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5-12:テレサの案内 下


 ◆


 王城の外壁はかなり高く、ここだけレヴァルの防壁並みかそれ以上の防御力がありそうだった。その入口に到着し、門番にアレイスターの紹介状を見せたのだが、書類の確認のために外で待たされる羽目になった。


 しばらくすると、書類の確認が取れたとのことで、王城の巨大な門は――流石に開かなかった。代わりに横についている小さな扉が開かれ、防壁の中を通って王城の敷地内へと入ることになる。


「……アラン君、なんで残念そうな顔してるんです?」

「いや、だって、景気よくデカい門が開くところを見たかったじゃないか……」

「……門が開くところを見たいのなら、祝賀会までお待ちください。その時は、王城の門も開きますよ」


 返答は、クラウの方からではなく背後から聞こえた。振り返ると、亜麻色の髪を棚引かせ、煌びやかなドレスに身を包んだ女性が立っていた。


「えぇっと……テレサ?」

「はい! すいません、格好が違うから、気付きにくかったかもしれないですね」


 なるほど、着ているものや髪型次第で、随分雰囲気も変わる――もしかしたら、化粧なども少し変えているのかもしれない。暗黒大陸であった時は、テレサにはもう少し快活な印象を覚えていたが、今は本当に高貴なお姫様、といった風体だ。


「アランさんたち、シンイチさんに会いに来たんですよね? 私が案内しますよ!」

「え、いや、お姫様に案内させるなんて……」

「いえいえ、良いんです! アランさんたちもシンイチさんと並んで、王国きっての大切なお客様なのですから……それに、少しお話したいこともあるので」


 そこまで言われれば、こちらから断る道理もないだろう。そもそも、知っている人に案内されたほうが安心もできる――と思ったのも案内を依頼した最初のうち、すれ違う兵たちは皆、テレサに向かって大きく敬礼をするし、その後は奇異の目で自分が見られるので、少々居心地の悪さを感じてしまう。


「……しかし、驚いたな。まさかテレサに案内してもらえることになるなんて」

「ふふ、それは偶々ですね……散歩している時に兵の一人が持っている封蝋に見覚えがあったので、引き止めて私が案内を買って出た次第です」


 そうは言っても、兵の方としては雑務を姫に任せる形になるから、気が気でないような気もするのだが――しかし、テレサの人懐っこく明るい性格を考えれば、案外こういったことは日常的に起こっており、特別なこともでないのかもしれない。


「……そうだ、お義姉さま。お父様に会っていかれますか? 今日は執務が忙しく、面会は少ししかできないと思いますが……」

「……いいえ、いいわ。陛下も私と会っても、何を話せば分からないでしょうし」

「そんなこと……此度の魔王征伐の件で、是非労いたいとおっしゃっていましたよ?」

「まぁ、それはありがたいことだけれど……でも、唐突に会いに行けば迷惑でしょうから。それこそ、祝賀会でお話するわ。それでテレサ、話したいことって?」


 そうエルが切り出すが、テレサは「もう少し人が居ないところで……」と返し、自分たちを先導していく。


 塀の中には巨大な庭があり、その中にいくつかの建物が並んでいる。それらの建物も豪華で、王家の縁の縁者の邸宅地なのだとか。いくつか簡素な煉瓦づくりもあるが、それが塀の詰め所らしい。


 しかし何といっても、中央にそびえる王城の存在感は凄まじい。五階建てなのか六階建てなのか、ともかく縦にも高く、横にもそこそこの広さがある。サイドについている尖塔などまで合わせれば、相当な高さがある――まさしく、ファンタジーの世界からそのまま切り出してきたような城そのものだった。


 シンイチが居るのは王城の方らしく、庭を抜けて王城の立派な扉から入り、多くの階段を上がっていくことになる。城の内部もザ・城という感じで、ホールには意匠の凝った階段に大理石の床、豪華なシャンデリアがぶら下がっている。そのシャンデリアの横を通り過ぎるタイミングで人も少なくなってきて、今までの旅の話が一区切りしたのを見計らったのだろう、テレサの表情が真剣なものに変わった。


「……あの、実は皆さんに……シンイチさんにこの世界に留まってくれるよう、お願いしてみてほしいんです」

「ふむ……それはまた、どうして?」


 エルがそう問いかけると、義理の妹は頬を赤らめて、珍しく恥ずかしそうにしている。


「あの……私はあの方を、お慕い申し上げていて……それで出来れば、離れたくないなぁ、と……」

「……なるほどね」


 テレサが照れて顔を逸らしたのに対し、エルは腕を組みながら頷いた。


 魔王を倒した後、シンイチの奴は元の世界に帰るって言ってたっけ――だが、旅の中で少し得た知識を元に考えると、それもそれでどうなのだろうか。


 シンイチの知識と自分の前世の知識はある程度合致する物であり、そして自分の仮説としては自分が元々いた世界は既に存在していないか、人の住めない環境になっている――そんな場所にシンイチを帰すのはどうか?


 そもそも、異世界の勇者とはなんなのだろう。七柱の神々は時空を超え、一万年前の世界から人を召喚できる――ことは無いように思う。そうなると、一つ生まれる仮説としては、そもそも異世界の勇者とやらは、七柱の神々に造られた人間なのかもしれない。


 その根拠は薄いながらにある。勇者が降臨するのには、魔王が復活してから十五年の歳月が必要になると。もしかすると、その間に赤子から勇者を造り上げ、成長する時間を待ち、その者をこの世界に送り込んでいるのではないか――そんな風にも推察できる。


 我ながら突飛な考えでもあるが、もしこの仮説が正しかったとする場合、元の世界に帰ろうとする勇者はどこに帰るのだろうか? そう思えば、シンイチをどことも分からない所に送るよりは、この世界に留まってもらった方が安全といえるかもしれない。


 自分がそんな風に考えている先で、義姉妹が話を続けている。


「……でも、それはアナタの口から言ったらどうなの、テレサ?」

「実は、一度はお話したのです。この世界に残って、この国の行く末を見てくれないかと……そうしたらシンイチさん、困った顔をされてしまって……それ以上はなかなか私の方からもお願いしにくくなってしまい……」

「ふぅ……なるほど……」

「逆に、私がシンイチさんに着いて行くというのも考えたのですが……」


 確かに、アイツが残らないのなら着いて行くという選択肢もあるはずだ。もちろん、一国の王女をそこまで惚れこませているシンイチも凄いが――などと思っていると、自分の隣にいたクラウが慌て始めた。


「そ、それは止めた方がいいです! テレサ様の立場もありますが、アルフレッド・セオメイルの件もありますし……」

「クラウ、アルフレッド・セオメイルって誰だ?」

「えぇっと、先代勇者のお供の一人です。元々、勇者のお供は別の人だったのですが、途中でお亡くなりなってしまい……その後を継いだのが、エルフにして弓と精霊魔術の名手、アルフレッド・セオメイルです」


 クラウは自分に何かを解説するときによくやる、人差し指をピン、と伸ばして話を続ける。


「アルフレッドは先代勇者、ナナセ・ユメノのことを深く愛していたと言います。それ故に、元の世界に帰ろうとするユメノを追って、海と月の塔まで着いて行きました。しかし、彼はこの世界に生まれ落ちた身であり、異世界の勇者の故郷には招かれざるものでした。そして行き先のない彼は転移することが叶わず……その魂は、時空の狭間で永久に彷徨っている言われているのです」


 実態はどうだか分からないが、ひとまずそのアルフレッドとやらが勇者の後を追おうとしたものは帰らぬ人になった、これだけは間違いないのだろう。


 そして同時に、ブラッドベリがユメノという名を呼んでいたことを思い出す。先代勇者は、魔族と人類の共存の道を、七柱に願い出ようとしたと。そして同時に、それを七柱が許すはずもないと。


 そうなると、やはり使命を終えた勇者は――。


「そういうことだからアラン、お願いね」

「……あ?」


 考え事をしている間に名前を呼ばれたせいで、我ながら間抜けな返事をしてしまう。気付くと前を歩くエルとテレサの足が止まっており、とくにテレサが真剣な眼でこちらを見ていた。


「その、シンイチさんはアランさんのことを信頼していますし、出来ればアランさんからお話していただくといいかなぁとは思っていました……不躾なお願いにはなるのですが、どうかお願いします!」


 そこまで言って、テレサはこちらに向けて深々と頭を下げてきた。 


「いいじゃないですかアラン君、減るもんでもないし」

「まぁ、そうだなぁ……」


 先ほどの仮説を元に考えれば、確かにこの世界に残った方がシンイチのためかもしれない。それならば、とりあえずこの世界に留まろうと打診するくらいはしてもいいだろう。


「……テレサには、稽古をつけてもらった恩もあるしな」

「稽古をつけてもらったって、一方的に吹き飛ばされてただけじゃない」


 こちらとしてはそれっぽく理由をつけただけなのに、エルから高速で揚げ足を取られた。


「うるせー……ともかく、提案だけはしてみるよ」

「は、はい! アランさん、ありがとうございます!!」


 お姫様はもう一度深々と頭を下げてきて、はにかんだように笑ってくれた。


 気が付けば、随分と階段を登ってきたが――ここは外から幾つか見えた尖塔の一つなのだろう、螺旋階段を登って最終的にたどり着いた扉をテレサが開けると、青い空と地平線が一望できるテラスのある部屋だった。


 そしてそのテラスの手すりに背を預けながら、勇者シンイチが柔らかい笑顔でこちらを見ていた。

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