5-11:テレサの案内 上
アレイスターの研究室を出て王城へと向かう途中、クラウとエルが先を歩いて話し合っている。
「……ソフィアちゃん、大丈夫でしょうか」
「まぁ、今朝のことを見る限り、あんまり良い感じにはなっていないでしょうね……とはいえ、あの子もきちんと親と話し合おうと思って帰宅したんでしょうから、もう少し様子見はすべきだとは思うわ……親がいるうちじゃないと、出来ないこともあるでしょうし」
「……そうですね」
二人には既に親は居ない。エルの方は国王が父なはずだから、正確には存命しているのだろうが――とはいえ、きちんと説明を受けていないものの、辺境伯領で言っていたことを考えれば、エルの実の父はテオドールなのかもしれない――そう思うと色々とややこしいが、ともかく母と育ての養父が亡くなっていることを考えれば、もはや親はいないというのに近いだろう。
親孝行したいときに親は居ないというし、まずは話し合おうというスタンス自体は大切だと思う。もちろん、前世的な感覚で言えば、ソフィアはまだ未成年であるし、親のいう事は多少は聞くべきという意見もあるかもしれない。
しかし同時に、ソフィア・オーウェルは歳に合わない才覚と頭脳を持ち合わせている、一人の人格者でもある――もし母子の意見が平行線になったら、親のいう事を全て護る必要もないだろう。
「……俺らにできることは、何かあった時にソフィアの味方になってあげること。あとは、彼女の将来を考えて……安易なこと結論に俺ら自身が流されないようにって所かな」
「安易な結論に流されそうになっていたアナタがそれを言うの?」
「うっせー、反省してるよ」
エルから差し込まれた横やりにひらひらと手を振って返す。一方で、クラウはこちらが言った内容を深く考えているようだった。
「ソフィアちゃんの将来、ですか……まぁ、そうですよね。私たちも色々と事情があるって言っても、世間的に見たらただの冒険者ですし。ソフィアちゃんの将来を考えたら、一方的に連れまわすっていうのも違いますよね」
「あぁ、そういうこった」
しかし、自分は親との関係はどうだったのだろうか。記憶にないから明確なことは言えないが、世間的に見れば割と普通だったようにも思うし、同時に結構反発していたような気もする。
まぁ、反発していた気がするのは、自分の性格がひねくれているから、きっと親の正論を素直に受け止められなかったから、そんな気もする――などと思っていると、隣を歩いているエルがこちらを覗き込んでいることに気づく。
「ねぇアラン、意地悪な質問かもだけれど。もしソフィアが連れて逃げてって言ったらどうするの?」
「そりゃあ……まぁ、ケースバイケースだな。本当に切羽詰まっているのなら、連れて逃げてもいいと思っているぞ」
「ふふ、豪商オーウェルの英才にして学院の教授、軍の准将を連れて逃げるって? 世間を敵に回すわよ?」
「むしろ好都合だな。世間を敵に回したって味方をする奴が居るって、ソフィアには分かってほしいから……まぁでも、言った通りケースバイケースだ。本当なら、きちんと親と和解して、ソフィアがやりたいことをやれるのが一番だからな」
「なるほど……少し妬けるわ」
少し妬けるとはどういうことだろうか。エルの真意が分からないので、ひとまず話を元に戻すことにする。
「そう言うエルはどうなんだ、俺がソフィアを連れて逃げたら、一緒に来てくれるか?」
「私は、領民に約束してしまったから……あまり世間様を敵に回したくはないのが本音ね」
「まぁ、そうだよな……」
「だからまぁ、ひとまず一緒に逃げて、どうにか丸く収める方法を考える、かしら?」
エルはそう言いながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「エル、お前……前々から思ってたけど、結構優しいよな」
「ふぅ……結構って部分に突っかかればいいかしら? それとも、優しくなんかないって照れるべきかしら」
そんなことを言わずに、素直にこちらの言う事を受け取らないからエルはエルなのだが。エルは小さく笑った後、すぐにすました表情になる。
「でも真面目に言えば、ソフィアは学院との関係性は悪くないし、そちらのコネを使えば仮に家から離れてもどうとでもなると思う。
それに、血縁を使ったコネは強力ではあるけれど、反発者だって出てくるものだから……もしソフィアがその気なら、家との距離を開けるのも悪くないかもしれないわね」
「まぁ、そうだな」
エルとの話にひと段落着き、いつの間にか後ろに居たクラウの方へと振り返る。すると、なんだかソフィアがするように、頬を膨らませてこちらを見ていた。
「……どうしたんだクラウ」
「つーん、知りません……そもそも、年端もいかない女の子を連れ去るって、立場とか無視しても犯罪だと思いますけど?」
「いや、冷静に真理を突くなよ……そもそもそういったことがあったらどうするかって話で、連れ去る前提なわけじゃないからな?」
「まぁ、そうなんですけど……それで、私には聞いてくれないんです?」
「…………何をだ?」
とりあえず、答える前に何を聞くべきなのかは考えたが、分からなかったので素直に聞くことにする。多分、こう聞くとより一層不機嫌になるのは分かっているのだが――案の定、頬が倍は膨らんだんじゃないかと見まがうほど、クラウは不機嫌になってしまった。
「……仮にソフィアを連れ去ろうってなったら、着いて来てくれるのか、かしら?」
エルがそう横やりを入れると、クラウの膨れていた頬がしぼんで、代わりに口が大きく開いた。
「んがっ!? エルさん、それは言わぬが花というか……!」
「あら、あてずっぽうだったのだけれど、図星だったようね?」
驚愕するクラウに対して、エルは涼し気に笑っている。
「ぬー……それでどうなんですかアラン君、私が着いて行ってあげるか知りたいんですか!?」
あげるか、とか上から目線だなおい、と突っ込もうと思ったが止めておいた。余計に不機嫌になるのは目に見えているからだ。それよりは、素直な本心を伝えたほうが良いだろう。
「そうだなぁ……クラウが来てくれないと困るな」
「ふ、ふーん……そうです?」
「そうですそうです」
「なんか返答が雑ですね!? まぁ、困るっていうなら、着いて行ってあげてもいいですよ?」
そう言いながら、クラウは少し歩調を早めて自分を追い越し、前を歩いているエルに並んだ。
◆
恐らく、アランに顔を見られないようにするために逃げてきたのだろう。口元を緩ませたクラウが自分の横に並んできた。
「……素直に一緒に行きたいって言えばいいじゃない?」
「……それ、エルさんが言います?」
「ふふ、そうね……私も人のことは言えなかったわ」
アラン・スミスが雑でいい加減だからムキになってしまう気持ちも分かるし、それ以上に素直になるのもなんだか癪なのだ。自分たちはある種、心が幼いのかもしれない――むしろいつも素直に好意を見せられるソフィア・オーウェルの方が大人とも言えるかも、そう思うと自虐的な気持ちでまた笑ってしまった。




