の可能性を疑っているようだね? まぁそうだな、僕も先ほど作った魔術のことは、実はそこそこにくだらないとは自負している。だが、可能性は見えただろう?

 第六階層では、君にこの研究室に埋もれた資料を渡すことくらいしかできなかったが、これが第七、第八、第九と階層が上がっていけば、可能なことは指数関数的に増えていく……それこそ、惑星の自転の方向を変えて、太陽を西から東へと沈ませることだって出来るかもしれないし……文字通り、宇宙の法則だって変えられるかもしれない」

「……ちょっと待て、魔術って第七階層が一番上位なんじゃないのか?」

「それは、現状の惑星レムにおける、人が演算しうる魔術の限界値ってだけさ。事実、魔術神アルジャーノンは、第八階層までの魔術を扱うことが出来る……しかし、そう考えれば、七柱の創造神だってくだらないものだと思わないかね?

 神だとか言いながら、結局はこの世界の住民における人理の一歩先にしかいないのさ。そんな高等なもんじゃない」

「……第九以上の階層も、確かに存在すると?」

「あぁ、するさ。我らが主神ならば、無限の階層を扱うことが出来る」


 主神、思わぬところでこの世界のルーツにつながるような言葉が出てきた。学長の雰囲気に呑まれて聞き手に回ってしまっていたが、元々こういう話を聞きたかったのだ。

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