5-9:母と娘、二人の英傑 上
研究室へは連日の訪問になったが、アレイスターは迷惑そうな顔を一切せずに自分たちを通してくれた。昨日と同じような位置関係で座っているが、今日はソフィアがいない。
「……やはり、そうなってしまいましたか」
アレイスターは背を椅子に深く預け、大きくため息をついた。
「教えてくれアレイスター、ソフィアの親ってどんな奴なんだ?」
「えぇ、あくまでも私から見て……という評になりますし、また私自身がソフィアの両親とはほとんど話したことがある訳ではないので、あくまでもほとんど主観ということを断っておきますが……」
一旦言葉を切り、アレイスターは伏せていた顔をあげてこちらを見る。
「私から見て、ソフィアの両親、特に母親のマリオン・オーウェルは、親としての愛情を持っているように思えません。いいえ、それだけならまだマシでしょう……誤解を恐れずに言えば、我が子を本当に道具の様に思っている風に見えます」
アレイスターから見た実情は、ある意味では半分は予想できていたことだ。そもそも、シンイチと旅立った時にソフィアが十一歳だったことを考えれば、貴族の英才教育というのを差し引きにしても無茶な教育をしていたことは察しがつく。
しかし、それを実際に親子を知る者の口から語られると、思っていた以上のショックにはなる――自分のイヤな予測が当たっていたということになるのだから。
「少し遠回りにはなりますが、まずオーウェル家の成り立ちについてお話します。オーウェル家は古くからの貴族ではなく、新興の貴族……とはいえ、たまたま現当主のウィンストンの父、つまりソフィアの祖父が当てた鉱脈で成り上がっただけで、そこまで商才に優れていたというわけではありません。
落ち目だったオーウェル家を再興したのは、他でもないウィンストンの妻、マリオンです。彼女もまた没落貴族の娘でしたが、同時に高い向上心と稀有な商才を有しており、結婚後は精力的にオーウェル家を再建していきました。
そして、魔王の復活は、皮肉にも鉄鋼オーウェルの更なる一助となりました。戦争が始まれば、鉄の需要が増すのは自然な流れ……それを通じてマリオンは財界や貴族、商家の人脈を形成し、更なる利益をあげました。ですが……」
「……マリオンはそれだけでは満足しなかった。軍の主導は、学院が握っているから」
エルが入れた横やりに、アレイスターは深く頷いた。
「その通りです。武器を売るなら、一番効率が良いのは軍とのコネクションを作ること……ですから、マリオンは学院との連携を図りました。もちろん、軍自体も武器は必要ですから、オーウェル家をないがしろにしたわけではありません。ですが学院としては、新興勢力の急成長を好ましく思っていませんでした」
「……それで、我が子を学院に送り込んで、コネを作ろうとしたっていうのか?」
自分の言葉に、アレイスターは今度はこちらを向き、また深く頷く。
「ですから、マリオンは自分の子供たちに多くの家庭教師を付け、学院へ送り込もうとしたわけですが……幸か不幸か、オーウェル家の末子は稀代の天才でした。
物心が着いたらすぐに多くの家庭教師が付けられ、そしてすぐに頭角を表し……その子が学院に入学したのが六歳、七歳の時にはすでに第五階層までの魔術を使いこなしており、それならばと……勇者の供となるのに専用の教育が施された、その子こそがソフィア・オーウェルです」
アレイスターはそこで一度切って、少しぬるくなっているであろう紅茶を一啜りして、カップをゆっくりとコースターに戻す。
「ともかく、勇者の供であれ、将軍という立場であれ……むしろ、マリオンからしたら准将という位の方が丁度良いのかもしれません。ソフィアが軍籍を返上しようとしたのを止めたのもマリオンです。
魔王征伐後も、魔獣の脅威や社会不安による野盗の被害などは続きます。まだまだ、武器は売れる余地がある……それで、ソフィアを軍籍から外したくなかったのでしょう」
「……どうしてマリオンは、そんなに金儲けに必死なんだ?」
そこで初めて、アレイスターは少し考え込むように視線を斜めにし、口元を手で押さえた。そして少しして、彼なりの答えが見つかったのだろう、改めてこちらを向いてくる。
「その理由は、本人に聞いたわけではないので分かりませんが……彼女の場合、金を儲けたいわけではないと思いますよ。ただ、世の中には一定数、自分の存在証明から逃れられないタイプの人間が居る……彼女はそれが強いのだと思います」
「……ちょっと抽象的で分かりにくいな。もう少しわかりやすくいってくれ」
「つまり、こういうことです。マリオン・オーウェルは、レムリア大陸の商家として、自身がどこまで行けるのか試したい……そう思って行動しているように私には写る、と言ったところでしょうか。その手段が商売であり、目的ではないのだと思いますよ」
皮肉にも、その一途な探求心が我が子にも受け継がれていたのでしょうけれど――アレイスターはそう付け加えた。
「そして、先ほど話したことはマリオン・オーウェルの親としての側面です。彼女は質の悪い商品を売ったりするわけではありませんし、不当に高い物を売ったりするわけでもありません。
また、彼女のおかげで流通が合理化されましたし……此度の魔王征伐の立役者の一人であることは疑いようはありません。女傑と呼ぶに相応しい人物でもある、それもまた忘れないので欲しいのです」
「……立派な人物が、立派な親とは限らないってことか」
「そうですね……これが平時ならば、まだもう少しマリオンのことを冷たいだけと断ずることもできましたが……ある意味、母子で有事の際に、貴族としての使命を果たしたとも言えます。事実、ソフィアも母のことは尊敬はしてはいるはずですよ」
なるほど、確かにそういう見方もできるのか。自分が少しソフィアに入れ込みすぎていて頭がカッとなっていたが。確かに客観的に見れば、二人とも有事の英雄なのだ。
そして、王都に近づくにつれてソフィアの元気が無くなっていった理由も、同時に家に帰らないという選択肢を取ることもなかった理由も理解できてしまった。実家が嫌だから、嫌いな親だからと、単純に切り捨てることが出来ない関係。
思い返せばソフィアはこの旅を始める最初の段階から、実家に顔を出すとは言っていた。どのように親と話を進める気だったのかまでは分からないが、彼女なりに家のこととも向き合おうとしていたのだろう。
「……そう言えば、親父の話があんまり出てこなかったな。マリオン・オーウェルよりはマシなのか?」
「マシと言えばマシ、ある意味ではより性質が悪いと言えば性質が悪いとも言えます。先ほど言ったように、落ち目だったオーウェル家を再興したのはマリオンです。
夫のウィンストンは恐妻家で、マリオンのいう事に逆らえない……もちろん、我が子に対する愛情が深ければ、仮に彼自身に商才が無くともマリオンと対立するでしょう。ですから、子供にもそんなに関心が無く、マリオンの言う通りにしている……というのが、私の所感ですね」
良くも悪くも、課題は母親か――そう思っているとアレイスターは机の上で手を組みながら、こちらをじっと見つめているのに気付いた。




