5-7:アレイスター・ディックとの再会 上
レヴァルを発って二か月ほどで、ようやっと王都ロルバーンにたどり着いた。てっきりレヴァルと同じように四方を城塞に囲まれているような場所を想定していたのだが、その都は広く開かれているようだった。
「都市全体は結構開けてるんだな」
「うん、王都は来る人も多いし、貧民街を除けば治安もいいから、王城と学院の敷地以外は逐一身分確認とかはしないね……もちろん、街の四方には結界もあって、並の魔獣や魔族じゃ侵入できないようにはなっているよ」
馬車の中でふと呟くと、ソフィアが王都の解説を始めてくれた。
王都全体は概ね六つの区画に分かれており、開かれていて面積の広い場所は平民の居住区、商業区であり、王都全体を走る川を挟んで居住区の工業区が並んでいて、半円状の都の外側をそれぞれ形成している。
王都の中央部分、半円の中心点の付近は丘になっており、貴族の居住区となっているらしい。確かに、遠目に見ても立派な建物が並んでいるようにも見える。そして、その貴族の居住区の更に奥には、立派な城壁に囲まれた王城がそびえたっていると――そんな感じの区画になっていた。
都市の規模間で言えば、レヴァルやグリュンシュタッドの倍以上、海都ジーノをも凌ぐ広さで、端から端まで歩けばそれだけで半日は潰れるらしい。そのため、一定以上の身分の者は都市の中でも馬車を使うほどということだった。実際、都に入ってすぐ、自分たちもある場所に向けて馬車に乗ることになった。
活気としても、流石この世界の中心というべきか、海都に並ぶほど賑やかで人も多い。その活気は、馬車に乗ってしばらくしても絶えることはない――向かっている場所が商業区の奥であり、人が多めの所だから自然とそうなっているのかもしれない。
そしてしばらくすると、壁に囲まれた区画の前へとたどり着いた。馬車を降りるとすぐ前に巨大な門があり、ソフィアが門番に挨拶すると、その扉が開かれた。
「……シンイチさんたちが王都の何処に居るかは分からないけど、多分ディック先生は自分の研究室にいると思うから」
王都に来たら、まずは勇者シンイチに挨拶をするつもりだった。恐らくテレサは王城に居るのだろうが、アポが取れなければ流石のソフィアでも王城に入るのは難しい。そうなれば、ソフィアが自然と入れて、シンイチの居場所を聞けそうな場所ということで、王都内にある学院を訪れているのだった。
扉の奥に広がるのは、煉瓦造りの建物と、白いコートに身を包む学生たちがちらほら、そして立ち並ぶ広葉樹たち。冬なので葉は散ってしまっているが、落ち葉が所々に落ちており、これはこれで趣がある。建物はかなりの数の棟があり、前世的な感覚で言えば大学のキャンパスを思わせるような造りだった。
「ふふ、アランさん、口が開いてる……学院は気に入った?」
自分がぽかんと周りを見渡していたせいだろう、ソフィアが笑いながらこちらを見上げていた。
「あぁ、なんだろうな……なんというか、趣があって……ともかく、気に入ったよ」
何の気なしにそんな言葉が出たが、ともかくこの景色が気に入ったのは確かだ。これは、懐かしさというより、憧れのような感情なのかもしれない――自分はこういった場所に身を置きたかった、なんとなくだがそんな気がする。
「ふふ……それなら、アランさんも勉強して学院に入る?」
「アレ、学院に入るのって難しいって言ってなかったか?」
「そうだね……頑張って勉強して、何年かは掛かると思うけど……」
吹く風に風を棚引かせ、ソフィアは微笑みながら道の先を見ている――ふと、ソフィアの奥の方にクラウが並んだ。
「ソフィアちゃん、アラン君ですよ? 真面目に勉強できるとお思いで?」
「そうかなぁ、アランさんなら、きっと入学できると思うな。もちろん、たくさん頑張らないと、だけど」
ソフィアがフォローしながら、こちらに笑顔を向けてくれる。それに気をよくして、自分をコケにした緑に向かって不敵に笑いかけて見せる。
「ほら、俺の頭脳は現職のお墨付きだぞ?」
「別に、アラン君の脳みそが足りてないなんて一言も言ってないじゃないですか。単純に、その脳を活かすほどに勉強するのが難しいって話です」
「……違いない」
確かに、自分が何年も机に向かって粛々と勉強というのも考えにくい。クラウのいう事に頷くのも癪だが、自然とその言い分に納得してしまっていた。
しかし、この敷地も広大だ。ソフィア曰く、ここは魔術を学ぶ場所である以上に、この世界のほとんど全ての学問が学べる場所であるとのこと。学生も数万単位で在籍しているらしく、この世界唯一の総合大学が一つのキャンパスに収まっていると考えれば、納得の広さでもある。
教員の研究室も何棟かあるらしいが、ディックはその中でも一番立派な所に構えているらしい。しばらく歩くと、壁の外からも見えていた荘厳な時計塔を持つ一つの棟にたどり着いた。
「……ここは、魔術に関して教授の位を持つ人だけが研究所を構えられる時計塔だよ。一応、私もここに研究室を持ってるんだ……第七階層を編み出したのと同時にシンイチさんのお供として旅立って、その後はレヴァルに赴任していたから、ほとんど空き部屋にしちゃっているけど」
「えぇっと、つまり、ソフィアって軍の准将であるうえに、学院の教授でもあるのか……?」
「うん、そうなるね。教授職に就くには、本来的には第七階層の魔術を編み出すことが求められる……とは言っても、第七階層を扱える人は一世代の中でも一握りだから、実際には第六階層の魔術を多く収めていれば教授にはなれるよ」
「はぁ……改めて、第七階層の魔術ってすごいんだな」
自分の言葉に、扉を開けた少女は振り向き、照れたように笑う。
「うーん、自分のことだからそうだよ、っていうのもおこがましいかもだけれど……でも、かなり難しいのは確かだね。以前にも言った通り、第三階層でも使えれば立派に魔術師を名乗れるくらい、魔術の扱いは難しいって言われているから」
「今更だけど、どう難しいんだ?」
「単純に、魔術に関する構成要素の知識もそうだけれど……それらの要素を矛盾なく編み合わせるには、緻密な計算と術の正確さが求められるんだ。簡単にたとえるなら、計算の速さと正確さが必要なのに近いかも?」
「なるほど……分かるような、分からないような……」
前世的な感覚で言えば、暗算が滅茶苦茶に得意なほど、高位な魔術が使えるという感じか。とはいえ、学院に入るために何年も勉強した秀才ですら第三階層を使えれば十分ともなれば、第七階層というのは電卓レベルというより、もはやスーパーコンピューターレベルの演算能力が無いと扱えないのかもしれない。
ともかく、そんな話をしている間に階段と通路を進んでいき、一つの扉の前に着いた。ソフィアが扉を叩きながら「ディック先生、いらっしゃいますか?」と尋ねると、中から「開いていますよ」と声が返ってきた。




