5-6:少女への贈り物 下
町に着いた後は、先に今日の宿だけ取り、エルとクラウは雑貨を買いに、自分とソフィアはまず魔獣討伐の報告へ向かった。本来なら軍で中隊を組んで殲滅する規模の討伐だったので、支払われる報奨金はレヴァルからの旅路で使った路銀を補って余りある額だった。
「報奨金は、アランさん達で三等分してね」
久々の冒険者ギルドから外に出て、自分の持つ重い革袋を見ながらソフィアが言った。
「そう言えば、副業禁止だったっけか……でも、ソフィアが一番倒したのに」
「うぅん、気にしないで! それに、結局最後の詰めは甘かったし……」
この子の場合、仮に最後の敵からの攻撃が無くとも何か理由をつけて謙遜しているだろう。しかし、先ほどの気持ちがぶり返してきたのか、再び表情が暗くなってきてしまう。何か気晴らしになる物は無いか――そこそこの規模の町だし、ソフィアの舌を満足させる銘菓の一つや二つあるかもしれない。
しかし、冷静に考えて見た結果、お菓子で釣るのは止めておくことにした。こういう時に安易な方法に頼ると、また「子ども扱いして」と頬をふくらますことは容易に想像できる。
それに、先日のジャンヌの件もある。ソフィアとしては泣きっ面に蜂といった状態なのだから、もうちょっと安易でなく、彼女を元気づける方法を模索したい。
ふと、その時に露天商が目に留まった。さっと見た感じ、ちょっとした小物などを取り扱っているようだ。何か少女の気を晴らせるような物でもあるかもしれない――そう思い、露店の方へと足を運ぶ。
「らっしゃい! 妹さんへのプレゼントかい?」
可愛い小物を売っているにしては、妙にガタイの良い店主に陽気に声をかけられる。自分とソフィアが血縁に見えることもないだろう、そう心の中で突っ込んだが、衛兵さんこちらですをやられるより幾分かマシか。
「あぁ、まぁ、そんな感じだ……良いものがあればだけどな……」
「まぁ、ゆっくり見ていってくれ。俺が手塩をかけて作った逸品たちだからな」
割と厳つい青年がこんな可愛い小物を作っているとか少しおかしかったが、確かにちょっとした土産というには少々意匠も凝っているし、質も悪くなさそうだ。本格的に品定めするために座り込むと、ちょうど隣にソフィアも座る。
「……アランさん、何か欲しいものがあるの?」
「ない……いや、あるな」
「ふふふ、変なアランさん」
否定を即否定したのが面白かったのだろう。実際に自分が欲しいものはないが、ソフィアが元気を出すための魔法のアイテムを探しているのは確か――いや、それを抜きにしたって、この世界に来てからソフィアには世話になりっぱなしなのだ。何かしら恩返しのために、プレゼントの一つをしたって罰は当たらないだろう。
そう思いながら並んでいる商品を眺めていると、一ついい感じのものが視界に入った。先ほどの一件もあるからなのだろうが――ともかく、もうこれしかないという一目ぼれの感覚がある。とはいえ、似合わなかったり本人が気に入らなかったりするのもなんなので、試着できないか交渉してみることにする。
「……店主さん、そっちの黒いリボン、ちょっとこの子に着けてみてもいいかな?」
「あぁ、構わんよ。きっと気に入って、そのまま買うことになるだろうからね」
店主から黒いリボンがソフィアに手渡された。少女はそれをキョトンとした表情で見ながら、次いでこちらをまたキョトンとした表情で見てくる。
「……アランさん、これは?」
「似合うと思うんだ。着けてみてくれないか?」
「……は、はい!」
ソフィアは急に背筋をピンと張り、大きな声で良い返事をした。そのまま慣れた手つきで下ろしていた髪を結い始め、いつもの位置に黒いリボンを結んだ。
「ど、どうかな……?」
「うん、やっぱり。黒も似合うな」
上目づかいで頬を赤らめる少女はなんとも可愛らしいし、下ろしているのも良かったが、自分としてはやはりソフィアは編んでいるのがいいかとも思う。
しかし、冷静に考えれば、これはただの自己満足だと気付く。彼女自身が満足しなければ、ただの独りよがりになってしまう。
「でも、鏡で見ないと、ソフィアが気に入るかどうか……」
「うぅん、これが良い! でも、お金……」
ソフィア自身がこれで良いというのなら、わざわざ鏡で確認しなくてもいいか。
「ここは俺からのプレゼントだって……いくらだ?」
店主から「十ゴールドだ」と返ってきたので、革袋から十ゴールドの銀貨を一枚取り出し、店主に向けて親指で弾いて飛ばす。店主は口元を釣り上げながらコインをキャッチし、それをまじまじと見つめる――相場観的に果たして適正価格なのかも良く分からないが、前世的な感覚から言えばリーズナブルな値段だし、ぼったくられてもいないだろう。
「へへ、まいどあり! お兄さん、上手だね」
「アンタほどじゃないさ……よし、それじゃあソフィア、行こうか?」
自分が立ち上がると、ソフィアも頷きながら立ち上がった。しかし、店から離れる前に、ソフィアは何かを思い出したかのように店主の方へと振り向く。
「あの、店主さん。私、アランさんの妹じゃないです」
「あはは……見れば分かるよ……」
今更そこを否定するのか、と思わず肩の力が抜けてしまい、店主の方も乾いた笑いを浮かべていた。
露店を離れて少し歩くと、ソフィアが下から覗き込むようにこちらを見てくる。
「アランさん、ありがとう! でも、何個かリボンがある中で、どうしてこれを選んだの?」
「うーん……直感だな。なんというか、これだ! って思ったんだよ」
「そっかぁ……」
「合理的な理由をご所望で?」
「うぅん! そんなことないよ……実はね、私もこれ、良いなって思ってたんだ……その、大人っぽいかなって」
はにかみながら、ソフィアは自分の右肩に乗っているリボンを大事そうに撫でた。
「アランさん、私これ、大切にするね」
「あぁ、そうしてくれると嬉しいな」
「うん、私も嬉しい! でも、大切にするなら着けてないほうが良いかなぁ……」
「またくたびれたら、次のヤツを買えばいいさ」
「うーん……」
ソフィアの言葉の歯切れが悪くなる。見ると、少女は憂いを帯びた微笑を浮かべて中空を見つめていた。
「……あのね、アランさん。私ね、アランさんに感謝してるんだ」
「俺もソフィアには……とか言うと、また話が進まなくなるな。続けて?」
「うん……レヴァルの駐屯地の中で、何かしないとって焦燥感に駆られていた私に、居場所をくれたのはアランさんだから……」
そこで切って、少女はそのままの笑顔でこちらを見上げてくる。
「それだけじゃないの。辛いことも、哀しいこともたくさんあったけれど……それでも、私はアランさんとエルさん、クラウさんと出会ってから、毎日が充実してるんだ。だから……私は皆に、恩返しがしたい。出来る限り、可能な限り……私の手が届くまでの間は……」
「おい、止めてくれよ、あんまり寂しいことを言うのはさ」
「ふふ、違うよ……多分、アランさんが思っているようなことじゃないよ? 王都に戻ったら、もしかしたら……今までみたいに、皆と一緒にいられなくなっちゃうかもしれないから」
てっきり、ジャンヌの件を引きずっているのかとも思ったが。しかし、言われてみれば、もっと実質的な問題で、少女との別れの日が近いのかもしれないのだ。
「……そうだよな。今まで何の気なしに一緒には居られたが、ソフィアにも立場があるもんな」
「うん……軍籍を残すか、学院に戻ることになるか、分からないけれど……ただ、あんまり外は出歩けなくなっちゃうかも」
少女はそこで言葉を切って、俯きがちに歩き続ける。
「……なぁ、今更かもしれないが、ソフィアはどうしたいんだ?」
「難しい質問だね……ちょっと、答えには困っちゃう」
「うーん、そんな具体的じゃなくていいし、何なら無理と思う事だって良いんだ。ひとまず、最大限のワガママで言うんだったら、何をしたいのかなって思ってな」
「そうだなぁ……最初は確かにちょっと無理やりにさせられていた部分もあったけれど、私は勉強が好きだから……学院で勉強を続けるのもいいかもしれない」
「そ、そうか……」
そう言われて、少しだけ寂しさを覚えてしまった。なつかれていると思ったので、一緒に居たいとか言ってもらえるかと思いあがっていたかもしれない――そうでなしにしても、十三歳の子が学問を追求したいと言うのも、ちょっと重たい気もする。
そんな風に思っているとどことなく哀愁を漂わせていたソフィアの笑顔が、本物へと切り替わった。
「……ふふっ」
「……うん?」
「うぅん、なんでもないよ……それに、最大限のワガママを言っていいんだったら、これだけじゃないんだよ? アランさんたちの旅にも着いていけるなら着いて行きたいし……」
「そ、そうか? でも、学院に残るのと旅に出るじゃ、体が一つじゃ足らないなぁ」
「そうだよ? だから、答えに困るって言ったの」
「なるほどなぁ……それはこちらが浅慮で、申し訳なかった」
「うぅん、むしろアランさんの顔を見てたら、元気になっちゃった!」
「笑っちゃうくらい変な顔をしてたか?」
「ふふ、それはどうだろうね?」
ソフィアはそこで前を見て、今度は遠くを見つめながら口を開く。
「……でも、一番は……」
「なんだ、聞きたかったのはそれだぞ? 一番欲しいヤツ、それを聞きたい」
「うん……私は……困っている人たちを助けるだれかを支えたい、かな」
「……ふむ? それ、回りくどくないか?」
それなら、自分で困っている人を助ければ良い気もするのだが。それに、誰かを助けるのなら、少女はもう十二分にそれをこなしているとも取れる。
しかし、自分のそんな思考を他所に、少女はまた少し寂しそうにこちらを見て笑った。
「うん、回りくどいの。でも、一番やりたいのはそれなんだ……アランさん、もう一回いうね。リボンありがとう。ずっと、ずっと大切にするから」
少女がそう言い切った時、ちょうど向こうからエルとクラウが合流してきた。クラウがソフィアのリボンを褒めたりなんだりしていたが――ともかく、その後はなかなかソフィアと二人きりになることもなく、結局少女が本当に言いたかったことはなんだったのか、それは分からずじまいになってしまった。




